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ふたつの剣術部1

聖歴2026年6月18日(木)


「剣術部、か……」

 県立北高生徒会長、菊池一(きくちはじめ)は手元のレポートに目を通しながらそうつぶやいた。


「ああ。体育館での一件以来、行方不明になっていたが、まさか地下迷宮にいたとはな。どうりで見つからんはずだ」


 ここは旧校舎一階、生徒会室。窓際の事務机を挟んで菊池と、レポートを提出した生徒会庶務で〈竜王部〉部員でもある森斉彬(もりなりあきら)が立っている。


 斉彬は〈竜王部〉部員として北高地下迷宮の探索を続ける一方、生徒会庶務として迷宮内で発見した様々なものを持ち帰ったり、こうして起こった出来事を報告したりしている。


 今回の報告は主に今週起こった出来事――コボルト村での巨大イノシシ退治から旧コボルト村でのコボルト達の守り神である〈犬神様〉との戦い、そしてその戦いにおける顛末についてである。


「状況については了解した。引き続き迷宮の探索に当たってくれ」

 菊池が眼鏡に手を当てつつ、今後の方針について斉彬に述べた。


「わかった。だが、剣術部についてはどうする? あいつらは未だに学校全体での共同作業に――」


「剣術部については我々でなんとかしよう」

 斉彬の声を遮るように言いつつ、菊池は正面に立つ斉彬から生徒会長席の脇に直立不動で立つ軍服姿の小柄な女子生徒に目を向けた。


 岡田遙佳(おかだはるか)。風紀委員長である。


「風紀委員長。剣術部についてお願いできるか?」

 机に肘をつき、顎を乗せた姿勢で菊池は遙佳に問う。


「その前に――」

 風紀委員長は直立の姿勢のまま、菊池とは目をあわせず、斜め上方を向いたままの姿勢だ。


「生徒会長にひとつお聞きしたい。我々、風紀委員の役割は“校内の風紀、治安の維持”にあると認識しているが、正しいか?」


「もちろん、正しいとも」

 間髪を入れず、生徒会長が答える。ふたりの間にいる斉彬は怪訝な表情を風紀委員長に向けた。そんな視線に構うことなく遙佳は話を続ける。


「ならもう一つお聞きしたい。地下迷宮とやらは校内に含まれるのか?」


 その問いかけに、菊池の鋭い瞳がさらに鋭くなる。

「なるほど。君の言いたいことは了解した。ではこの件は生徒会で処理しよう。副会長」


「はい」

 生徒会室の多くの面積を占めている大机――教室で使われている机をいくつかまとめてひとつの机として使用している――で作業をしていた一人の女子生徒が立ち上がった。


 その生徒の第一印象は“鋭利な美しさ”だろう。すっと通った鼻梁にとがった顎、切れ長の瞳、冷たく光る金髪が彼女をしてそう思わせる。だが彼女の美しさを引き立たせているのはそれらの造形ではない。比喩でも何でもない透き通るような青白い肌。日本人では――いや、普通の人間ではあり得ない肌の色は彼女が日本人でも、ひいては人間でもないことを物語っている。


 魔族。


 もとは異世界から来たと言われている種族である。

 歴史上、幾度となくこの世界の国家と戦争を繰り広げ、長い間世界の脅威とされてきた〈魔界〉と呼ばれる国。彼女の出身国はそのような国である。


 しかし、今では〈魔界〉は国際社会の一員として重要な役割を果たしている平和国家として知られており、文化交流として多くの留学生を世界各国に派遣している。彼女もその中の一人として、北高に留学しているのだ。


「剣術部との交渉を君に委ねたい。僕としては剣術部にも学校に戻ってもらいたいが、あくまで優先すべきは――」

「心得ています」

 菊池の指示に皆まで言うなとばかりに魔族の副会長――イブリース・ホーヘンベルクは頭を下げる。その動きはあくまで優雅だ。


「さて、それで風紀委員に対してだが――」

 イブリースが静かに生徒会室を出て行ったのを見届けてから、菊池は再び風紀委員長に向き直る。


「部室棟近くにある地下迷宮への入り口の監視を強化して欲しい。剣術部員が出入りする分には構わないが、その他の生徒達が誤って迷宮に迷い込まないよう、注意して欲しい」


「了解した」

 遙佳は直立不動のまま靴を鳴らし、敬礼をした。


「それから、入り口の場所については森君に――」

「いや、すでに把握している。では私は早速警備に向かうとしよう」

 そのまま、菊池の方を見ることなく生徒会室を出て行った。


 あんなやつじゃなかったはずなんだがな……。

 斉彬は生徒会室を出て行く遙佳を見ながら思った。


 遙佳とは学年も違うし、生徒会の仕事でしか接点はなかったが、それでもここ一ヶ月ほどの彼女の変わりようには驚く。昔はあんな物言いではなく、もっと気が弱くておとなしい、良くも悪くも風紀委員らしからぬ性格だったはずだ。

 それがどうして……。


「森君」

 斉彬は自分の名を呼ぶ生徒会長の方を見る。身長百九十センチある彼から見下ろされる形になっている菊池だが、一切動じることもない。こいつもなかなかの大物だな、と斉彬は心の中で笑う。


「部長の浅村君には、よくやっていると伝えてくれ。これからもよろしく、と」

「伝えよう」

 そう言い残して足早に生徒会室を後にした。


 野球部を辞めた斉彬が次の居場所として選んだはずの生徒会だったが、いつの頃からか、非常に居づらい場所になっていた。




「どうだった?」

 生徒会室を出た斉彬に生徒会室の扉の前で声をかけたのは一人の女子生徒だった。他の女子生徒とはデザインの異なる制服、ウェーブのかかったふんわりとした髪に柔和な笑顔が印象的な女子生徒。斉彬と同じく〈竜王部〉部員の細川(ほそかわ)こよりだ。


「このまま続けてくれってさ。それから、剣術部に関しては生徒会が何とかするらしい」

「そっか。浅村くんが言ったとおりだったね」


 生徒会室前、旧校舎一階の廊下を歩きながら二人は話を続ける。

「そういえば、浅村はどうした?」

「念のために結希奈ちゃんと保健室に行ってるよ。辻先生に診てもらってる」

 〈竜王部〉部長の浅村慎一郎は昨日の〈犬神様〉との戦いで負傷した。傷は概ね治っているが、メリュジーヌの意識が戻らないために、保健室へ行っているらしい。


「そうか……オレ達も行った方がいいかな」

 そう聞く斉彬に対し、こよりはゆっくりと首を振る。


「部室で待っててって」

「そうか」

 そのまま無言で廊下を歩く。そして、階段の前まで来たところで、


「じゃあ、部室に戻ろうか」

「うん」


 男女は並んで階段を上っていった。旧校舎四階の〈竜王部〉部室へ向けて。

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