炎帝の少年
首をポキポキと鳴らしたイフリートは両手を開いて閉じてを繰り返す。
感覚を確かめ終わってから、大きくジャンプをして照麻との距離一気に詰める。
それから落下するエネルギーを拳に載せて殴りかかってきた。
「……ッ⁉」
照麻は反応が遅れた為に魔力を炎帝の自動防御に回して全て託した。
炎の盾が自動で生成され炎が小さい四枚の花弁の盾となり、イフリートの一撃から護ってくれる。
だが、イフリートは空中で態勢を整えて連続パンチをしてきた。
人間離れした連続攻撃。
ただパンチを連打しているだけ。
なのに最大火力での防御が数秒で壊されてしまう。
召喚獣は人間離れした力を発揮して、第二、第三の炎の盾を次々と粉砕していく。
それはもう一方的だった。
照麻は最後の魔力石を使い、すぐに魔力を補充する。
こんなの一撃でも真面に受ければ、それこそ大惨事は免れない。
そう頭と身体が直感で感じ取っていた。
だがこのまま後退しながら防御に手を回していてもいずれ魔力が尽きて負けてしまう。
混乱する照麻。
頭の中がパニックになりどうでもいい記憶が走馬灯のようにして駆け巡りだした。
もしかしたらこのまま死ぬのかもしれない。
これはその予兆なのだろうか。
『いいですか。魔術のお勉強も大事なんです。ですから授業をよく聞きましょうね』
『え~俺はいいよ。どうせ聞いてもわからないんだし』
『ダメです。今日の三時間目は召喚獣についての講義です。これだけでも真面目に聞いてください!』
『わかった、わかった。だからそう怒るなって』
『別に怒ってはいません。召喚獣は使用者の魔力と命令を聞いて戦ってくれる存在ですから――』
そうだった。
照麻は何げない香莉との会話を思い出していた。
つい昨日召喚獣については少しだけ勉強した。
召喚獣の弱点それは――。
『――召喚獣の弱点、それは使用者が倒されたら消滅すると言う事です』
照麻は香莉の言葉を思い出した。
そして何気ない日常にこそ生き残る為のヒントは隠されていたのだと気付いた。
弱気になっていた心が僅かばかりの希望があると知り、心臓の鼓動を強くする。
心臓が意思を持ち、まだ生きたいと強く、強く、強く、鼓動し訴えるかのように全身の血が熱くなり全身からアドレナリンが過剰に分泌される。
頭が活性化しイフリートだけで精一杯だった脳が冷静に状況を判断していく。
身体が軽くなり今まで以上に動ける感覚になり湧き上がってくる高揚感に思わず笑みを溢してしまう。
照麻が後退する事を止めて、集中する。
「――まだだ、坊主」
イフリートの雄たけびとは別に照麻の耳にレンジの声が聞こえてきた。
視界の先には炎の塊が一つ。
本来であればこの状態の照麻には関係がないことだが。
それでもあれがイフリートの力を引き立てるかもしれないと考えると黙って見過ごす事は到底出来ない。
「――悪いな、坊主。お前も道ずれだ」
炎はイフリートに向かって飛んでいく。
そして炎はイフリートに纏わりついた。
「――イフリート! 最大火力で坊主を殺せ!」
その時、イフリートが後方に飛び、そのまま空中浮遊をした。
それから口を大きく開ける。
「ふざけんなよ。このフロアごと破壊する気なのか……これじゃ何処にも逃げられねぇ」
魔力を口の中で溜めて、それを攻撃に使うと判断した照麻は全身の残った魔力を『炎帝』に集中させる。
炎を操り小さい四枚の花弁の盾ではなく大きな七枚の花弁の盾を作る。盾はその場で扇風機の羽のようにクルクルと回転を始め、徐々に回転速度をあげて高速回転を始める。
――次の瞬間。
イフリートの最大火力の火炎放射と『炎帝』の最大火力の盾が衝突し、大爆発を巻き起こした。
炎の眩しい光と黒煙が晴れると、イフリートはそこにはいなかった。
周囲の物は全て燃え尽きて黒焦げとなっており、下のフロアが除ける穴が爆発の中心部に出来ている。
レンジは全身に火傷負いピクリとも動かない。
ただ眼球だけが動いている事から死んではいないことがわかる。
動かなくなった身体でレンジは照麻の姿を探す。
あの大爆発に巻き込まれて死んだのか照麻の姿はどこにもなかった。
だが不自然に物が崩れ落ちる音が近くでする。
「……、ったくしぶとい坊主だ」
囁くと近くのゴミと化し黒焦げになった自動販売機の残骸の中から照麻が姿を見せる。
『炎帝』の炎は消え、ヨロヨロとしている。
どうやら向こうもガス欠寸前だったらしい。
内心、レンジは驚いていた。
ここまでして勝てない相手がまさか学園生にいるとは正直思ってもいなかったからだ。
照麻はヨロヨロとした足取りで近づいてくる。
「生きてるみたいだな」
「殺せ。俺の負けだ、坊主」
「なら後で警察が来たら病院に連れて行ってもらえ。それからしっかりと刑務所で罪を償えこの大馬鹿野郎が」
照麻の息づかいが荒い。
「敵に情けをかけるとはとんだ大馬鹿者だな、坊主。ほらとっと行け。坊主のやるべきことはまだ終わってないんだろ」
レンジは最後の力を振り絞って言った。
少しだけ見て見たくなったのだ。
目の前にいる少年がテロリスト相手に何処まで戦えるのかを。ほんのちょっとだけ、照麻という男の未来を見て見たくなったのだ。
限界を迎えた、男の視界が徐々に暗転していく。
最後に見たのは一人フラフラになりながらも上の階へと駆けて行く少年の勇気ある背中だった。




