お礼は不要、必要なのは事実
照麻は机を繋げ隣にいる香莉を見た。
香莉の手元には学園の先生が大事と言った所に赤ペンでメモ書きをして、板書の写しも見やすく丁寧に書かれた文字列がある。
対して照麻の手元にはやや読みにくく話しを聞きながらとりあえず板書したのだなと思われるノートがある。
これが出来の良い人間と出来の悪い人間の差だと実感する。
何より一番驚いたのは照麻の教科書に貼られた付箋の数である。
直接は書き込めない事から先生が線を引くように言った所に香莉は付箋を使い後で自分の教科書に引けるようにメモ書きを残しているのだ。授業が始まる前に「付箋は取らないでください。後で回収しますので」と照麻に言ってきた時はかなり驚いた。
由香の「留年」と言うワードに恐怖を覚え授業を真面目に聞いてみたものの一年生の知識がない照麻にとっては授業について行くことすら難しかった。
とりあえず理解する事を止めて、早くも板書だけすることにした。
それを四時間。
流石にクタクタである。こんなに真面目に授業を受けたのは何年ぶりだろうか。
昼休み開始と同時に由香がいつの間にか作り鞄に入れていた手作りのお弁当を食べて、クラスの男共のバカ騒ぎに付き合う。
そうやって現実を忘れて昼休みを満喫してから現実に戻って来る。
午後の授業は全部で各学年六クラスある中の二年一組、二組、三組、そして一年一組、三組、五組と合同実技演習の日である。これは不定期で行われる授業で魔術師がお互いの実力を高め合う為の演習となっている。学園はこうやって先輩後輩との友好関係更にはお互いにいい刺激になればと考えている。
「お兄様~! お会いしたかったです」
手を振り主人を見つけた子犬のように由香がやって来る。
照麻が昼休みバカをして現実を忘れようとした元凶でもある。由香は一年五組なのである。こうして兄妹で揃うと比べたくなるのが人間の性なのかもしれない。周りを見渡せば「バカと天才が遂に揃った」等とアホな事を言っている連中が多い。
「どうしたんだ?」
「お兄様がいるからやってきました!」
「う~ん、そうか、ありがとうな。ってことで由香はとりあえず戻りなさい。ここは二年生が集まる場所です」
「そんな細かい事は気にしないでください。後他人行儀になって私を突き放そうったてそうはいきませんからね」
ニコッ
綺麗な瞳をウルウルとさせて、小首を傾げる天使に照麻は苦笑いをした。
女の子がここまで好意を寄せてくれるのはとても嬉しい。それもかなり可愛いくて面倒見が良くて優しい女の子だ。これは周囲を見渡せばわかるのだが、男子にとってはある意味憧れるシチュエーションである。だけどこの後こんな可愛い女子生徒にボコボコにされるのだろうと思うと素直に喜べない。
「今日は成長した私をしっかりと見てくださいね、お兄様」
「とりあえずわかったから、チラチラと香莉を牽制するの止めような」
照麻はさっきから由香の視線が外れては違う所に向いている事に気が付いていた。
どうやら敵と判断したようだ。
「かおり……あっ、なるほど」
由香にとって照麻と親しい女性は基本的に全員嫉妬の対象である。
「あの時は助けて頂きどうもお世話になりました。もし良ければ今度お礼をさせて頂きたいのと照麻さんの妹さんと言う事で年は違いますがお友達になりませんか?」
香莉は由香に一礼をして、照麻と同じようにして由香にもお礼がしたいと言う。
「いえ、お礼は必要ありません。あれはお兄様を心配して夜歩いていたら偶然見つけただけですから。それにお礼ならもう頂きましたから」
「はい?」
由香は照麻を見て答える。
香莉は一体何の事だろうと思い、疑問の眼差しを向ける。
由香にとっては照麻があの日褒めてくれて頭を撫でてくれた、この事実だけで充分だったのだ。




