炎帝ついに牙を向く
fase三程度となった照麻の魔術が発動する。赤い炎が出現し照麻の身体を覆いつくす。敵と認識したものを燃やす炎系統の魔術で近接戦闘、遠距離戦闘両方が可能な魔術である。
見えない触手を焼き殺したかのように全身を支配していた何かが消えた。重心を前に向けて、レンジの動きに全神経を集中させる。そして足の裏を爆発させて、全速力で駆けて行く。まだ使える右手を力強く握りしめ、更に力を込めて五本の指を硬くする。
「ほぉ、悪くないな。下級魔術師にしては」
レンジは珍しい物を見たかのように微笑み、嬉しそうにそう呟いた。
その余裕の笑みが照麻は気に食わなかった。
今すぐその顔を殴り飛ばしてやろうと足腰にも力を入れて踏み込んでいく。
「坊主も炎か。いいよなー炎は心の炎って感じがするし、何より邪魔だと思った物を全て焼き尽くして灰にしてくれる」
両者の距離は十メートルまで縮まった。
照麻の拳が間もなくレンジを射程圏内に収める。
「邪魔する者は全てを灰にし、要らなくなった者も灰にする。灰にしてしまえば跡が残らねぇから楽なんだよ。だからな坊主、お前さんも――」
照麻は勢いよく全身弾丸となってただ一直線に突き進む。
レンジは不敵な笑みを崩すことなく、言葉を続ける。
まるで照麻など敵ではない。そう言うかのように。
「――灰になっちまいな!」
レンジがそう言い残した瞬間。
レンジの後方に赤い炎の塊が出現し爆発した。
その中から出現した炎の渦が照麻に向かって凄い勢いで突撃してくる。
照麻は左足を軸に全体重を乗せた一撃の標的を変更して炎を殴る。
照麻の炎とレンジの炎が衝突し、さらなる爆発を引き起こした。
近くに合ったマネキンやベンチ、ソファーが熱風と化した爆風に吹き飛ばされ、地面の一部は炎の熱で溶けていた。それは火山のマグマのようにグツグツと赤い熱を帯び、地面を溶かすようにして燃えていた。
「正面から来るから死ぬんだよ。ったく普通に考えてバカだろ」
爆風に耐え、なんとかその場に踏みとどまったレンジは呆れたようにして言葉を紡ぐ。そして右手で頭を掻いて、ため息を吐いた。
「やっぱりバカだ。それも大が付くバカ。これじゃ俺の仕事これで終わりじゃねぇか」
目の前は炎で燃えている。
近くにあったテナントの一つが服屋と言うのが災いし炎は火災とかし瞬く間に周囲一帯に広がった。これでは建物が燃え尽きるのも時間の問題となる。当然火災に反応してスプリンターが起動しているが、魔術と魔術の衝突で起きた炎がそう簡単に消えるはずもない。
何よりこのまま火災が広がれば炎は上にいくことから、上の階にいる人間が全員逃げ遅れて死んでしまうかもしれない。そうなっては人質が死に、クライアントであるテロリストグループのメンバーも死んでしまうかもしれない。そうなると当然報酬は支払われないわけでレンジとしては無駄骨となってしまうのだ。かと言って消火活動の為に誰かを呼べば凄い数の警察が入ってくるに違いない。全く困ったものだと少し反省する。
「まぁ、最悪金は諦らめて俺だけ逃げるか……」
「逃がすと思っているのか?」
聞こえないはずの声が聞こえてきた。
レンジは炎の中に視線を向ける。あれを受けて無事なはずがない。だってあれはfase五の魔術でシンプルではあるがかなり殺傷性の高い魔術。それを下級魔術師が正面から受けて無事なはずがないのだ。
よく見ると炎が炎を裂けるようにして空間ができていた。
まるで電気のプラスとプラスが反発するようにして炎が反発していたのだ。
それは上位の炎を恐れて下位の弱き炎が道を譲るようにして。
気付けば天井の一部が焦げるのではなく融解し溶け始めていた。
それだけの炎を前にして赤井照麻は鋭い視線をレンジに向けて佇んでいた。
「ったく、お前人を殺す気か?」
照麻は周囲を見渡しながら一人呟いた。
「おかげで魔力石を早くも一つ使ってしまったじゃねぇか」
足元に落ちた魔力石の破片を確認するように見て。
よくよく考えて見れば『炎帝』を全力で使えばレンジ程度の炎等相手ではない。
『炎帝』は名前の通り炎の帝王。つまり炎は炎でも上位に存在する。いわば魔術の頂点の一つを現すに相応しい力を持っている。事実過去に『炎帝』を使っていた魔術師はその強さを周りが認めfase七の魔術であると認めた。
だが才能のなかった照麻はその力を思うようにまだ扱えない。
だけど、これだけは今の攻防でわかった。
この程度の炎、『炎帝』の敵ではないと。
円を描くようにして『炎帝』の炎だけを裂けるようにしてメラメラと燃えている炎は避けているだけで消えることはない。
かつて由香の魔術を正面からかき消したのだってこの『炎帝』の炎だった。
ならば氷がダメで炎がダメなわけがない。