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キノコ狂想曲3

「みつからないね」

「あいたたた……あたし、腰痛くなってきたわ」

「わたしも。いたた……」

 腰を叩く結希奈とこよりの姿はとても花の女子高生には見えない。しかしそれも致し方ないだろう。


 松茸を探し始めて三十分、時折現れる雑魚モンスターを蹴散らしながら見逃しようのない一直線の通路を五人で探したが、松茸はもちろん、キノコらしきものは一切見当たらない。


「本当にここなのかなぁ?」

「こよりさんまでオレを信じられないのか。おぉぉぉぉぉ……」

 斉彬が失意のあまり泣き崩れる。もちろん、フリであるが。


「ううん、そうじゃなくて、何か見落としがあるんじゃないかなって……」

『見落としか……ふむ……』

 メリュジーヌが腕組みをして考え始めた。メリュジーヌの松茸への執念は半端ない。


『そうじゃ……!』


「どうしたメリュジーヌ。何か気がついたことでも?」

 一同の注目がメリュジーヌに集まる。メリュジーヌは少しばかり溜めてから満を持したように『うむ』と大きく頷いた。


『昼食の時間じゃ』

 そこにいる全員がずっこけた。




 長い下り通路の真ん中にレジャーシートを敷き、結希奈が鞄から慣れた手つきで弁当を取り出す。重い飲み物やスープの類は男性陣の鞄に入っている。それらも取り出して車座になった一同の前へと注いで渡していく。


『ほう……! これはうまそうじゃ! 毎度のことであるが、結希奈の弁当はいつ見ても素晴らしいのぉ。六百年前の竜王城の専属コックに勝るとも劣らぬ』


 メリュジーヌが開かれた弁当箱を前に目を輝かせる。それもそのはずだ。弁当箱には色とりどりの野菜の煮物や豆腐ハンバーグなどが丁寧に並び、また別の容器には小さくカットされたイチゴやメロンなどのデザートが入れられている。すべてこの一週間で園芸部が育てたものである。


「今日はコンソメスープも作ってきたんだ。うまくできてるか自信はないけど……」

 慎一郎の鞄に入っていた水筒にはコンソメスープが入っていたらしい。水稲から紙コップへと飴色の液体が注がれると、えもしれぬいい匂いが当たりを包み込む。


「けど……こんなにいい匂いさせて、モンスターが寄ってこないか?」

「そこんところは大丈夫だ」

 慎一郎の疑問に先ほど通路の奥からこよりと共に戻ってきた徹が答えた。


「元々一本道で見通しがいいからな。それに、この先に警報のトラップと、念のためにこよりさんのゴーレムも置いてきた」

 さらに仕上げとばかりに動物よけの結界を張った。


「もっとも、ここまでしてもあのデカブツには効果がないだろうけどな」

「それは大丈夫よ。今日、あのイノシシはここを通るルートじゃないから」


 初めて巨大イノシシと遭遇したあの日から〈竜王部〉はイノシシの進行ルートの把握に努めていた。その結果、くだんのイノシシは一定のルートを日替わりで巡回していることがわかっている。


『皆、揃ったようじゃな。さあ、早く昼食にするぞ!』


 徹とこよりが座ったのを見ると、待ちきれないとばかりにメリュジーヌがせかす。映像でできているその姿からは今にもよだれが垂れそうだ。芸が細かい。


「ふふふ。どうぞ召し上がれ」


 誰が見ても意地汚いメリュジーヌ――本人は現代の食事文化に多大なる関心があると強弁している――だが、全員が席に着き、準備が整うまで決して料理に手を付けることはない。もっとも、実際に食べるのは慎一郎の方だが。


『おおおっ……! この煮物、味が染み込んでいて絶品じゃ。ほれ、シンイチロウ。そっちの温野菜サラダも食うのじゃ。……んんん、うまぁ~い!』


 食べながら踊るメリュジーヌ――繰り返しになるが、実際に食べているのは慎一郎だ――はもちろんのこと、その他の生徒達も結希奈の料理に舌鼓をうつ。


 だが――


「あれ? 斉彬くん食べないの? 結希奈ちゃんのお弁当、すごくおいしいわよ」


 その体格からもわかるように、普段から人一倍よく食べる斉彬――そのあまりの食べっぷりにもう食べきれない慎一郎を尻目にメリュジーヌから召喚する先を間違えたと言わしめたほどである――だったが、斉彬専用の巨大おにぎりを手に持ち、うつろな瞳でそれを見ている。


「いや、オレは……」


 こよりの言葉に斉彬はゆっくりと顔を上げて彼女の方を見る。「オレは……」

 そしておもむろに立ち上がる。こよりは首をかしげる。


「オレは、こよりさんの手料理が食べたーーーーーーーーーーーーーーい!」

 地下迷宮がビリビリと震えるほどの大声で主張した。


「ええっ、わ、わたし……!?」

 こよりは驚いて自分を指さす。それ以外の皆はずっこけた。


「そう、こよりさん! 確かに高橋の弁当はうまい。しかし、男にとって最高のごちそうは好きな女の手料理じゃないのか? なあ、栗山!」


「まあ、好きな女云々は置いとくとしても、こよりさんの手料理を食べたいって気分はありますね。なんか女の子っぽい料理作ってきそう」


「ちょっと。それ、どういうこと? それってまるであたしのお弁当が女の子っぽくないっていってるようだけど?」

「俺、そんなこと言ってないよー。気のせいじゃないの~?」

「ホントかしら?」

 徹を睨みつける結希奈だが、徹はしらばっくれて全く動じない。やがて結希奈は諦めたように話題を変えた。


「まあ、それはそれとして、あたしもこよりちゃんの料理見てみたいな。ほら、こよりちゃんってなにげに女子力高いし? みんな気づいてないかもしれないけど、毎日部室の掃除をしてくれるのも、花を生けてくれているのもこよりちゃんだし」


 いつからか部室の机の上には日替わりで手作りの花瓶に花が一輪、さされるようになっていた。慎一郎は今までそれを不思議ともなんとも思っていなかったが、あれを毎日こよりが用意していたと知ると妙に納得する。


「あ、あれはわたしが育てていたお花なので女子力とかそういうのでは……」

 こよりは恥ずかしいのか、顔を赤くし、手をぶんぶん振って否定する。


「いいんじゃないですか? 高橋さん一人だけに負担を負わせるわけにもいかないし、ローテーションということにすれば」

「浅村くんまでそういうこと言う……!?」


『わしはうまければ誰の料理でも大歓迎じゃぞ。コヨリよ、楽しみにしておる!』

「いや、でも、その……」


「それじゃ、明日からお昼係はローテーションで。明日は細川さんでいいかな?」

「え……!? あ、うん……わかった……」

 こよりは困った顔をしていたが、結局最後まで誰もそれに気づかなかった。




「あのさあ、キノコの話だけど」


 その後、専用に用意された巨大おにぎりをいつも通り5個平らげた斉彬が食後のお茶をすすりながら先ほどの話を再開した。


「何か思い出しました?」

「ああ。ここで拾ったのは間違いないんだ」


 ぐるりと辺りを見回す。そこには岩壁の通路が前にも後ろにも伸びているだけでキノコが――しかも松茸が生えていそうな雰囲気は全くない。


「でも、ここら辺結構探しましたよね~。もしかして、斉彬くんが採ったキノコで全部だったのかしら……?」


『なんじゃと!? そうすると次のキノコが育つまで数ヶ月か、ことによっては何年も待たねばならぬではないか!』

「お前、何年もここにいるつもりかよ……」


 絶望の表情で天井を見上げるメリュジーヌと呆れる慎一郎。しかし、そこに彼女にとって天啓とも言うべき言葉が降り注いだ。


「いや。オレ、キノコは採ってないんだわ」


『は!?』

「え……? ちょ、それ……斉彬さん、それどういうこと?」


 ずずず、とお茶をすすってひと息つく斉彬。

「オレさ、キノコは拾ったけど採ってないんだよ」


「それって……つまりどういうこと……?」


 斉彬が言うには、この辺りで落ちているキノコを拾いはしたが、それがここに生えていたかどうかはわからないらしい。


「まあ確かに、松茸がこんな地下に生えてるのはおかしな話よね。ああいうのって木の根元に生えてるんでしょ?」

「え……じゃ、じゃあ結希奈ちゃん? 誰かがどこかで松茸を摘んできて、ここまで持ってきて落とした……わけ?」


「かどうかはわからないけど、ここじゃないどこかに松茸があって、そこから運び込まれたって考えれば斉彬さんの言ってることのつじつまは合うわよ」


「だとすると、もともとはどこにキノコがあったかなんてわからないよな」

「栗山の言うとおりだわ。結局振り出しに戻ったかぁ……」


「くそー。俺としてはこのミッション、成功させて翠さんとお近づきになりたかったんだけどなぁ」

「相変わらずね、栗山は……」

「まあね。俺のアイデンティティだし」


「あ、もうこんな時間。そろそろ行かない? あ、わたし片付けるから」

「ありがと、こよりちゃん。斉彬さん、この余った煮物食べる?」

「おう、もらうぞ!」

『ぬおーっ! それはわしが密かに狙っていた最後の煮物……!』

「何だよメリュジーヌ、食うのか?」

『食べるぞ! それシンイチロウよ。サボっていないで早う煮物を食わぬか!』

「はいはい、わかりましたよ」

 メリュジーヌに言われるがまま、弁当箱に残った芋の煮物に手を伸ばす。


 と、ここで手が止まった。


『シンイチロウよ、何をしてお……』

「聞こえないか?」


『うむ、聞こえるな』

「何がだ? ……って、これ!」

「あたし、嫌な予感しかしないんだけど」

『奇遇じゃな。わしもじゃ』

 地面を揺らし、腹に響く重低音。この音には覚えがある。それは数日前の――


「あ、あれ……!」


 結希奈が一直線になっている通路の、登り方面を指さす。通路にはモンスターが来てもわかるように、所々に〈光球〉の魔法で作った光源が置かれている。その光に浮かび上がってきたのは――


「や、やべっ、あいつ来てるぞ!」

 通路を埋め尽くさんばかりの巨体が土煙と轟音を伴ってあの巨大イノシシが一直線に突進してきていた。


「どうして……!? 今日は違うルートのはず!」


「こよりちゃん、それは後でいいから、お弁当片付けるの手伝って」

「わ、わかった……!」

 マップが書かれたノートをめくり、イノシシのルートを確認しようとするこよりを制して、結希奈は弁当を片付け始める。


「それじゃ間に合わない!」

 慎一郎は弁当箱をひとつひとつ鞄に入れようとする結希奈とこよりの中に割って入り、上に弁当箱が乗ったままレジャーシートを強引にたたむ。上に乗っていたお茶がこぼれるが、気にしてはいられない。


「みんな、壁際によれ!」

 斉彬の号令で全員が壁際にぴったりと寄り添う。ここにいればイノシシの突進に巻き込まれないのは前回経験済みだが、経験しているといっても巨大質量が目の前を高速で通過することに対する恐怖心が和らぐものではない。


「おい、あれ見ろ!」


 斉彬がイノシシを指さす。いや、指さしたのはイノシシの背中だ。そこにはびっしりとコケが生えており、そのまわりに小さな花々や草が生えていた。さながらビオトープのようだった。その中、朽ちた倒木の周りにキノコが生えているのが見えた。


「キノコ! キノコがある!」


『何、まことか!?』

「俺に考えがある。任せてくれ」

 そう言った徹はスティックを右手に、左手には何か書き込んであるノートを持ち、それを見ながらぶつぶつと呪文を唱えていた。


 前回、魔法は効かなかっただろうと言おうと思ったが、その言葉は途中で消えた。呪文の文言が前回使用したものとは明らかに違っていたからだ。


 イノシシが突進してくる中、徹のスティックが光る。部員達の注目がスティックに集まる。なおも突進してくるイノシシ。すれ違う手前で徹の呪文が完成した。


「蔦よ!」


 次の瞬間、迷宮の地面が盛り上がり、中から植物の蔓が出てきた。それは瞬く間に成長し、長くなる。

 蔓はまるで意思があるかのように、あるいは最初からそう定められているかのようにまっすぐイノシシの高速で回転する足へと絡みつく。


「いけーっ!」

 思わず握りこぶしが前に出た。蔓はイノシシの足に絡みつき、そして――


「…………!!」

 イノシシには何の影響も与えることなく蔓は無残に引きちぎられた。


 目の前をイノシシの巨体が通り過ぎていく。まるで特急電車が目の前十センチの所を通過していくようだと慎一郎は思った。


 この日の探索は収獲なしであった。

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