愛莉の心情
最上階――九階にて。
優莉は抵抗虚しく倒されて、異常に熱くなった床の上で寝転んでいた。
そこには人質となった従業員と逃げ遅れたお客さん、そして香莉。
残る敵はたった一人。
だけど優莉一人では勝てなかった。
愛莉と同じ中級魔術師それもfase六の魔術を使う事ができ、別名上級魔術師候補者とも呼ばれる魔術師相手には手も足も出なかった。今回の事件の主犯格を前にして優莉は後一歩の所まで来ておきながら勝てなかった。
愛莉は九階に来てから小刻みに震えており、戦える精神状態ではなかった。
小さい頃、それは物心がつく頃のお話し。
両親がお金持ちと言う事から身代金要求の為に悪い魔術師達に捕まり、少しでも多くお金を絞る為に拉致され人気のない倉庫で髪を掴まれ動けなくされてから殴られたり蹴られたりした嫌な記憶を思い出していたからだ。
それも三日間。
生命活動に必要な事として水だけ与えられて寝る事も許されずに七十二時間サンドバッグ状態を経験した日の事だ。この手の相手には余計な事を言ったり、逆らったりしたらロクな事がない。
それを身をもって経験した愛莉はその日から誰よりも強くなることを決意し強く生きてきた。だけど実際テロリストと聞いた瞬間、身体が恐怖して動かなくなった。
そんな時警察はすぐに動いてくれないし誰もすぐには助けに来てはくれない。だから香莉が自分と同じ目に合いそうになったと聞いた時は驚いたし怖くなった。両親と離れて暮らすことで悪い人の目をかいくぐれると思い逃げるようにして引っ越してきた三人。だけど逃げる事など出来ないと知った。悪い人間はどこにでもいる。そしてカモを見つけては集団でしつこく襲ってくる。
――そう思っていた時だった。
香莉が一人の男の名前を口にした。名前は赤井照麻。香莉はその人が善人でヒーローだと言った。だけどそんな事はないと私はその時確信した。赤井照麻も裏では私達を利用し用が済んだら捨てる奴だと思った。それなのに香莉は絶対にいい人だからと褒めるわ、家に連れて来て仲良くして欲しいと言ってきた。それは私がどんなに否定をしても諦めなかった。人間は皆必づしも心の中に邪悪な心――欲望を持っている。
だからこそそれを教える為に香莉の前で照麻を突き放した。でないと私の存在――考えそのものを否定されそうだったから。学園内での噂が最悪な奴が正義の味方? 香莉のヒーロー? そんなの絶対にあり得ない。何度も否定した。
だけど日が経つ度に赤井照麻は香莉と仲良くなり、更には優莉とも仲良くなっていった。さらにはあろうことか何度突き放してもしつこく私とも仲良くなろうとしてきた。そして困った時には何も言わない癖して香莉と仲直りのきっかけを与えてくれた。
でも私は騙されない。
それで私達を油断させて、最後はいいように利用するに決まっていると思っていた。それを香莉と優莉に話しても二人共「考えすぎだよ。照麻(照麻さん)は悪い人じゃない」と言って意見を聞いてくれなかった。何かあってからでは遅いと思ったけど、私は二人がそこまで言うならと思い少しだけ信じてみた。
だけどやっぱりそれは間違っていた。演習の時、皆が一生懸命頑張っている中、照麻は一人妹――由香に手加減をして最初から負けるつもりだった。口では五分と言っておきながら、一、二分で負けた。香莉たちの手前仕方なく助けたけど正直嘘をつく奴なんだなって思った。そしてあろうことか照麻はそんな私の気持ちを知らず、ヘラヘラと笑って日常を送っている。嘘をついて、それを謝ることすらしない偽善者。
私の中での評価が落ちたしちょっとだけ見直していたからこそ失望もした。今日だってそう。口では偉そうな事、良い事言っているけど、全部終わったら私達に報酬を期待しているに違いない。それがお金なのか、社会的名誉なのか、はたまた私達の身体なのかはわからない。だけど人間は見返りを求めずに会って間もない人間の為に命を懸けたりはしない。誰だって自分の命が一番大切、それは当然のことでそれが普通。だからアイツ――赤井照麻は絶対に何か裏で企んでいる。
そう思っていたのに……。
「…………残るはお前一人だな」
なんでアンタはそんなにボロボロになって、もう殆ど魔力も残っていないアンタが優莉を護るようにして立っているのよ――赤井照麻!




