香莉の家に招待された
その後、赤井照麻は香莉に明言を吐き、教室にて戻り深い眠りについた。
バカは授業を聞かないからバカなのではなく、聞いてもわからないからバカなんだ。
と隣の席の女子生徒――藤原香莉にドヤ顔で言い切ったのだった。
それを聞いた香莉は「はっ?」と本気で戸惑っていたが、照麻には関係がないので敢えてそれを無視した。
――放課後。
クラスのバカ集団からの質問責めをスルーし見事逃げ切った照麻は高級感溢れる部屋の一室に置かれた大きめのソファーに座り、ベランダに繋がる窓から見える夕焼けの空を眺めていた。
今年は運がいいのか悪いのかよくわからない。
可愛い女の子だなと思い軽い気持ちで助けてあげたら、翌日転校生として照麻の通う学園に転入してきた。そしてあろうことか真面目ちゃんタイプと照麻の天敵に近い存在だったと知ったのは今日である。これからは適当に距離を保ちつつ離れていこうと思えば、クラスの皆の前で強引なお願い。
「今日こそ私の家に来て下さい。先日のお礼をどうしてもしたいんです」
そんな事を皆の前で言われれば断ることなど出来ない。下手に断れば照麻の悪い噂が広がり、また由香に迷惑をかけてしまうかもしれないからだ。故に今、赤井照麻は人生で初めて由香以外の女の子の部屋にいるわけだ。
と言っても部屋と言うよりかは家のリビングにである。
辺りを見渡せばすぐに金持ちだとわかる部屋の広さと家具に照麻は内心驚いてしまった。
今も聞こえてくる鼻歌に耳を傾ければ、香莉が台所でお湯を沸かしてコーヒーを入れている。インスタントコーヒーではダメなのかと思いながらも照麻が見ていると、お湯の温度を確認してとコーヒー一つ作るにしても真面目な香莉の姿がそこにはあった。
「はい、出来ましたよ」
香莉は微笑みながら照麻の前に淹れたてのコーヒーを差し出して来た。
「ありがとう。それにしてもわざわざお湯の温度の確認と手間暇かけるって真面目なんだな」
「あ~、今日は特別です。普段はポットでお湯を沸かして終わりですが、今日は私の感謝の気持ちを伝えたいと思っていた日なので」
そう言って香莉は照麻と対面になるようにして座り笑みを向けた。
テーブルを挟んで照麻が香莉を見ると、二人の視線が重なる。
慌てて視線を逸らしてコーヒーを飲む照麻。
「ふふっ。私なんかで良ければ見たかったら見てていいですよ」
「べ、別に……そうゆう意味じゃ……」
「まぁ男と女の関係にさえならなければ私は気にしませんから」
一応警戒はしているのか香莉は夕焼けに頬を染め困り顔の照麻に向かって牽制をしてきた。
照麻は香莉が淹れてくれたコーヒーを飲みながらチラチラとさり気なく見てみたが、やっぱり香莉は何処か落ち着いているなと思った。先日の怯えた香莉を見た時は正直心配になったがこっちが本来の香莉だとするならもう心配し続ける理由がない。
このままここにずっといて、もし香莉のご両親が娘の心配をして訪問し、こんな光景を見られたら面倒な事になると判断する。
「なら俺は帰るよ。コーヒー美味しかった。ありがとうな!」
照麻がカバンを手に取り、立ち上がろうとすると。
「あ、あの……もう少しお話ししませんか?」
香莉はそんな照麻を止めようとする。
「お礼なら本当にもう大丈夫だから。それに今日は悪かったな。俺のせいで転校初日から嫌な思いさせて」
「待ってください! もう少しだけお話し……ダメですか?」
照麻は頭の中で考える。
女の子の部屋に長いするのは男としてどうなのかと。
だけど香莉はまだ話したいと照麻に言ってきた。
「なにか俺に用があるのか?」
「はい。実は紹介したい人がいます」
この時、照麻の頭の中が困惑する。
紹介? それもこのタイミングで? つまり私には彼氏となる恋人がいて今日みたいに皆に誤解されるのは困りますと言う事だろうか。
照麻に伺わしい既成事実等と言ったものは存在しないが、ここでは会いたくないと言うか何と言うか。仮に今から会ったとしても照麻は一体どうすればいいのかがわからない。そうなると会いたくないと言うのが本音となるわけだが、さてどうしたものか。香莉は紹介したそうな雰囲気を醸し出している。下手に断っても今日みたいに明日クラスで色々と言われたらまた変な誤解が生まれそうなのもまた事実なわけで。ならばと思い腹をくくる。
照麻はこの場から逃げ出したい気持ちを抑え、平常心を装って香莉に確認する。
「えっと……もしかして恋人いる感じですか?」
「私に恋人がいたら駄目ですか?」
照麻はこの時察した。
悪い予感が当たりこれから紹介したい人が誰なのかを。
「悪くはないと言うか……カミングアウトするタイミングが悪いと言うか……」
「こう見えても私だって女の子です。優しくて頼りになる男性と将来結ばれたい願望はあります。それは普通のことだと思いますが?」
「……はぁ」
照麻は少しショックを受けた。
恋愛感情あるなしは一先ず置いておくとしてこれから起こる展開を考えるとどうもすんなり終わるとは到底思えなかったからだ。
「そこため息をつかない!」
「すみません。それで俺にその恋人を紹介してどうしろと言うのですか、貴女様は」
「なんですか、その態度。別に大したことじゃありません、ただ私を助けてくれた恩人として彼女達に紹介したいと思っただけです」
「彼女達……つまり百合?」
照麻はポツリと呟く。
「ち、違います!」
香莉は勘違いされて困っているのか、顔を赤く染めてすぐさま否定をしてきた。
その時机を思いっきり叩いた衝撃でコーヒーが少しテーブルに跳ねたが、香莉はそのことに気付いていない。
「私は普通の女の子で、恋愛は男性としかしません! 絶対に絶対に絶対にぃーその勘違いを人前で言わないでくださいよ!?」
身を乗り出し、顔を近づけて真剣な表情の香莉。
二人の頬の熱が伝わる距離感。
これには流石の照麻も少しドキドキしてしまった。