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エクスカリバー2

聖歴2026年6月5日(金)


 翌朝、慎一郎は徹と連れだって鍛冶部の部室へと赴いた。


 慎一郎は知らなかったのだが、鍛冶部部室は竜王部と同じく、部室棟の四階にあった。ちょうど竜王部とは反対の東の隅である。


「この部室棟を使ってる部でおれ達以外にも封印に巻き込まれた生徒がいたんだな」

「一度、校舎内で鍛冶部の部員とすれ違ったことがあったんだよ。それで思い出したんだ」


「お前が鍛冶部の部員だって知ってたということは、女の子だろう?」

「うっ……ま、まあ否定はしないよ」


 竜王部部室から鍛冶部部室までは直線距離にして四十メートルほどある。二人で歩いて行くと、鍛冶部部室の前に人影が見えた。


「おい徹。あれは……」


 黒ずくめの軍服に黄色い腕章。小さな身体に遠目でもわかる胸の大きさ。風紀委員長の岡田遙佳だ。

 遙佳は鍛冶部部室の扉を叩きながら何事か怒鳴っている


「おい、開けろ! いるのはわかってるんだ! 外崎(とのさき)!」

 激しく扉を叩く遙佳。一体何をやらかしたんだこの部屋の主は。


「何やってるの遙佳ちゃ――風紀委員長?」

 馴れ馴れしく名前を呼ぼうとした徹だったが視線だけで人ひとり射殺せそうな顔で睨まれ、慌てて路線変更した。


「見ればわかるだろう、出頭命令だ」

「出頭? ここの人、何かしたんですか?」

「貴様は……確か竜王部の部長だったな。何故貴様らが……ああそうか、同じ階だったか。騒がせて済まなかったな」


 どうやら、遙佳は自分の声が大きくて慎一郎達が様子を見に来たと勘違いしたようだ。別にそれでも構わないのでそのまま黙っておくことにした。


「何、たいしたことではない。昨日納品予定の硬貨の納品がまだだったのでな。催促に来たのだ」


「硬貨……って、〈北高円〉の? あれって鍛冶部が作ってたんですか」

「硬貨だけな。鍛冶部でつくってあのいけ好かない魔族女(イブリース)が魔法で偽造防止を行っている。貴様らも〈北高円〉の偽造はするなよ。もしそのようなことがあれば……」

「そんなことしませんって。な、慎一郎?」

「お、おう……」


 話が一旦途切れたところで、遙佳は再び扉に向き合って中の部員を呼び始めた。

「外崎、出てこい! 出てこないようなら私から入るぞ!」


 そう言って遙佳が扉に手を伸ばしたところで徹が割り込んだ。

「あー」

「ん? 何だ? 貴様、私に意見するつもりか、栗山?」

「いやー、勝手に入るのはどうかと思うんですよね、立場的に」

「なんだと……!?」


「校内の治安を守る正義の風紀委員が、令状もなしに勝手に他人の部屋に入るってのはどうなんでしょうね、治安的に?」

「う、む……確かにそうだな」

 遙佳はあごに手を当て、何事か少し考えた。


「わかった。今日はこの辺にしておいてやる。栗山、鍛冶部の外崎姫子(とのさきひめこ)を見かけたら私が探していたと伝えるんだ。いいな? 無視は公務執行妨害と思え」


「わっかりましたー!」

 徹がびしっと敬礼をすると、遙佳は満足したかのように一回だけ頷いて、そのまま立ち去っていった。


『相変わらず悪知恵だけは働く奴じゃのう、トオルは。あの軍服女を立ち去らせるための方便なのだろう?』

「えっ、そうなの!?」

 どうやら、わかっていなかったのは慎一郎だけのようだった。


「まあね。だいたい、礼状なんて誰が出すんだよ」

「生徒会長とか……?」

「ないない。それこそ、遙佳ちゃ――風紀委員長が黙ってないって。権限の強化に繋がるとか言って」

「そんなもんか……」


「それじゃ、俺たちは俺たちで役目を果たすとしよう」

 そう言って徹は鍛冶部部室の扉を開けた。


「勝手に入るのは不味くないか?」

「大丈夫だって」

 扉には鍵はかかっておらず、何の抵抗もなく来訪者を受け入れた。




「これは……」

『汚いな』


 鍛冶部の部室は〈竜王部〉と同じく通常の教室を半分にしたもので、こちらは教室の後ろ半分を使用している。しかしそこにはとても教室だった頃の名残はない。黒い遮光カーテンで閉め切られた部室は暗く、部屋中に砕かれた岩や砂が無造作に置かれている。慎一郎の足下には何に使ったのかよくわからない黒ずんだタオルが捨てられている。空気もよどんで感じるのは気のせいではないだろう。


 炉はここにはない。裏庭の焼却炉の隣で鍛冶部員とおぼしき生徒がカンカン叩いているのを慎一郎も封印前に見たことがある。


「……本当にいないみたいだな」


 徹が部室内を見て回る。乱雑に置かれているハンマー類を持ち上げ、その向こう側を覗くが、そんなところに何かがあるはずもない。


「困ったな。どうするんだよ、これ?」

 慎一郎が折れた剣を見る。一ヶ月とはいえ、毎日のように振るってきた剣だ。愛着がないはずもない。


「そうだよな。あと二本あるって言っても、だいたい均等に使ってるから、いつ折れるかわからないよな」

「仕方ないから、しばらくは残りの二本で……ん?」


「ううむ、見事に折れてるなー。しかし、剣術の剣をここまで使い込むとか。あっ、そうか。ここまで使い込めるってことは力の入り方が素直だから。ああっ、惜しい! もっといい素材で鍛えれば長持ちするのにっ!」


 気がつくと、慎一郎が持っている折れた剣をしゃがみ込んでまじまじと見つめる女子生徒――だろう、おそらく――がいた。


 ヨレヨレの学校指定のジャージの上下にボサボサの頭。目の下にはくっきりとクマが残っており、とても女生徒には見えないが、その小柄な体格とジャージのデザインからかろうじて女子だとわかる。


「うわっ! な、なんだ!?」

 思わず飛び退いたが、背後はすぐに部室の扉だったので思いっきり身体を打ちつける。


「ひいっ……!」

 その音に驚いたのか、女子生徒はすぐ側にあった掃除用具入れの中に入ってしまった。もとはここに隠れていたのだろう。


「おーい、姫子ちゃん?」

 徹が掃除用具入れに向かって話しかけた。どうやらあの女子生徒の名前は姫子というらしい。


『姫子って呼ぶな』

 掃除用具入れから返事が来た。


「え? なんで? かわいいじゃん」

『姫子だなんて、そんなかわいい名前……。ああ、おぞましい……』


「じゃあ、外崎ちゃん?」

 返事はない。


「俺たちさあ、外崎ちゃんにこの剣を直してもらいたくて来たんだよ。お願い、聞いてくれないかな?」


 少しの沈黙のあと、掃除道具入れの扉が少し開いた。そこから姫子という女子生徒が覗いているのがわかる。


「むり」

「そこを何とかさあ」

「むり。その剣はもういろいろと限界が来てる。もう眠らせてあげるべき。代わりの剣なら……作ってあげられる。ます。ふひ……ふひふひふひ」


 ぶきみな笑い声を上げながら、姫子は少しずつ掃除用具入れから身を乗り出してくる。


「あ、あなた位の剣の使い手なら……うひ、剣術で使う模造剣より、真剣の方が長持ちする……します」

「え、そうなの? ……ていうか、おれ位の腕前って、外崎さん……だっけ? おれが剣振ってるところ見たことあるの?」


「そ、それくらいは……剣を見れば……わかる……わかります。普通はここまで使い込む前に折れちゃうけど……ふひ、こんなに刀身がすり減ってるのは上手な証拠……ふひ、ふひひ!」


『そうじゃろう、そうじゃろう。さすがわしが見込んだ従者なだけはある』

 さっきと言ってることが全くの正反対だということは突っ込まないでおこう。


「なら、作ってよ、新しい剣! できるんだろう?」

 徹が前のめりに姫子に近づくと、姫子は再び掃除用具入れの中に隠れてしまった。


『いい、けど……材料がない。ここに書いてある鉱石があればできる……できます。ふひ』

 そして掃除道具入れの中から紙を出してきた。ご丁寧に鉱石のサンプルが写真入りで記載されており、初心者でも見分けがつくようになっていた。


「ありがとう、外崎さん! すぐに見つけてくるよ!」

 そう言って慎一郎が部室を離れようとすると、後ろから待ったの声がかかった。


『お、折れた剣の代わり……これを使え……使ってください、お願いします』

 掃除道具入れが少しだけ開き、中から剣が一本差し出された。


「ここって掃除道具じゃなくて剣が入ってたのかよ!」

 徹の突っ込みに姫子はまた掃除道具入れの中に引きこもってしまった。


「ところで外崎さん」

 慎一郎の問いに姫子は掃除道具入れの中から答える。


「何?」

「風紀委員長が怒ってたけど。硬貨を納品しろって」

 そういうと、掃除道具入れがガタッと揺れた。ガタッよりはビクッの方が正しいかもしれない。


「硬貨は……作った。作りました。けど……」

「なら……」

「こ、怖くて……」

「え?」

「風紀委員長が怖くて、も、持って行けない……のです……。ふひひ……ひ……」


 思わず徹と見合わせた。


「そこに……」

 掃除道具入れから姫子の手がにゅっと出てきて、部室の隅、ガラクタが山になっているところを指さす。


「金庫が埋まってる。その中に……」

結局、金庫を生徒会室に持っていくことになった。あまりに重いので台車で運んだのだが、二人がかりで台車に乗せるだけで腰が砕けそうになった。

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