不意打ち
由香と警察の協力により無事に八階のフロアについた照麻達。
後ろを振り返らず、そのまま階段を駆け上がった。
八階から九階を繋ぐ唯一の階段がある場所へと向かってフロアを駆け抜ける。
照麻がチラッと後ろを付いてくる優莉と愛莉を見ると二人の顔には不安があった。
「安心しろ。きっとまだ間に合う」
二人に聞こえるように呟いた。
そしてニヤッと微笑む。
下の階から伝わってくる冷気に照麻は由香ならやっぱり大丈夫だなと確信する。相変わらず規格外。それでいて優しくて頼りになる妹――由香と警察なら万に一つも負ける可能性はないだろう。
「照麻?」
「どうした?」
「照麻はなんで香莉の為に今日立ち上がってくれたの?」
照麻は前だけを見て走りながら答える。
「俺はただ優莉達の笑顔が見たい。ただそれだけ。何より、まだ気付かないか?」
「え? 気付く? なにを?」
「笑顔のお前って本当に可愛いんだよ。見ててこう抱きしめたくなるような天使の笑顔って言うのかな。だけど今の優莉の笑顔は俺でも見ただけで分かる作り笑顔だ。それは見てて辛い」
照麻は自分で何を言っているのかがよくわからなくなっていた。
ただ、何でこんなバカみたいな台詞がこんな時に出てくるかなと自分を責めた。
違うか。こんな時だからこそ出てきた言葉なのかもしれない。
今は何でもいい。
少しでも優莉の心の迷いを消えてくれれば。
「優莉はいいお姉ちゃんだと俺は思う。頼りになっていつも香莉や愛莉の味方。だけど二人が喧嘩した時はしっかりと妹二人の意見を聞いてあげて中立の立場で二人の味方。だったらお姉ちゃんとして妹が助けてを言いたくても言えない、外部に伝えられない状況だったらそれを察して助けてあげるのもお姉ちゃんの役目なんじゃないか? だからもっと前を見ろ。もし世界中がそれで優莉の敵になった時は、俺が絶対に護ってやるからさ」
照麻は笑顔で言った。
戦場では迷いがある者から死んでいく。これは魔術師が中等部で習う内容だ。
もしそれが本当ならば今の優莉と愛莉では危ない。
そんな気がする。
だから今はこんな時だからこそ前ぐらいは向いて欲しいと思った。
「だったらもし私が助けてって言ったら照麻は味方でいてくれるの? 例え世界中が私の敵になっても……」
「当たり前だろ。世界の考えなんて俺は知らない。俺は俺のやりたいように、そして護りたい者の為に力を使う。ただそれだけだ! 優莉は誰の為に此処に来たんだ?」
「香莉の為……」
「だったらそれでいいじゃねぇか。香莉を助けに来た、その事実に胸を張れ。そして私のお姉ちゃんってやっぱり頼りになる、そう思われるように頑張ってみろ! 結果は後から必ず付いてくる、以上だ! 行くぞ!」
最後まで諦めようとしない照麻の言葉に優莉の胸のうちが少し熱を帯びた。
別に期待なんかしていない。でも照麻ならって内心期待している自分がいるだけ。
照麻達の視界の先に最後の非常階段が見えてくる。敵の目を欺くために幾つも違う非常階段を使ってきたが、これで最後。これを登れば香莉を含めた多くの人を助けられる、そう思った時だった。照麻達を狙い銃弾が雨のように横からふってきた。
「伏せろ!」
照麻が叫ぶと優莉がすぐに伏せる。
だけれどどこかボッーとしてまだ心の中で色々と悩んでいた愛莉の反応が一瞬遅れた。
――しまった!
愛莉がそう思った時には遅く、銃弾が身体を貫き鮮血が舞った。
そのまま地面にお尻から落ちて行く愛莉。
あれ?
痛みがない。
なんで?
そう思い愛莉が前を見ると、照麻が愛莉を護るようにして立っていた。
左わき腹と左肩から湧き水のようにでる、赤い血。
だけど照麻は笑っていた。
「へへっ、間に合ってよかった。これで演習の時の借りは返したぜ」
そう言って膝から崩れ落ちる照麻。
「借りって……アンタバカなの? それ……」
「あぁ~これか、大丈夫だから気にすんな」
「大丈夫って……でも血が……」
「全然余裕だって。致命傷じゃないし運よくかすり傷で済んだ……からな」
照麻は作り笑顔で愛莉にそう言った。
本当はめちゃくちゃ痛い。
だけど今三人の前に姿を見せた敵が待ってくれるとは到底思えない。
背中を見せれば、今度は魔術でやられる。そう思わずにはいられなかった。
「誰かが近づいてくる。一人かな?」
「みたいだな」
照麻は優莉の言葉を肯定する。
「それで愛莉。どうする? 逃げるか?」
「…………」
「ったくしょうがねぇなぁ。迷ってんなら優莉と一緒に行け! 俺がここは何とかする。だから優莉、悪いが腰が抜けて迷走した愛莉と一緒に香莉を頼んだ!」
「頼んだって照麻……」
「行け」
「……ありがとう」
優莉が愛莉を支えて一緒に最後の非常階段を上っていく。
これでとりあえず最上階に行くと言う最低限の希望を残せたわけだが、状況は悪い。
照麻はこちらにゆっくりと歩いてくる男を見て、覚悟を決める。
非常階段に一度目を向けて、優莉達がいない事を確認した。




