炎帝の力
「燃やせ『炎帝』」
炎が炎を喰らい始める。
まるで肉食動物が草食動物を狩りで仕留めて捕食するように炎が炎を浸食していく。さらに『炎帝』の炎が水に電気を流したように一気に広がる。
まるで、存在する者全てを否定し燃やし尽くしているようだった。
照麻は状況を確認し終えてからもう一度レンジを見る。
レンジは突然の出来事に余裕の笑みを無くし、大きく動揺している。
それもそうだろ。
予め入手した資料には赤井照麻は下級魔術師だとしっかりと書かれていた。
なのに今はどうだろう。下級魔術師の魔術が中級魔術師の魔術をそれも正面から潰しているそんな事は常識的に考えてあり得ない。
そう言いたげな顔をしているレンジを殴りに照麻が足を動かす。
「……一体どうなってやがる――ッ⁉」
一方レンジは目の前の状況を理解しようと必死だった。周囲の状況を見れば、さっきの攻撃が外れた、もしくは無効化されたとは考えにくい。だとすると、炎に対する完全耐性が備わっているとでも言うのだろうか。違う、もしそうならあの一撃を拳で殴る必要などどこにもない。だとしたら一体何だと言うのだ。
照麻はレンジが動揺している間に距離を詰める。
「くそがぁ!」
レンジはもう一度先ほどと同じ魔術を使い照麻の迎撃を試みる。
今回も爆発した。
ただし火炎と黒煙、更には爆風全てが赤井照麻を裂けるようにして。
これではまるで『炎帝』の炎が――。
思い出した。
氷の女王と異名を持つ魔術師が扱う『絶対零度』と呼ばれる種類の魔術。それに対抗する力を持つ炎の一つが『炎帝』。かつて功名な魔術師が使っていたとされる魔術の一つである。扱いが非常に難しく、使用者自身すら容赦なく燃やしてしまうことから危険度指定された魔術でもある。その証拠に魔術に長けたその者ですら最後は自身の炎に燃やされ死んでいったとされている。
レンジは確信する。この炎の圧は間違いなく本物の『炎帝』であると。だとすれば何故あの男は炎を使い攻めてこない。わざわざ危険を冒してまで近づいてくる理由はなんだと自問自答する。
そもそもなぜあれだけの力を持っていながらこんなに小動物が思いつくような作戦でコソコソと侵入等してきたのか。なんで正面から全てを否定するその炎で燃やさなかったのか。なんであの時の銃撃を炎で無力化しなかったのか。なんで――。
この坊主はそもそも一体何を考えているのだ。
そもそもなんでこれだけの力を持っていながら下位魔術師扱いされているのか――。
幾つもの疑問が頭の中を駆け巡る。
今度は正面、後方、右、左方向の四か所から先程の魔術を使い攻撃をしてみる。
が、炎は照麻の炎に触れた瞬間、道を譲るようにして軌道変更し明後日の方向に飛んでいき、爆発する。
帝王の歩みを邪魔しようとするものは全て燃やす、そう言わんばかりに気付けば照麻の炎は神々しく眩しい光を放ちながら赤々と燃えている。
「っち、下位互換の炎を受付やしねぇか。あれはfase五以下の炎を受け付けない……って噂はマジだったのか……クソッ」
照麻との距離は後三メートル。
後一歩大きく踏み込まれてジャンプされれば拳が射程圏内に入る。
レンジはポケットから錠剤を一つ取り出して飲み込む。
「――契約だ、イフリート。目の前の坊主を殺す為に俺の前に来い!」
照麻の拳からレンジを護るようにして炎の壁が床から出現する。それは横四メートル、縦三メートルと人が飛び越えるには高く、迂回するには時間がかかる大きさだった。
『炎帝』の炎を纏った照麻の攻撃を受けても炎は消えることなく召喚者を護るように立ちはだかる。照麻は慌ててバックステップで距離を取る。
「ガゥォォォォォ!!!!」
深紅色の魔法陣からイフリートが召喚される。召喚されたイフリートは人型。人型――男と言っても人の姿ではなく、おとぎ話等で出てくる火を象徴する姿をしていた。長く赤い髪が炎で燃えていた。厳つい顔をした上半身は裸で鍛えられた肉体がその強さを戦わずして物語っていた。
神話の象徴とされるイフリートは『炎帝』と同じくfase七。
レンジの魔力を糧にイフリートは赤く光る眼を二つ照麻に向ける。
「魔術強化剤。違法魔術関連の薬の一つだ。……はぁ、はぁ、効果は自身の魔術全般の向上で……はぁ、はぁ、二段階上がる。召喚魔術これが俺のとっておきだ――ゲボッ」
レンジは口から血を吐きながら、異様な汗を全身にかきはじめる。
違法魔術関連の魔術強化剤。その名の通り使えば一時的に強い力を手にすることができる便利アイテムである。ただしその多くが使用者の身体を蝕むデメリット付きだ。そこまでしてレンジにもレンジのやるべきことがあると言うのだろうか。
照麻は魔力の残量からそう長くは戦えないと判断する。炎を操った遠距離攻撃、自動防御等無駄な魔力消費を抑えても見ての通り数分しか扱えない。さらにこちらも『炎帝』の強引なリミッター解除――暴走に魔力回路が異常な熱を持ち、さっきから全身がヒリヒリして痛いし左腕は痺れて手の感覚すらない。
正にお互い命懸けの勝負。
最後の魔力石を割れば、もう数分延長して戦う事が出来る。だけどそれは本当に死のリスクを高める事になる。
魔力回路が熱を持ち冷却が間に合わなくなれば全身の神経系にもダメージを与える事になる。もし脳にでもダメージを受ける事になれば赤井照麻の日常はもう戻ってこない可能性が高い。
だが考えている余裕はなかった。




