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七夕の夜5

「はっ……!」


 部室でこよりちゃんの作った地下迷宮の地図を見ていたらいつの間にか寝てた。部室の中も外も真っ暗。もうすっかり日が暮れている。というかもう日付が変わりそうな時間だ。

 外を見ると笹飾りを飾った頃には降っていた雨がやんでいた。

 窓を開けて風通りをよくしておく。そしてそのまま笹を回収しに新校舎一階の昇降口に向かうことにした。


「光よ……」

 〈光球〉の魔法が暗くなった廊下を照らす。上履きでそれほど足音は出ないはずだけど、静まりかえった夜の校舎に自分の足音がうるさいくらいに響くように感じられた。


 渡り廊下を通っていく。新校舎のいくつかの教室はまだ明かりがついているようだが、ほとんどはもう暗くなっている。男子達は教室や部室で寝泊まりしているけど、あたしは毎日自分の家に帰っている。だから夜の人気のない校舎は少し新鮮だった。


 廊下の窓から外を見てみると、まだ地面は濡れていた。きっとついさっきまで雨が降っていたのだろう。寝入っていたので全く覚えてないけど。


 昇降口に飾ってある笹は凄いことになっていた。あたしが用意したよりもはるかに多い短冊――多分、誰かが補充してくれたんだろう――だけでなく、凝りに凝ったいろんな飾り物が付けられていて、笹は大きくしなっている。あたしには笹が「重い」って言っているようにも見えた。


「なんか捨てるのが惜しくなってきちゃうな」

 そう言いながら笹飾りを見る。いろんな願い事が書いてあるが、多いのはやっぱり『外に出られますように』だ。


 封印されてからもう二ヶ月。みんなこの暮らしにある程度慣れたように思えるけど、でもやっぱり帰りたいよね。あたしは毎日自分の家に帰れる幸運に感謝した。と同時に早く家族に会えますように、みんなが早く帰れますようにと願った。


 笹飾りのある一帯には同じ筆跡の短冊が固まっていた。勢いある文字で、『冷やし中華』『ざるそば』『パフェ』『プリン』とでかでかと書かれている。まるでメニューみたいだ。そういえば家庭科部の食堂のメニューもこの筆跡だ。

 その隣には控えめな文字で『作物が無事育ちますように 碧』と書かれていた。


 短冊には願い事とそれを書いた人の名前が書かれているものもあれば、そうでないものもある。『酒』と大きく書かれた短冊は見ないことにした。


 あたしはとある短冊を手に取ってみた。そこには、『会長の施策がうまくいきますように』と書かれていた。

 その短冊には名前らしき文字も書かれていたのだが、見たこともない文字で読むことができない。でも、願い事の内容から誰が書いたかはすぐにわかった。

「これが魔界の文字なのかな……?」


 その隣には白紙の短冊があった。いや、白紙ではない。書いてある文字があまりに小さくてぱっと見白紙に見えただけだ。

 その短冊は無記名で『校内の風紀が乱れませんように』と書かれていた。思わず笑みがこぼれる。

 栗山が昔はもっとおとなしくて控えめな人だったと言っていたのを思い出した。今ならあの厳しい風紀委員長のこと、少しは好きになれるかもしれない。少しだけだけど。


「さて、片付けようかな」

 今日中にこれを片付けるのは風紀委員長との約束だ。風紀委員長に怒られたくないという気持ちもあるけど、それよりも約束はちゃんと守らないとという気持ちの方が大きかった。

 まずは借りてきた机を元に戻そう。誰かが整理してくれたのだろうか、机はきれいにペンが並べておかれていて、短冊はもう一枚も残されていない。


「よいしょっと」

 机を持ち上げる。そう重いものではないけど、思わず声が出てしまったのでふふふと笑ってしまった。


 近くの教室から拝借してきた机を元の場所にもどして笹の所まで戻っていくと、そこに制服姿の男子生徒が立っているのが見えた。

 ここからだと暗くてその姿はよく見えないが、生徒なのは間違いない。多分、噂を聞きつけて願い事を書きに来たのだろう。


「ごめんなさい、短冊、もう切れちゃって……」

 あたしはその生徒に声をかけながら近づいていった。すると、その男子はこちらを振り向き、


「高橋さん……?」

「浅村じゃない。どうしたの、こんな時間に?」

「あ、いや……今まで剣の特訓を……」

「あきれた……! もう真夜中じゃない! やり過ぎは身体に毒だよ。ジーヌがいながら何やってるの!」

 そう言うがメリュジーヌからの反論がない。


「いや……メリュジーヌはもうやめようと言ってくれたみたいなんだけど、集中しすぎて聞こえなかったみたいだ。気づいたらメリュジーヌはもう寝てた」

 ああ、それでジーヌの姿がさっきから見えないし、声も聞こえてこないのか。


「あ、そうそう」

 浅村は話を変えるように笹飾りの方を向いた。

「これ、七夕の飾りだよね? おれも願い事書いていいかな?」

「え……? いいけど、もう片付けるわよ?」

「いいよ。書いて、付けたら片付けよう」

「ふうん。あんたがいいならそれでいいけど。あ、でも短冊ないわよ」

「短冊ならあるよ」

 そう言って浅村はジャージのズボンのポケットから細長い紙を取り出した。


「徹から聞いたんだよ。それでこれをもらったんだ」

「そうだったんだ。どうしたの? 早く書きなさいよ」

 そう言って持っている何本かのペンを差し出す。浅村は少し選んで、黒いペンを手に取った。


 浅村は短冊を壁に当てて願い事を書いていた。明かりが当たるように近くに寄ってあげると、書いている途中の願い事が見えた。『仲間を守れますように』と書かれていたのが見えた。どういうわけか顔が赤くなるのがわかった。


「それじゃ、片付けようか」

 浅村が突然話しかけてきたからびっくりして、一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 少ししてからようやく片付けようと言われたことに気づいて取り繕うように「そ、そうだね」とだけ言っておいた。うまく〈光球〉の位置を調整して赤くなった顔を見られなかったらいいんだけど……。




 靴を外履きに替えて取り外した笹を持って中庭を歩く。笹は飾りと短冊が大量につき、葉っぱよりも多くなったせいでかなり重かった。浅村は「持とうか?」と言ってくれたけど断った。これは自分で持ちたい気分だったからだ。


 雨上がりの少し濡れた土は少し軟らかくて、足音はあまり聞こえない。浅村との間に会話も少なく、あたりには〈竜海の森〉から聞こえてくる虫の音しかしない。

 けど、どういうわけか気まずくも重苦しくもなかった。ただ二人、並んで焼却炉へと歩いて行く。


 短い、静かな散歩の時間は終わり、焼却炉まで来た。みんなで作った笹を処分してしまうのはもったいない気もするけど、約束だから仕方がない。


「ばいばい、ありがとね」

 浅村に聞かれないよう、小さな声でそう言って、軽く手を振る。


「着いて来てくれて、ありがと」

 そう浅村にお礼を言ったのだけど、浅村は返事もせずに上を向いている。

「高橋さん、あれ……」

 そう上を指さすので、釣られるように上――空を見た。


「わぁ……!」


 空には満点の――テレビや写真でしか見たことがない――星空。

 “天の川”なんていうけど、無数の星々が連なっていて、本当に光る川のように流れているだなんて想像だにしなかった。


 あたしは〈光球〉の魔法を解除した。辺りを照らしているのは月と星の明かりだけなのに、隣に立って空を見上げている浅村の表情がわかるほど明るい。

 口をぽかんと開けて星空に見入っている浅村を見て、あたしはくすりと笑った。そしてまた星空を見る。


 ここで育って十五……もうすぐ十六年。夜空はたくさん見て来たけど、こんなにたくさんの星が瞬いているなんて全然知らなかった。これは北高が封印されてるせいなんだろうか。

 そんなことを考えながら星空を見ていると、夜空をキラリと光る一条の光。


「あっ、流れ星!」

 あたしは思わず叫んだ。慌てて心の中で、『みんなが怪我しませんように』とお願いをした。

 流れ星は星空からこぼれ落ちるように暗闇の中を流れていき、そして暗闇の中に消えていった。


「えっ、どこ?」

 浅村が慌てて空を見渡す。もうとっくの昔に消えてしまっているのにいつまでも探している浅村の姿がおかしくて、つい笑ってしまう。


「なんだよ、もしかして、からかった?」

「違う違う。流れ星なんてすぐ消えちゃうのよ。もう遅いって」

「ちぇっ、おれだけ見てないのは悔しいな。もう一回来ないかな。来い!」

 浅村は小声で「来い、来い」などと言いながら空を見上げているからますますおかしくなる。


「あははは……。流れ星なんてそんなにすぐ来るはずないじゃん」

「来た……!」

「え!? 嘘……!」

 空を見上げた。すると、天頂付近からこぼれ落ちるような光の軌跡。


 それだけではない。続いて二つ、三つ……。最初は控えめだった星の軌跡は、やがて堰を切ったように次々とこぼれ落ちていく。それはまるで、大空にあった宝石箱を誰かがひっくり返したかのように全天に広がっていった。


「すごい……」


 今あたし達が置かれている状況とか、これからのこととか、離ればなれになっている家族のこととか、今焼却炉の前に男子といるとか、そんなことは全部忘れてただひたすら頭上で起こっている光のシャワーに魅入られていた。


 それはまるで、一年に一度しか逢うことのできない織姫と彦星を祝福しているかのような、そんな七夕の夜だった。

 うん、こんな夜もたまには悪くない。それが七夕ならなおさらだ。

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