七夕の夜2
「よし、綺麗になった。あいたたた……」
掃除用具入れの中とソファ、それから備え付けの棚の中を徹底的に水拭きして、そのあとから拭きした。縮こまっていた腰を伸ばすとこき使われた腰が抗議の声を上げた。背を伸ばして腰を軽く叩くと気持ちいい。おばさん臭く見えるけど、誰も見てないから大丈夫。
気がついたらお昼も過ぎていたのでいつもの習慣で作ってしまったお弁当を取り出して、お茶を入れた。
開け放した窓から流れ込んでくる風が、身体を動かして熱を帯びた身体を冷やしてくれて気持ちいい。そういえばバレー部がアイス屋を始めたって聞いたっけ。後で行ってみようかな……。
「ごちそうさまでした」
お弁当を食べ終えて手を合わせる。食後に熱いお茶をいただいてひと息ついていると、掃除のために開けておいた扉から人影が見えた。
「あれ? 高橋さん……?」
『おお、ユキナではないか。こんな所で何をしておる?』
はしご作りのために竹を取りに行った浅村とジーヌだ。笹がついたままの竹を二本、手にしている。
「お弁当を食べていたのよ。ちょうど食べ終わったとこ」
『なぬ! わしの分はどこじゃ!』
弁当と聞いてジーヌの目の色が変わった。この銀髪の幼女は食べ物のことになると見境がなくなる。自分では食べられないので、食べるのは一緒にいる浅村の役割だけど、いつもお腹いっぱいなのにそれでも食べさせられる浅村はちょっと可哀想なのと同時に笑ってしまう。
「ないわよ。今日は自分の分しか持ってきてないし」
『な、なんじゃと……』
がっくりと肩を落とすジーヌ。こうやって見ると小学生くらいの女の子にしか見えないけど、これで歴史の教科書にも出てくる〈竜王〉だっていうから驚きだ。
少し可哀想になったので、ジーヌに別のアイデアを提案してあげた。
「この時間ならまだ家庭科部のランチが終わってないはずよ。行ってみたら?」
『ランチ! ランチじゃ! シンイチロウよ、ランチを食いに行くぞ!』
落ち込んでいたジーヌが一瞬でいつもの活気を取り戻す。かわいいなあもう。
「わかったよ。おれも腹減ってるしな。ハンバーグランチでいいだろ?」
『ハンバーグか……』
ジーヌはううむ……と腕を組んで一種悩んだが、すぐに結論にいたったようだ。
『いや、今日はミックスランチじゃ。わしは揚げ物を食したい。さあ行くぞシンイチロウ!』
「はいはい、わかりましたよ」
そう言って浅村は部室から出ようとして、こちらを振り向いた。
「それじゃ、メシ食いに行ってくるから」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
そう言ってから浅村が手に持っていた竹に気がついた。それを指さして、
「その竹、置いといたら? あとではしご、作るんでしょ?」
そう言われて浅村は初めて手に竹を持ったままだと気づいたようだ。一瞬、何のことかと自分の手を見て、「ああ……」と言い、そして、
「この笹でははしごは作らないことになったんだ」
「え……? どういうこと?」
浅村の話によると、竹を持って帰る帰りに外崎さんに会って、外崎さんが鉄のはしごを作ってくれることになったらしい。なら最初から外崎さんに頼めばよかったのに……。
「ちょっと置いておくよ。あとで捨ててこないと」
この部長は意外と几帳面だ。いつも一緒にいる栗山とは違ってこういうところがちゃんとしている。ん……? 栗山……?
「そういえば、栗山はどうしたの? 一緒じゃなかったの?」
「徹は剣術部に行ったよ。はしご作らないなら今日は一日フリーだなって」
「あいつは……。まったく……」
竹の後始末を全部浅村に投げたってワケね。まったくもう……。
「じゃあ、竹はあたしが捨てて……あ」
「どうしたの?」
「ううん、今日ってほら、七夕じゃない?」
今の今まですっかり忘れていたが、今日は七月七日。七夕だ。
「ああ、そういえば……」
浅村もすっかり忘れていたようだ。毎日迷宮に籠もっていると暦を忘れそうになる。
「これにみんなで短冊を書いてつるさない?」
ただの思いつきだったが、我ながらナイスアイデアだと思う。あたし達に必要なのはイベントだ。
「それはいいな。おれも手伝うよ」
『のう、七夕とは何じゃ?』
ジーヌが聞いてきた。そういえばジーヌはヨーロッパ出身だ。彼女はいろいろ物知りだけど、さすがに七夕は知らなかったみたい。
「七夕っていうのはね、中国から伝わった風習で、お姫様と牛飼いっていう、身分違いの恋をした二人が……」
『それよりもランチじゃ。行くぞ!』
「お、おい……!」
ジーヌが聞くから説明してあげたのに、興味がないとなると途端にこれだ。ジーヌはいつも自分に素直でうらやましい。
浅村はジーヌにせき立てるように行ってしまった。
と、思ったんだけど……。
「高橋さん、ごめんね。せっかく説明してくれてたのに」
振り返ると、浅村が部室の扉から半身を乗り出して顔を覗かせていた。
「え……!? べ、べつにいいわよ。いつものジーヌじゃない」
び、びっくりした……。どういうわけか顔が熱い。だから、取り繕うように言ってしまった。嫌な感じになっていなかったらいいけど。
「それより、早く行かないとランチ、終わっちゃうよ」
「あ、そ、そうだな……。それじゃまた!」
そう言い残して浅村は部室の扉を閉めて行ってしまった。それまで部室の中を流れていた風がピタリと止んでしまい、蒸し暑さがぶり返してくる。
「やれやれ……」
あたしは再び一人になった部室の中で、そうつぶやいた。知らず知らずのうちに笑みがこぼれていた。




