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ふたつの剣術部3

 秋山の説明によると、剣術部の部室は北高の剣術部が使用する小屋、港高の剣術部が使用する小屋、女子が使用する小屋、そして道場に分かれているらしい。


「ゴンちゃん、女子部屋に連れて行ったよ。結希奈ちゃんが付き添ってるから多分大丈夫」

 遅れて入ってきてそう告げたのはこよりだ。先の〈犬神様〉との戦いで重傷を負ったゴンは結希奈の回復魔法のおかげで回復しつつあるが、念のため安静にしておいた方がいいと別室に連れて行かれた。


「そうですか。ありがとうございます、細川さん」

「ううん。お礼なら結希奈ちゃんに言ってあげてね、浅村くん」

 一同が集まっているのは北高の剣術部が使用する小屋、ミーティングスペースとして使用している一角だ。


 剣術部員達が造った“部室”は、屋根こそない――雨の降らない地下迷宮の中にあるのだから屋根の必要はない――が、床板がしっかり作られている。このミーティングスペースには大きな木造の机と、周りにやはり木造の椅子が用意されており、どこか温かみを感じさせる。


 机の一方の辺に剣術部部長の秋山が座り、反対側に徹、慎一郎、斉彬の順番に座っている。遅れてやってきたこよりは斉彬の隣に座った。斉彬が嬉しそうなのは気のせいではないはずだ。


「部員の一人にこういうのが得意な奴がいてな」

 港高の生徒なんだがと付け加える秋山の表情は暗い。やはり封印騒ぎに巻き込んでしまったことに申し訳なさを感じているようだ。


「雅治さんのせいじゃないでしょ」

「そう言ってもらえると助かるよ、坊ちゃん」

 徹の励ましに力なく笑う秋山。おそらくはこんな風に笑う人物ではなかったのだろう、それを見る徹の表情は痛々しい。


「ねえ、斉彬くん。この二人、どういう関係なの?」

 こよりが小声で聞いた。

「あの部長――というか、剣術部の部員のほとんどは徹の家の道場の門下生らしいぞ」

「へぇ、そうなんだ……」

 こよりは徹と秋山の方を興味深そうに見る。


「まずは、助けてくれたことに対するお礼をしたいと思います」

 〈竜王部〉部長である慎一郎が部を代表して秋山に対して頭を下げる。


「いや、礼には及ばないよ、浅村。君だって、剣術部員が倒れていたら助けるだろう?」

 秋山は手を挙げて慎一郎に頭をあげるよう促した。慎一郎はそれに従って頭を上げた。


「ありがとうございます。それで、いくつかお聞きしたいことがあるのですが」

「もちろん、かまわないとも。できる範囲で答えよう。俺からも聞きたいことがあるからね」


「それでは、まずそちらからどうぞ、秋山さん」

 慎一郎に促され、秋山は大きく頷いた。


「俺からの質問はシンプルだ――君たちのとは違ってね。――どうしてここに?」


 ここに来る途中、慎一郎は訊かれたことは素直に答えるべきだと思っていた。隠し事をすべきようなものは何もないし、何より、助けてくれた相手に隠し事をするのは失礼に当たると思ったからだ。


「はい、実は――」

 慎一郎は北高が封印されてからここまでの経緯をかいつまんで話した。


 生徒会から地下迷宮の探索を依頼されたこと、巨大ネズミをはじめとするモンスターとの戦い、巨大イノシシとコボルト村での攻防戦、旧コボルト村へ行くことになったいきさつ、そしてイヌのモンスターとの戦い。


「――そんな感じです」

 目を閉じて慎一郎の話を聞いていた秋山は「なるほど」と頷いた。


「正直、俺は君たちが菊池の使いとして剣術部の説得に来たんだと思ってた」

 菊池とは生徒会長のことである。


「説得……ですか?」

「ああ。全校集会ではあんな風に出て行ってしまったからな。菊池なら失点を取り返すために何らかの手は打ってくると思っていた」


「ちょっと待ってくれ」

 話に割り込んできたのは斉彬だ。


「あいつが――菊池がそんなことをする奴とは思えん。現に、剣術部に関してはやりたいようにやらせるとも言っていた」

「森、お前は生徒会役員だったな。――なら、そうなのだろう。お前の視点ではな」

「……どういうことだ?」


「言葉通りだ。物事には見方というものがある。立場が異なれば見方も変わる。お前もいつまでも誰かに従っているだけでは――」


「てめえ、もう一度言ってみろ!」

 どん、と机を激しく叩き、斉彬が立ち上がった。


「斉彬くん……!」

 こよりがなだめるが、斉彬の怒りは収まらない。


「雅治さん、俺からいいかな?」

 斉彬を我に返らせたのは徹の一言だった。その一言は底冷えするような冷たいものだ。斉彬は背筋に冷たいものを感じ、倒した椅子を元に戻して腰掛けた。


(こいつ、こんな声が出せるのか……)


 しかし、言われた方の秋山は平然とした表情だ。不意打ちだったかどうかの違いのよるものなのか、それとも付き合ってきた時間の違いによるものなのか、それはわからない。


「……そうだな。俺は坊ちゃんに対して説明する義務がある」

 あくまで無表情に秋山は答え、そして「何から話そう?」と徹に訊いた。


「そうだな……。まずは“どうしてこんな所にいる”だ」


「確かに。俺たちから見れば坊ちゃん達こそ“どうしてこんな所にいる”だが、坊ちゃん達から見ればそうだろう。答えは簡単だ」

 そして、秋山は小屋の向こうの方を見た。あちらには港高の生徒達が使っている小屋があると聞いた。


「港高の生徒達だよ。彼らは今でもこの騒ぎに巻き込まれたことと、菊池が港高の生徒達も支配下に置こうとしたことに怒っている」


「支配下だと……!?」

「斉彬くん……!」

 再び斉彬が激高し、こよりがなだめる。しかし今度は斉彬もすぐさま矛を収めたようだ。


「続けて、雅治さん」

 徹に促され、秋山は続ける。


「居住スペースの問題もある。俺たち北高剣術部員は部室に寝泊まりすればいいが、港高はそうもいかない。女子マネージャーもいるしな」

 そう言われるまで徹は剣術部マネージャーの岸瑞樹のことを失念していた。


「それで、この地下迷宮に?」

 徹が黙り込んだので、慎一郎が代わりに話を続ける。


「そうだ。たまたま部室棟の裏に穴が空いているのを見つけてな。そこからここに入ってきた」


「なるほど、状況はわかりました。念のために質問ですが……つっ……」

「浅村くん、大丈夫?」

 慎一郎が顔をしかめる。犬のモンスターに押さえつけられた肩の傷が完治していないのだ。結希奈はゴンについてもらっているし、剣術部の女子マネージャーに回復魔法をかけてもらったが、それも応急処置程度だ。

「ありがとうございます、細川さん。大丈夫です」


 改めて慎一郎は秋山に向き直る。

「失礼しました」

「構わないとも」


「念のために質問ですが、戻ってくるおつもりは?」

 敢えて“どこに”とは言わなかった。


「今のところはない、と言っておこう。ここへ来て一ヶ月経ったが、それほど不自由しているわけでもないのでね。部員達の鍛錬にもここはいい環境だ」

 ここへ来てもまだ部活動をしているのか、とは言えなかった。それは自分たちも同じだからだ。


「他に質問は?」

 秋山がゆっくりと見渡す。慎一郎は首を横に振り、こよりはにこやかに微笑んでいる。斉彬はむっつりと黙り込んだままだ。


「雅治さん、いいかな? 最後にひとつだけ」

 手を挙げたのは徹だ。未だその表情は厳しい。


「何でも答えると言ったからな」

 どうぞ、と秋山は手のひらを徹に向ける。


「あいつ――炭谷と言ったか? あいつは何者なんだ? あの太刀筋、ただ者じゃない。が――俺はあんな奴知らない。あれほどの腕があるのに剣術の試合では見たことがない」


 剣術部員の多くは徹の道場の門下生だというが、どうやらあの炭谷という男子生徒はそうではないようだ。


「炭谷か――」

 徹と慎一郎が部活見学に訪れた翌日に入部したという炭谷豊は、高校入学のタイミングで関東から引っ越してきたという。剣術はやっていたが、大会などには出たことがなかったらしい。


「まさか、あんな奴がうちの剣術部に入ってくれるとはな。これで坊ちゃんも入ってくれれば北高の剣術部は黄金時代を迎えるぞ!」

 それまでの深刻そうな表情からは一転して、秋山の表情はそれは嬉しそうなものだった。


「俺は剣術はやめたんだよ、雅治さん……」

 一方の徹は苦しそうな表情。そして立ち上がり、ただ一言、

「あいつは危険だ」

 とだけ言い残し、立ち去っていった。


「おい、栗山!」

 斉彬がその後を追っていった。




「すいません……」

 徹とそれを追った斉彬が去った後、慎一郎が秋山に詫びた。


「いや、俺の方こそ。坊ちゃんのこととなるとつい、熱くなってしまう。ところで身体の方は大丈夫か? ここからなら部室棟の裏へと繋がる出口が近い。学校に帰った方がいいと思うが……」


「わたしもそう思う。辻先生に診てもらった方がいいよ。ジーヌちゃんのこともあるし……」

 メリュジーヌはあのイヌとの戦いで意識を失ってからまだ目が覚めていない。あれからまだ数時間しか経っていないとはいえ、こよりの言い分は正しかった。


「……わかりました。お気遣い、ありがとうございます」

 秋山に一礼してその場を辞する。


「部員に出口を案内させよう。おい、来てくれ!」

 秋山の呼びかけに剣術部の一年生だろうか、剣術のユニフォームである袴を着た生徒がやってきて「こっちです」と慎一郎達を案内する。


 と、その時――


「秋山!」

 野太い声が扉の向こうから聞こえてきた。


 ややあって、数人の男子生徒が連れ立ってやってきた。先頭の男子生徒は特に大柄で、北高剣術部のそれとは明らかに異なった袴を着ている。気のせいか、案内に呼ばれた男子生徒が怯えているようにも見える。


「金子」

 秋山は立ち上がり、金子と呼ばれた生徒を迎えようとする。


「紹介するよ、浅村。彼が港高剣術部主将の金子清(かねこきよし)。全国大会では――」

 しかし、それは金子の怒声によって遮られた。


「金子! 貴様、部外者を連れ込んだそうじゃないか! いったいどういう……」

 そこまで言ったところで金子はじろりと慎一郎の方を見た。そしてのしのしと歩いてきて、いきなり胸ぐらをつかむ。


「貴様、こんな所で何をしている!」

「待て、金子! 彼らはここに迷い込んできただけだ。偶然、ここへの入り口を見つけただけなんだ」


 ここを穏便に収めるための嘘だろう。秋山は慎一郎の胸ぐらをつかむ金子の腕に手をかける。


「けっ……!」

 金子は秋山をじろりと睨みつけると慎一郎から手を離した。


「げほっ、げほっ……」

「大丈夫、浅村くん……!」

 すかさずこよりが駆け寄ってくれる。


「何だぁ? 女連れか! ここは神聖なる剣術の里だ。女と、女連れの軟弱者は出て行け!」

 金子が吐き捨てるが、こよりも黙ってはいない。


「女子マネージャー用の部屋まで作ったって聞いたけどね。女子に優しい金子くん」

「き、貴様ぁ!」

 金子の顔が面白いほどに赤くなるのがわかった。今にも腰に下げている剣を抜きそうな勢いだ。しかし――


「ふん、おれが女に優しくて助かったな。今回だけは許してやるから、今すぐ出て行け!」

 それだけを言い残すと取り巻きを連れて立ち去っていった。


「なんなのよ、あれ」

 こよりのその言葉は慎一郎も同感だった。

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