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竜海神社のご神体3

聖歴2026年6月29日(月)


 窓の外はしとしとと雨が降っている。昨日も雨、今日も雨。梅雨だから仕方がない。生徒会の調べによればこの学校は上空にもすっぽりドームのように結界が張られていて外に出ることはできないのだが、何故か雨は結界を通り抜けて校内に落ちてくるようだ。

 保健室の外に植えられたあじさいは今日も元気そうに咲き誇っている。梅雨はまだまだ続く。


 アラームが鳴ったので、綾子は体温計を引き抜き、表示を確認した。

「八度三分。風邪だな」

「……申し訳ない」


 げほげほと咳をしながら謝罪の言葉を述べるのは斉彬だ。心なしか顔も赤い。

 保健室のベッドには横になる斉彬と付き添いの慎一郎、徹、結希奈、こよりのいつもの面々。もちろんメリュジーヌもいる。

『全く、情けない。どうせ腹でも出しながら寝ておったんじゃろう』

「ここんところ雨続きで寒かったですからね。しょうがないですよ」

 寝込んでいる斉彬に厳しい発言のメリュジーヌに慎一郎がすかさずフォローを入れる。


『わしは一刻も早くこの新しいケースの強度を確かめたかっただけじゃ!』

 メリュジーヌが慎一郎の持っている〈副脳〉ケースを指さす。このケースは昨日、防御力を強化する改造を行ったばかりだ。

「いやいや……。武器じゃないんだから行ってすぐ確かめられるものでもないだろ。ダメージなんて受けないに越したことはない」

 慎一郎の指摘はもっともだ。


「失礼します」

 その時、扉を開ける音がして誰から保健室に入ってきた。

「あ、はぁい!」

 綾子はどうせ動かないだろうからと、代わりに結希奈が返事をし出迎えた。


「イブリースさん」

「森君が体調不良と聞いてお見舞いに。あ、これ、お見舞いです」

 そう言って魔族の副会長、イブリース・ホーヘンベルクは結希奈にバスケットの中に入った果物を渡す。お見舞いの品としてはオーソドックスに見えるが、外界とのアクセスが遮断されたこの北高においては貴重品である。


「イブリースさん!」

 語尾にハートマークがつきそうな声でカーテンの向こうから現れたのは徹だ。


「さあさあ、ご案内差し上げますね。こちらです、どうぞ」

 そう言ってイブリースの手を引く。が――

「って、なんで誰もいないベッドの方へ連れて行くのよ!」

 ばしっ、と結希奈が徹をはたく音が保健室に響く。

「いやぁ、お約束かなって」

 イブリースはそんな様子を見てくすりと笑った。


「す、すいません……。こいつが……」

「えー、俺のせい!?」

 しかし、イブリースはそんなことは気にするようでもなく、

「いいですね、仲がよくって。森君もなかなか生徒会室に帰ってこないのもわかります」


 イブリースはニコッと笑って斉彬が横になっているベッドの方へとすたすたと歩いて行った。その表情に徹は一瞬で骨抜きになる。


「あぁ……イブリースさん……いいなぁ……」

「やれやれ……」

 と言いつつも、女の結希奈から見ても素敵なイブリースを前に女好きの徹が取り乱すのはわからなくもなかった。




「どうですか、具合は? ……あまりよくなさそうね」

「イブリースか。お前が来るなんて珍しいな。どうせ菊池あいつの差し金だろう」


 イブリースは斉彬より一学年下の二年生だ。しかし彼女は誰に対しても丁寧な言葉遣いで接する。それは彼女が日本語に不慣れなためか、それとも元来の性格からなのかはわからなかった。しかしその言葉遣いはとても彼女にあっているように思えた。


「斉彬さん、イブリースさんからお土産もらったよ」

 結希奈が先ほど受け取った果物を掲げて斉彬から見えるようにする。


「生徒会で育てた果物です。果物はさすがに野菜みたいに三日で収獲とは行かなかったみたい。それでも一ヶ月かかってやっと実がなるようになったの。初物ですよ」


 イブリースは「ちなみにこれは会長の指示じゃありませんから。花よりいいでしょ?」と付け加え、斉彬を笑わせた。

「どうしたんだよ。お前が菊池以外にそんなに気を遣うなんて、気持ち悪いな」

 そんな皮肉にもイブリースは全く怯むことはない。


「会長のお命じになった〈竜王部〉のミッション完遂のためには、貴方が一刻も早く復帰しなければならないと考えるからですよ」

「やれやれ……。お前はあいかわらず理屈馬鹿だなぁ。げほっ……」


「おいお前ら、面会はこの辺にしておけ。病人は寝るのが仕事だ」

 綾子が声をかけてきた。確かに、風邪で寝込んでいる斉彬の前で騒いでは治るものも治らない。


「ほら、お前はこれをのんで寝ろ」

 そう言って綾子は斉彬に錠剤とコップに入った水を渡してきた。


「それじゃ、おれ達はこれで」

 慎一郎が代表で言って、その場の生徒達は保健室から出て行くことにした。


「じゃあ、この果物はここに置いていくわね」

 結希奈がイブリースからもらった果物をサイドチェストに置くと、斉彬は、

「こよりさん!」

「……はい?」

「その……後でいいから、この果物剥いて……食べさせてくれないかな?」

 布団の中に隠れながら言った。きっと今頃がらにもなく顔を赤くしているに違いない。


「……じゃあ、おとなしくいい子で寝ていたら、起きたときに食べさせてあげる」

「……!!」

 斉彬は布団の中から目だけを出してこよりの方を見ると、再び布団を頭からかぶった。

「わかった! すぐ寝る! 絶対寝る! だから……!」

「はいはい。おやすみ」

 きっと興奮してすぐには眠れないだろうなとこよりは思った。




「それじゃ、私は生徒会室に戻ります。何かありましたら生徒会室まで」

 そう言い残して、副会長は足早にその場を立ち去っていった。

「ああ……副会長カムバーック!」

 名残惜しそうにしているのは徹だ。


「それで? 今日はどうするの?」

 保健室の前で結希奈が聞いた。もちろん、今日の〈竜王部〉の活動についてである。

「そうだな……。今日は休みでもいいかな」

 慎一郎のその意見にメリュジーヌも賛成の様子だ。

『うむ。確かにこの頃連戦で皆の疲れも溜まっておろう。何せあのナリアキラが寝込む有様じゃからの』


「わたしたちも体調を崩さないように適度な休憩を、ってことね」

 こよりが指を一本立ててメリュジーヌの話を要約した。


『もっとも、ナリアキラ(あやつ)の場合はきっと腹をだして寝ていたからに違いないだろうが』

 メリュジーヌの言葉に皆がはははと笑った。


「おっけ。決まりだな。今日は迷宮探索はなしで」

 そう言って徹は「剣術部に顔出してくるわ」とその場を立ち去っていった。


「なんだかんだ言ってあいつも剣術部のこと、気にかけてるわね」

 歩いて行く徹の背中を見ながら、結希奈がそう漏らした。口では不満そうだったが、結希奈なりにいろいろ心配しているのだろう。


「さて、俺は……。剣の素振りでもするか」

『たわけ。それだと何のために今日迷宮探索を取りやめたのかわからぬではないか。激しい運動は控えよ』


 そこに、こよりが声をかけてきた。

「ねえ、浅村くん、結希奈ちゃん。それにジーヌちゃん。ちょっと話があるんだけど……」

「……?」

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