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犬馬の養い4

 〈犬神様〉がいるという()()()はこれまで探索してきた迷宮の通路よりもふた回りほど狭く、二人並んで歩くと戦闘の時にお互いの武器がぶつかりそうなほどだ。

 だから、危険は承知で一列になって進むことにした。


 斉彬を先頭に、徹、ゴン、こより、結希奈、慎一郎の順に洞窟に入っていく。

 途中、何カ所か分かれ道があったが、ゴンのナビゲートにより迷うことなく進んでいった。


 二、三分ほど歩くと通路は行き止まりとなっており、そこは四メートル四方ほどの小さな部屋になっていた。

「ここが、〈犬神様〉を奉っていたほこらっす」


 部屋の中はめちゃくちゃに荒らされており、様々な物が散乱していた。部屋の奥が特に荒らされている。


 散乱する木片に粉々に砕けた陶器のかけら。焼けた木の破片はかがり火でもたかれていたのだろう。あたりに散らばり、異臭を放っているのはかつてお供え物だった食べ物だろうか。周りの壁にもおそらく様々な装飾がされていたと思われるが、今やその見る影もない。壁や天井、あちこちに〈犬神様〉のものと思われるひっかき跡が残されていた。

 言われなければかつてそこがコボルト達に崇め奉られていた神のほこらであると誰も気づかないだろう。


『これを見る限り、犬神とやらは犬にしては高い戦闘能力を持っているようじゃな』

 メリュジーヌの見ていた壁の爪痕を皆が見る。確かに、その傷跡は“イヌ”がつけたにしては大きく、そして深かった。


「……?」

 慎一郎がふと隣の結希奈に目をやると、彼女はもっとも瓦礫が多く集まっている場所の前で跪き、両手をあわせて祈りの言葉を捧げていた。


「一応、ここも神社の敷地内だしね。うちのご先祖様に関係のあるものなのかもしれないし」

 祈りを終えた結希奈は疑問の表情を投げかけていた慎一郎にそう答えた。


「どうやら、ここにはいないようだな」

 大きめの破片をひっくり返し、部屋の中を詳しく調べていた斉彬の言葉にメリュジーヌも賛同した。

『そうじゃな。ここに長居しても危険じゃ。外に出るとしよう』


 一行は来たときとは逆に、慎一郎を先頭に洞窟の入り口に向かって歩いて行く。




 ほこらの場所からコボルト村までは歩いてほんの数分だが、全体的に重苦しい雰囲気が立ちこめていた。


「ここで襲われたらかなりヤバいよな」

「ちょっ! 栗山、やめてよ! ヘンなこと言わないで!」

「あれ? 結希奈、もしかして怖がってる?」

「ち、違うわよ! あたしは、ただ……!」


 徹と結希奈のやりとりに場が一気に和む。徹は意図してやったのかそうでないのかはわからないが、慎一郎にとってありがたかった。と同時に、自分がリーダーなのだからしっかりしなければとも思う。


「徹も高橋さんもそのあたりで――」

『シンイチロウ、前じゃ!』

 メリュジーヌの警告が来る前に体が勝手に動いた。両手の剣を正面で交差させて初撃を何とか受け流す。が、完全には受け流すことができず、尻餅をついた。


『起きろ! すぐ次が来るぞ!』

 言われるまでもなく、素早く立ち上がり、剣を構える。


 次の瞬間、影が襲いかかってきたが、これを何とかやり過ごす。慎一郎の背後では仲間達が息をのむのを感じ取ることができた。ここは狭い洞窟内だ。慎一郎が突破されれば仲間達に危害が及ぶ。


 敵は奇襲に失敗したと悟ったのか、距離を取ってこちらを睨みつけている。イヌの形をしたモンスター――〈犬神様〉だ。


「くそ、最悪だ。こんな狭いところで……。浅村、任せていいか?」

「はい」

 斉彬の問いかけに短く答えると慎一郎は腰を落とし、正面で身構える犬のモンスターを睨みつけた。その距離、およそ四メートル。


 大きい。


 昨日倒した巨大イノシシほどの大きさはないのだが、犬としては破格の大きさだ。身を低くしてうなり声を上げているこの状態でさえ肩の位置は慎一郎の肩の高さとほぼ同じくらいある。


 ――ウゥゥゥゥゥゥゥゥ……!


 ゴンと同じく青い毛を逆立てて威嚇するイヌのモンスター。怒りにつり上がった瞳は白く濁り、よだれが垂れている口元から覗くのは鋭く光る牙。前足は丸太ほどもあり、その先端で長く伸びた爪に引き裂かれればただでは済まないだろう。


 そしてむき出しの敵意。イノシシのモンスターも強敵であったが、動きの誘導はたやすかった。今目の前にいるモンスターは身体の大きさこそイノシシほどではないが、その牙と爪、そしてすべての者に対する怒りと憎しみが大きな威圧感となって慎一郎を飲み込もうとしていた。


 一瞬でも目を離したらその隙に飛びかかってくる。そんな緊張感がしばらく続いた。


 その時――

 慎一郎の目の前を黒い影が横切った。


「〈犬神様〉! ゴンっす! わかるっすか? わかるっすよね?」

 ゴンが慎一郎と犬のモンスターの間に飛び出してきた。コボルトの戦士はは必死に〈犬神様〉に呼びかけをしている。残された希望という名の一本の綱。それをたぐり寄せようとするゴン。


 しかし、その綱はすでにちぎれていたことをゴンは身をもって知る。


 ――ガァァァァァァァァァウッ!

「ぐは……っ……!」

 かつて〈犬神様〉と呼ばれていたモンスターの前足が無造作に振り下ろされると、コボルト一の戦士だったゴンの身体はまるで紙風船のように軽く宙を舞った。


『シンイチロウ!』

「わかってる……!」

 メリュジーヌが叫ぶが早いか、慎一郎はゴンに追撃をかけようとするモンスターに向かって走り出した。

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