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旧校舎四階部室番号H-4 1

 両隣に控える従者達を促し、扉を開けさせる。幅二十メートル、高さに至っては二十五メートルもあろうかという巨大な扉が重厚な音を立てながら少しずつ開いていく。


 その奥に広がるのは石造りの巨大な広間。天井から差し込む太陽の光のおかげで広間は十分なほど明るい。その窓を彩る様々なステンドグラスは人間の手による最高級品。すべての面で他の種族よりも優れている竜人族だが、この手の芸術品は人間やエルフに任せるのが良い。


 そう。ここはドラゴンの城。竜王である自分のために人間達がエルフやドワーフの手を借りて建造した荘厳な城である。

 あの“勇者”との邂逅から数百年。竜族の多くは〈竜人族〉となり、人里に降りて人と共に暮らすようになっていた。


 開いた扉を通り、広間に入る。広間にいるおよそ百名の人影が一斉にこちらを向く。

 扉から広間の中央に敷かれている赤いカーペットを踏みしめる。一歩、また一歩。このカーペットは使い捨てで、敷かれてから竜王が歩くまで他の何人たりとも踏みしめることは許されていない。


 カーペットの上を歩いて行く。自分が通り過ぎるとその横にいる人々が次々頭を垂れていく。自分より後方の者はすべて頭を下げている。


 コッ、コッという、カーペットを踏みしめる音。それ以外の音は何もしない。百名を超える人々は話し声はもちろん、いかなる声も上げることはない。それは不敬に値するからだ。


 やがてカーペットの終端にたどり着く。そこは一段高くなった場所であり、その高くなった場所には背もたれの大きな、豪華な装飾が施された椅子が鎮座している。


 それは玉座。

 玉座の前まで歩いた後、椅子を背にして振り返る。それまでカーペットの方を向き、頭を垂れていた百余名の人々は一斉に玉座の方を向き、膝をついた。


 街灯を翻しながら玉座に座る。そして十分な時間を掛けて周囲を見渡してから、頭を垂れる臣下の者たちに声を掛ける。


「面をあげい」

 その声は自分のものではない。それはよく聞く人物の、そう――




「――メリュジーヌ」


 見慣れた天井、見慣れた部屋、窓から遮光カーテン越しに入ってくる朝日。

 ここは自分の部屋、あの白亜の居城ではない。


 夢だ。

 慎一郎は夢を見ていた。


 あれはメリュジーヌの記憶なのだろうか。二十一世紀の日本に召喚されてくる前、中世ヨーロッパで〈竜王〉と呼ばれていた頃の。人間と竜人からの尊敬を一身に受けていた頃の。


 夢の中で自分は竜王だということは理解していた。周囲にかしずく人々は人間ではなく、すべて竜人だったことも。


 しかし、その夢の中でメリュジーヌ本人は何を考えていたのか、そこだけがぽっかりと空いてわからなかった。


「メリュジーヌ」


 再び〈副脳〉にいる竜王の名を呼ぶ。返事はない。まだ眠っているようだ。


 寝たいときに寝て、起きたいときに起きる。食べるのが大好きで特に肉が好き。そんな自堕落を絵に描いたようなもっとも身近な同居人。


 しかし、六百年の時を超えてただひとりでやってきた彼女はそんなお気楽な心境ではないのかもしれない。


「メリュジーヌ」

 しかし、返事はない。ゴールデンウィーク。今日は学校も休みだ。

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