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隻腕の剣士7

「わたしが自衛隊員で、きみが守るべき国民だからじゃない。一緒に戦った仲間だから死なせたくない。もうあんな悲しみを味わうなんてごめんだわ。ちょっとだけがんばって。わたし達の地球ふるさとへ帰ろう?」




「諦めないこと、強くあること、仲間を……そして自分自身を強く信じること。全部浅村くんが教えてくれたことです。それは今も私の一番奥でしっかりと流れています。浅村くんも……そうですよね?」




「諦めれば敗北じゃが、諦めなければ決して敗北はせぬ。そなたは強い。己を信じよ。そなたを育てたわしを信じろ。世界で最も偉大なこの竜王メリュジーヌが太鼓判を押すのじゃ。大船に乗った気でいろ」




「大丈夫。あたしは信じてる」




「浅村くん」

「浅村くん」

「シンイチロウ」




「慎一郎……!」




 生きているのか死んでいるのかさえもわからない薄暮の意識の中で、またあの不思議な感覚があった。親しい人たちの声。それに乗って送られる生きる力、信じる言葉。


 ふと目を開くと、白一面の輝く世界の中、ぼんやりとした輪郭線のない、人のシルエットがあるように見えた。

 目も口もよく見えないが、その人物は確かにこちらを見て、自分のことを気にして、そして安心させるかのように微笑んでいることがわかった。


 優しげな声と語り口。声に聞き覚えはないし会ったこともないはずなのに何故かその人物には懐かしさと安らぎを感じる。


 ――そうか。さっきからの不思議な感覚は、あなたが。

 口に出さずとも、考えるだけでその人物には伝わるという確信があった。


 ――はい。かの“魔神”と異なり、私には皆の声を届けることしかできません。まだそこまでは遠いから……。

 その人物が一歩近づいてくる気配があった。


 ――今、世界中の人が直接、あるいは間接的に空を見上げて願っています。有史以来初めて世界中の人の思いがひとつになったのです。だから私はこうして来ることができた。


 ――願い?

 ――そう。あなた達の成功と無事の帰還を。


 ――でも、おれはもう……。

 ――いいえ、そんなことはありません。感じているでしょう? 仲間たちの声を。その後ろから聞こえる何十、何百という声を。世界のあらゆるところから押し寄せてくる何十億という声を。老いも若きも、男も女も、人間も竜人もエルフもドワーフも亜人も獣人も、そして魔族も。


 ――思いは力となる。言葉は希望となる。彼らは地球わたしを、あなた達をそう作った。


 慎一郎は左手の拳を握ってみた。開く。そしてまた握る。力が入る。ベルフェゴールに頭と身体を切り離されてからの薄皮に包まれたような感覚はもうない。いやそれどころか身体から力が溢れてやり場に困るくらいだ。


 慎一郎が立ち上がるとそれに付き従うように三十二本の〈エクスカリバーⅢ改〉と〈ドラゴンハート〉が彼のまわりをふわふわと回る。

 薄暮の世界が薄まっていく。それに伴い声を届けてくれたこの人物の気配も弱まっていく。


「待ってください! あなたは……?」


 慎一郎は思わず手を伸ばした。しかしその人物が問いに答えることなく、ただ、

 ――行きなさい。あなたにはまだやるべき事がある。私の――地球テラの行く末をあなたに託します。


 そのまま世界が変容していく――




「む。完全に気を失ってしまったようだ。やはり水はダメだな。すぐに意識を失ってしまう」

 ベルフェゴールが左手を挙げると、それに追随して水の球も慎一郎の頭から離れていった。先ほどは水から出したらすぐに咳き込んでいたのだが、今度はそういったそぶりを見せる様子がない。


「死んだのか? 殺さず痛めつけるつもりだったがまあよい。当初の予定通り首だけ残して竜王への交渉に使うとするか」


 ベルフェゴールが左手を振ると水の固まりは周囲に溶けるようにして消滅した。

 腰の鞘に収められていた剣を取り出し、首を撥ねようと剣を振り下ろした。


「……何っ!?」

 振り下ろされた剣をそれまでぴくりとも動かなかった死人さながらの地球人の左腕が掴んだ。そのまま慎一郎がベルフェゴールの剣先を握りつぶした。


 ベルフェゴールは本能的に危機を察知して慎一郎を放り捨てその場から距離を取った。いつの間にか意識を取り戻していた慎一郎がゆっくりと立ち上がる。〈ドラゴンハート〉がふわりとその手に納まった。


「な、何だ貴様は……」

 見た目はほとんど変わりない、つい今さっきまで瀕死だった少年に対し、魔帝ベルフェゴールは未知の存在を見るかのように恐れおののいている。


 慎一郎がゆらりと一歩を歩むのにあわせるかのようにベルフェゴールが一歩下がる。


「こ、この余が圧されているだと……!? 余は魔を統べる者。魔帝ベルフェゴールであるぞ!」


 ベルフェゴールは左手をかざし、「炎よ!」と炎の魔法を連続で射出した。

 無防備に歩く慎一郎に連続して命中した炎の球は空気がかき回される轟音とともに周囲を焼く。

 しかし慎一郎はまるで無人の野を歩くかのように平然と歩き続ける。


「貴様はなにものだ! 地球人であるはずがない! こんな……こんな!」


「地球人さ」

 何の気負いもなく自然体で慎一郎がベルフェゴールの前まで歩いてきた。もう〈ドラゴンハート〉の間合いの中である。


「みんなの――仲間たちや学校の友達、家族。それ以外のたくさんの人たちに力をもらい、背を押してもらっただけのただの地球人さ」


「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ! 殺す! 殺してやる!」

 苦し紛れにベルフェゴールが先端が砕かれた剣を振った。しかし慎一郎は冷静にこれにあわせるように剣を振る。


「なっ……!」

 ベルフェゴールは驚愕した。おそらく〈ネメシス〉でも屈指の名剣であろうその剣がまるで硝子細工のように粉々に砕かれてしまったからだ。


「自分ひとりだけ生き残ればいい……そんなことを考えているのがお前の敗因だ」

 慎一郎が無造作に剣を突き出した。


 ずぶり、という感触とともに今度は右の胸を〈ドラゴンハート〉が貫いた。


「まさかこの余が……。だが勝ったと思うな。余が斃れても〈ネメシス〉の軌道は変わらぬ。この星もそして地球も滅びる運命に変わりはない。はは……はははは……ぐぼあっ……!」


 口からどす黒い体液を吐き出して魔帝を名乗る存在はどうと倒れ、そのまま永遠にその活動を停止した。

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