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竜王と108の眷属1

聖歴2026年5月17日(木)


『シンイチロウ、ユキナ、コヨリ! こやつはわしに任せ、お主らは城へ急げ!』


 少年少女達が城に走り出したのを確認して、メリュジーヌは城の背後に現れた動く山――水牛の下半身に筋肉質の人間の上半身を持ち、その腕には長大なハルバード様の武器を持つ巨大な敵に向かっていった。


 大きな銀色の翼を広げ、高速で敵に突撃する。

 大きい。ドラゴンであるメリュジーヌから見てもはるかに見上げるような大きさだ。自分よりも巨大な敵を前にして初めて人間達にドラゴンを倒せと言った自分がいかに無茶を強いていたのかを知る。そして、それを成し遂げた彼らに対する尊敬と誇りの念も。


 メリュジーヌはわずか数時間で大洋を渡るほどの飛翔能力を持つ。その速度と自身の体重を乗せて敵魔獣に手加減なしのフルパワーで激突した。

 一瞬、メリュジーヌ自身が攻撃されたのではないかと思えるほどの衝撃がメリュジーヌを襲い、反動でメリュジーヌは大きく弾き飛ばされ、地面に激突した。


『なにっ……!?』

 メリュジーヌは驚愕する。あれほどの衝撃を与えたというのに、敵魔獣はその巨体を些かも動かしておらず、悠然と佇んでいたからだ。


『ちっ、あれか』

 メリュジーヌは魔獣が手に持つハルバードを憎々しげに見つめた。


 お返しとばかりに魔獣は全身を低くして下半身の四つ足に力をこめた。そこから爆発的な力を引き出し、猛烈な勢いでメリュジーヌに突進してくる。

 そのまま大きく跳躍。山のような巨体は白銀のドラゴンを踏みつぶさんと上空から迫ってくる。


『させぬ……!』

 メリュジーヌは翼を羽ばたかせて素早くその場から逃れる。メリュジーヌがそれまでいたところに空から魔獣が落ちてきた。

 星全体が揺れるのではないかと思えるほどの衝撃。同時に魔獣を中心とした四方に巨大な亀裂が走る。


『いかん、そっちは……!』

 亀裂のうちのひとつが城の方へと伸びていることに気づき、メリュジーヌは肝を冷やすが、幸いにも仲間たちはその亀裂に巻き込まれることはなかったようだ。もっとも、それによって彼らは城に入る術をなくしたように見えたが、その問題は彼らに任せることにした。彼らならばその程度の危機は楽に乗り越えるだろう。


 しかし敵はメリュジーヌのそのほんの少しのよそ見を見逃してくれるような甘い敵ではなかった。


『…………!! しまっ……』

 気がつけば敵魔獣は長大なハルバードを大きく振りかぶり、今にもメリュジーヌに振り下ろさんとするところであった。


 翼を咄嗟に閉じて防御態勢を取った。メリュジーヌの翼は普段は風を大きく掴むために鱗の一枚一枚が根元から斜めに開いているが、これを全て閉じる。同時に全ての鱗に強固な防御魔法が展開され、メリュジーヌの身体が白く輝いた。


 直後、地球上のどんな武器よりも大きくて長いハルバードが地球上の何よりも強固なメリュジーヌの鱗を打った。鋭くて重い音が周囲の空気を震わせた。第三者がこれを見ていたら、メリュジーヌの鱗のひとつひとつに小さな――それでも人間の頭ほどの大きさがある――青白い魔法陣が浮かび上がっていたのが見えただろう。


 何者をも通さないメリュジーヌの鱗は無傷だ。しかしそれはメリュジーヌの肉体にダメージがないということと同義ではない。


『ぐっ……!』

 一瞬意識が遠のいたが、無理やりそれを引き寄せて〈飛翔〉の魔法を無詠唱で起動してその場を離れる。翼は防御に使用していて移動に使えなかったからだ。


 数百メートルの距離を取って敵の姿を見る。その巨体だけではない。速度も瞬時の戦闘判断も並みではない。

 魔獣がゆっくりとメリュジーヌの方を見る。赤い瞳に込められた破壊と殺戮の意思をはっきりと感じ取り、メリュジーヌはそれがただならぬ相手と知る。


『巨人族の王と同等か、もしかするとそれ以上やもしれぬな』

 気を引き締めると同時に、すぐさま次の行動に移る。


 六百年前には存在すらしていなかった技術。人間達の魔法技術のひとつの成果ともいえる無詠唱魔法。あらかじめ脳内に呪文をインストールしておき、呪文を詠唱することなく効果を発揮させる魔術だ。


 魔法をインストールするには呪文を詠唱するよりも脳の容量が必要で、人間達はほとんどがその機能を〈副脳〉に代用させているが、万物の霊長たるドラゴンに〈副脳〉は必要ない。


 菊池に命じてメリュジーヌがドラゴンに戻ったときに自動でインストールするように設定させていたマジックアイテムの効果を確認し、そのうちのひとつを選択し、起動させる。


『炎よ!』


 メリュジーヌの前腕十本の爪に小さく鈍く輝く赤い光点が現れたかと思うと、それは目にも止まらぬ速さで敵魔獣の方へと飛翔していき、着弾。その見た目からは信じられないほどの光量を持った爆発が十個、魔獣の表面で炸裂した。

 十の新しい極小の恒星が魔獣の表面を焼く。そこから発せられる閃光は光の守護者たるメリュジーヌでさえも目を細めるほどだ。


 惑星上に現出した恒星はしかし、続けて燃焼する燃料を持たぬが故に程なく消滅する。最初に光が、やがて熱と火煙が消滅してその中心地が露わになる。

 太陽にも匹敵するほどの炎で焼かれたそこには、かの魔獣が焼かれる前とほとんど変わらない姿で佇んでいた。


『……予想はしておったが、いざ現実となると少々へこむのぉ。なんというバケモノじゃ』

 メリュジーヌがため息をついた。ドラゴンなので表情の変化は少ないが、竜人のアバター姿であれば困り顔をしていただろう。


 ――吾は神。この惑星〈ネメシス〉を支配する魔神ネメシスなり。

 メリュジーヌの頭の中に直接語りかける声。しかしメリュジーヌは動じることなく、ドラゴンの顔でにやりと笑った。


『ほう、神とは大きく出たな、ネメシスとやらよ』

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