七夕の夜3
「うーん、こんなもんかな……?」
紙を適当な大きさに、短冊状に切る。学校という場所柄、紙だけは余るほどにある。
切った短冊にひもを付けて、笹に取り付けやすくして完成だ。
「あとはここに何を書くかよね」
腕を組んで考えた。少し考えて、無難に『早く学校から出られますように』と書いて笹に飾った。
短冊がひとつだけだと寂しいから、他にいくつか願い事を書いて笹に取り付けた。他にもいくつかか飾りを作って取り付ける。
少し離れて壁に立てかけた短冊付きの笹を見た。うん、七夕らしくなってきた。
でも、さすがにひとりでやっていても寂しい。
そんなことを考えていると、〈念話〉の着信があった。図書室で調べ物をしているこよりちゃんからだ。
「もしもし、こよりちゃん?」
『あ、結希奈ちゃん? 今どこ?』
「今部室だよ」
『あ、ちょうど良かった。ちょっと確認して欲しいことがあるんだけど……』
こよりちゃんは部室にストックしてある薬草の在庫について確認してきた。指示に従って棚の中を調べてみる。まだ在庫はたくさんあるみたい。
その旨こよりちゃんに伝えた。
『ありがとう。じゃあ、今から取りに行くから』
「わかった。うん、うん。それじゃあまたあとでね」
〈念話〉が切れた。こよりちゃんが来るまでにお茶でも入れておこうかなと思い、魔力ポットに新しい水を入れてスイッチを入れた。
しばらくしてお湯が沸いた頃にこよりちゃんが部室にやってきた。
「お疲れさま、こよりちゃん。どう、進捗は?」
「うーん、ぼちぼちかな」
ちょうど沸いたお湯でこよりちゃんにお茶を出してあげた。こよりちゃんは「ありがとう」とにっこり笑って湯飲みに口を付けた。「ふう」とお茶を飲んでひと息ついたところで、壁に立てかけてある笹に気がついた。
「あれ……? あ、そうか。今日、七夕!」
こよりちゃんは驚いたような表情だ。きっと今の今まで七夕ってことを忘れていたんだろう。あたしと同じだ。
「そうそう。あたしもさっき、気がついたんだけどね」
こよりちゃんはあたしが書いた短冊をまじまじと見ている。別に恥ずかしくなるようなことは書いてないけど、そうジロジロ見られると恥ずかしくなる。
「ふぅん……『皆が怪我しませんように』かぁ……。さすがは結希奈ちゃんだね。“竜王部の聖女”っていうだけのことはあるわ」
「な、なによそれ……! 誰が言ってるの!?」
「うふふ。今考えたの」
「もう……! こよりちゃん!」
あたしが軽くこよりちゃんを叩く仕草をするとこよりちゃんは笑いながら「ごめんごめん」と謝ってきた。
「ねえ、結希奈ちゃん」
「ん?」
「わたしも、短冊にお願い事書いていいかな?」
ちょうど頼もうと思っていたところだ。
「もちろん! あたし、こよりちゃんのお願い事、読んでみたいなぁ」
さっきのお返しとばかりにそう言ってみた。
「え!? べ、別にいいけど……」
あれ? あんまり恥ずかしがらない? からかわれたのを平然と受け流すのがなんか大人の対応に見える。うーん、やっぱりこよりちゃんって一歳違いとは思えないほど大人っぽい。
「でも、書いてる途中のは見ちゃダメだよ」
そう言ってこよりちゃんは手で隠しながら緑の短冊に青いペンで何事か書き出した。
「よし、できた!」
こよりちゃんは今書き上げた短冊を頭上に掲げた。なんか前に男子がゲームの真似だとか言って同じポーズをしていたのを思い出した。
「どれどれ……お姉さんがこよりちゃんのお願い事を見てあげようかな?」
何のキャラだと我ながらよくわからない演技をしながら、笹に付けたこよりちゃんの短冊を覗いてみた。
『お料理がうまくなりますように』
「ああ……」
なんか変な声が出た。こよりちゃん、やっぱり気にしてたんだね……。
「料理上手の結希奈ちゃんが教えてくれればいいんだけどなぁ」
うん、それ無理。こよりちゃんが料理覚える前に北高の食糧事情が悪化してみんな飢え死にしちゃうよ。
「あははー。外に出られたらね」
こよりちゃんはふくれていたけど、本気ではないようだ。……と、思いたい。
「これ、ここにずっと置いておくの?」
こよりちゃんが笹を眺めながら言った。
「どうしようかな……。部員のみんなにも書いてもらいたいけどね。せっかくのイベントなんだし」
「あー。でも、斉彬くんは今日ずっとトレーニングしてるって言ってたから帰るの遅くなるかも」
ふうん。こまめに連絡取ってるんだ……。とは口に出さない。
「そういえば栗山は剣術部に行ったって浅村から聞いたなぁ。あいつも戻ってこないかも」
「浅村くんとジーヌちゃんは?」
「あの二人はランチに行ったけど……そういえば戻ってこないな。もしかしたら食べ歩きしてるのかも」
最近の北高にはいろんなお店ができてきていて、食べ歩きをしている生徒も多いって聞いた。……あたしは迷宮探索が忙しくてまだしたことがないけど、いつかはやってみたい。
というか、何であたしがしたことないのに浅村が先に食べ歩きしてるのよ!
「そっか……。そうするとこの笹もこれで完成かな。ちょっと寂しい気もするけど……」
そう言って言葉通り寂しそうな顔で笹の葉を手に取るこよりちゃん。と、こよりちゃんはこめかみに手を当てた。
「あ、ごめんね。着信みたい」
そう言って背を向けた。誰かから〈念話〉の着信があったようだ。
「もしもし……。うん、うん。え、本当? わかった。すぐ行くね。うん、ありがとう。それじゃまた」
二言三言言葉を交わして〈念話〉は切れたようだ。こよりちゃんはあたしの方を向いた。そして、すまなそうな表情で、
「ごめんね。わたし、行かなきゃ」
そう言ってここへ来る前にあたしに在庫を聞いた薬草の棚の中から何種類かの薬草を取り出して、部室から出て行ってしまった。
なんか少し悔しくなったあたしは、こよりちゃんをからかうことにした。
「斉彬さんから?」
部室の中から外に向けて少し大きめの声で、聞こえるようにそう言った。
その言葉は意外にも効いたようで、こよりちゃんはわざわざ廊下から戻ってきて、両手をバタバタとさせながら思いっきり否定してきた。
「ち、違うわよ! 図書委員の子! 探してた薬草の本が見つかったっていうから、それで……」
それだけを言い残して、こよりちゃんは部室を後にした。こよりちゃんの顔は今まで見たこともないくらい赤くなっていた。
「さて、あたしはどうしようかな……」
再び誰もいなくなった部室であたしは誰に言うともなくつぶやく。夕食の支度をするにはちょっと早い。普段は夕食の当番からは免除されている――家主特権だ――が、今日はヒマだから手伝ってもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、外から雨音が聞こえてきた。
「……あーあ、振ってきちゃった」
昼過ぎから怪しかった空模様だったが、ついに降り出してきたみたいだ。部室の窓が開けっぱなしなのに気がついて、部室の奥、女子のスペースまで行って窓に手をかける。
その時、おそらく中庭で何らかの作業をしていたであろうジャージ姿の女子生徒が何人か、慌てて一階の渡り廊下へ駆け込んでいくのが目に入った。その他にも何人か渡り廊下を行き来している生徒がいる。
「ここ、人外魔境の僻地だと思ってたけど、意外と人通り多いんだ」
そうつぶやいたとき、ひらめいた。このまま寂しくここに飾っておくよりも、もっと人目につくところに置いた方がみんな喜ぶ。そうに違いない。




