キノコ狂想曲2
「えっと……そこを右ね」
こよりの案内で地下迷宮を進む。こよりがマップ担当になってから地図の精度が増し、道に迷うことが少なくなった。「やっぱり男の作ったマップはダメだね」など徹が言うので、それまでマップ担当だった慎一郎は徹をぶん殴ってやった。
この辺りは結構前に踏破済みの場所で、出てくるモンスターも一部例外を除いて強くない。時折現れるモンスターを淡々と処理して、見知った道のりを進んでいく。
道を折れると長い下りの一本道。一行はその緩い下り坂を下っていく。
「この道、嫌な思い出しかないのよねえ」
結希奈が嫌そうな顔で言った。それもそのはず、ここはあの巨大イノシシに最初に襲われた下り坂だからだ。
それは結希奈だけではなく、部員全員の共通した思いであった。
『何を言うか! 松茸じゃぞ、松茸! 松茸に燃えずして、何が美食家か!』
「いや、おれ達美食家じゃないし……」
ひとり気を吐くメリュジーヌを除いて。
「まあ、一本三千円と言われれば、無茶もしたくなるか……」
と、慎一郎がぼやく。
そもそも、どうして攻略済でマップもきちんと作成してある場所に再びやってきたのかというと、それは午前中に訪れた園芸部部長、山川碧の“依頼”によるものだった――
「この松茸と〈竜王部〉に何の関係が?」
机の上に置かれた松茸を見る。部室に松茸。あまりに不釣り合いな組み合わせだ。
「これさ、生徒会から譲ってもらったんだけど、もとはアンタら〈竜王部〉が持ってきたって言うじゃないか」
「…………!?」
『なんじゃと!?』
「あー、何でもいいから拾って来いって菊池が言ってたのはこういうことかぁ……」
斉彬が頭を掻きながら暢気そうにつぶやいた。地下迷宮を探索している最中、斉彬が迷宮で見つけたものを手当たり次第リュックに入れて持ち帰っているのは覚えている。その中にまさか松茸が含まれていようとは神とも称される竜王でも気づくまい。
翠は不敵な笑みをたたえながら続けた。
「知っての通り、松茸は栽培がきかねえ。こればっかりはうちの姉さんでもできやしねえ。だから今まで松茸は北高のテーブルの上に上がってない。しかしここでこうして松茸が見つかった」
翠はぐい、と身を乗り出す。正面に座る慎一郎との距離が一気に近づいた。慎一郎は顔が赤くなるのを感じた。
「あたしは松茸料理で家庭科部の利益を今の倍にしたい。どうだ、手を組まねえか?」
翠は至近距離でじっと慎一郎を見つめる。その気迫に慎一郎はもちろん、斉彬も身じろぎひとつできなかった。
「一個三千円。プラス、最初の試食でどうだ」
三千円という言葉に思わず生唾を飲み込んだ。メリュジーヌの生唾を飲み込むしぐさは別の理由に違いない。
「ただいまー。栗山君のお守りはレムちゃんに任せてきたよ」
「……って、あんた達何やってんの?」
ちょうどそのタイミングで部室に戻ってきたこよりと結希奈が怪訝な表情で三人を見ていた。翠が身を乗り出し、テーブルの向こうに乗り出しているのに対し、慎一郎はそこから逃れるように身を逸らしていたからだ。
『この先に松茸があるんじゃの? 期待に胸膨らむのぉ』
「ジーヌの胸はぺったんこだけどな」
『むきーっ! トオルよ! 貴様、またわしのことを馬鹿にしおって! いいか、見ておれ! わしは毎日牛乳を飲んでおるんじゃぞ、そのうちコヨリ以上のサイズになって見返してくれるわ!』
「飲むのはおれだし、そもそも校内にいるんじゃ牛乳は飲めないじゃないか……」
「だいたいジーヌが北高ビッグ3に勝るとも劣らないこよりさんに適うはずないじゃないか」
『むきーっ! 今に見ておれ!』
そんなやりとりをしながら長い一本道を下っていく。
「斉彬先輩、この先でいいんですよね?」
慎一郎が聞いた。あの松茸を採取したのは斉彬だ。どこに松茸があったのか知っているのは斉彬だけなのだ。
「ああ、間違いない。この迷宮でキノコを拾ったのは後にも先にもあの、最初にデカいイノシシと遭遇した時だけだからな」
「大丈夫ですか? 斉彬先輩って、ちょっとというか、かなり頭脳派じゃない方面へステータス振ってますよね」
「おい! テメエ栗山! それじゃオレがまるでアホみたいじゃないか!」
「え……!? 違ったんですか?」
「この野郎! お前みたいなかわいげのない後輩は、こうだ!」
「イテテテ……ギブ、ギブ!」
「あ、ここ、ちょうどイノシシをやり過ごしたところじゃない?」
斉彬と徹が遊んでいる間にあのとき、イノシシとすれ違った場所へたどり着いたことをこよりが指摘した。
「斉彬先輩の記憶が正しければこの辺りに松茸があるはずだ。みんなで手分けして探そう」
「浅村よ……お前までオレを信用してないのか……」
「えっ!? いや、そういう意味じゃなくて……」
「オレは悲しいぞぉぉぉぉぉぉ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
地下迷宮内を斉彬のヘッドロックによって絞り出される慎一郎の悲鳴がこだました。




