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窮鼠猫を噛む2

「……! こりゃあ……」


 果たして、角を曲がった先には教室よりもふたまわりほど広い部屋があった。その部屋には敵意に身を震わせるネズミたちがぎっしりと待ち構えていた。


「これって……まずくない?」


 結希奈が顔を青くした。これまで通路の狭さに助けられて何とか処理できていたネズミの大群だったが、後方を除くすべての方向から襲いかかられて無事で済むとは思えない。


「逃げた方がいいんじゃない? レムちゃん達をおとりに使えば……」

『いや、この数だ。ここへ来る前に這って進まねばならぬ箇所があったろう? あそこで確実に追いつかれ、食いちぎられるぞ』


 こよりの提案をメリュジーヌが冷静に分析する。それは、退路などないという宣言に等しかった。


「じゃ、じゃあ……どうするんだよ……」


 徹はネズミから目を離せないのだろう、こちらを見ずに言った。そのネズミたちは身体を低く構えていつもで飛び出せる体勢になっている。おそらく、多少の犠牲は覚悟の上で一斉に飛びかかり、獲物を仕留める算段だろう。


「……! ねえ、あれ!」


 結希奈が部屋の中を指さす。部屋の左側、真ん中よりやや奥側に別の通路へと繋がる出口が見えた。そこに至るまでネズミがびっしりいるが、ここで戦っても、また、後ろに下がっても絶望的な戦いしか待っていない一行にとって、それは一筋の光明に見えた。


「メリュジーヌ、どう思う?」

 慎一郎はこの中でもっとも戦い慣れている脳内の同居人に聞いた。


『……まあ、あそこを突破するしかないじゃろう。うまく行くかいかぬかはまさに神のみぞ知るといった所じゃがの』


「やるしかないか……。みんな、あそこの通路だ、一気に駆け抜けるぞ」

 慎一郎が方針を示す。

「露払いは任せてくれ。あそこまでなら俺の魔法で一掃できる」

 徹が力強く賛同した。

「それ以外のネズミさん達はレムちゃんたちを囮にして引きつけるわ。任せて」

 こよりは新しいゴーレムを呼び出しつつ言った。

「風の防御魔法をかけておくわ。気休め程度だけど、走るのが速くなるかもね」

 結希奈もやる気十分だ。


『シンイチロウ、お主はしんがりじゃ。追いかけてくるネズミどもの最後の盾となれ』

「……わかった」

 慎一郎もメリュジーヌの指示に従う。


 各々が自分のすべきことを考え、準備を整える。慎一郎は剣を抜き、後ろの三人はそれぞれ魔法の行使のために呪文を唱え始める。


「よし、それじゃ行くぞ。徹!」


 慎一郎の呼びかけに徹は頷いた。

 徹はすでに呪文を唱え終わっているようだ。臨界状態の魔力が彼の杖に集まり、ほのかに輝いている。彼はそれを頭上に掲げる。そして――


「炎の渦よ!」


 杖を振り下ろすとその先端からごうという音とともに炎が渦を巻いてほとばしっていく。火と風を掛け合わせた高度な魔法だ。炎は直撃したネズミはもちろん、その周囲のネズミをも巻き込んで道を切り拓いていく。


「レムちゃん達、おねがい!」


 間髪を入れず、こよりが新たに創りだしたゴーレム達に指示を出す。五体のゴーレムはそれぞれ少し離れた角度でネズミの群れへと突っ込み、それを蹴散らしていく。しかし多勢に無勢、すぐにネズミの大群が群がり、何重にも取り囲まれて姿が見えなくなる。


 が、そこでゴーレムの動きは終わりではなかった。


 ネズミに取り囲まれ、山となっているゴーレムが光ったかと思うと、次の瞬間激しい音と揺れを伴って大爆発を起こした。


 どん、どん、どん、どん、と、続けて残りの四体も群がったネズミを巻き込んで爆発する。その衝撃は部屋の天井が崩れてこないかと心配になるほどだ。


『今じゃ、走れ!』


 メリュジーヌのかけ声に徹とこよりが切り拓いた道を各々走っていく。慎一郎もほかの部員達が走り出したのを確認して最後尾をついて行く。


 徹の魔法と、ゴーレムの自爆により動きが止まっているネズミたちを尻目に部屋の中を走り、出口をくぐる。


 部屋を出るとその先はこれまで歩いてきたのと同じような広さの通路が続いていた。先頭を走る徹に続いて右に左に通路を曲がり、ただひたすら走る。


 目の前を走る仲間達の姿と、ひたすら続く土で囲われた通路。ふと後ろを振り返ると、そこにはネズミの洪水――そう、まさにそれは洪水としか形容のできないありさまだった――が迫っていた。


「ネズミが……!」


 荒れる呼吸の中、多くを語ることはできず、それだけを叫んだ。しかし仲間達はそれで理解できたのだろう、走る速度が上がったように感じられた。


 ここで踏みとどまって時間を稼ぐべきか……と、ちらりと後ろを向いたとき、メリュジーヌの声が聞こえた。


『振り向くな! 前だけ見て走れ!』

 そう言われたので、ただ前だけを向いて走る。


 どれくらい走っただろうか。もうどこを走っているのか全くわからない。背後からは地面を揺るがすような無数のネズミたちの足音と、あれは怒声なのだろうか、ネズミたちの声が聞こえてくる。そしてそれは刻一刻と大きく、近くなってきていた。


『シンイチロウ、剣を借りるぞ』


 という声が聞こえたかと思うと、左手に持っていた剣が誰かに取り上げられ、また腰にぶら下げていた予備の三本目の剣がふわりと浮かび上がる。


「!?」

 突然の出来事に目を見開いていると、二本の剣は宙を舞い、慎一郎の背後へと飛んでいった。


『そのまま、前を向いて走れ。後ろのことはわしに任せよ』


 その声とともに、背後でヒュン、と空気が斬られる音がした。


 ――キキッ……!


 悲鳴を上げたネズミの声がみるみる遠ざかっていく。そして剣の振る音、肉が断ち切られる音、ネズミの悲鳴、ネズミが通路にたたきつけられる音が連続して背後から聞こえてくる。


『肉体がなくとも剣の二本や三本、楽に操れるわ。わしを誰だと思っている。相手が悪かったな。わしは〈竜王〉メリュジーヌであるぞ!』


 〈剣聖〉は魔法の力で剣を操り、背後から襲いかかってくるネズミを次々に斬り捨てていった。


 ザクッ、ザクザクッ。信じられない速さでネズミの身体が切られる音が聞こえてくる。その音は慎一郎達に走るための活力を与え、またネズミたちには恐怖を与えていった。

 追いつかれるのは時間の問題かとも思われていた両者の間隔が少しずつ開いていく。


 通路の終端の段差を二メートルほど飛び降りるとまた別の通路に繋がっていた。さらにそこを走って行く。


「こっちだ! 明るくなってるぞ!」


 先頭を走る徹が角を曲がる。迷宮から出て、入り口を何とか塞ぐことができれば逃げ切れる。皆がそう思った。


 だが――

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