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竜と名のつく地で1

聖歴2026年4月21日(火)


 目の前の信じられない光景に、浅村慎一郎(あさむらしんいちろう)は驚いた。身体は震え、すくみ上がり、そこから一歩も動き出せない。


 いつもの……というにはまだ慣れていない通学路。住宅街を通るこの道は二週間前の入学式では桜のカーテンの中を歩いた。今では桜もすっかり散り、新緑が芽生えて次の季節への準備を始めている。

 住宅街を突っ切るこの道は次の信号で市道に交差する。この市道を左に折れると慎一郎が通っている県立北高の正門だ。交差点の向こうはやや高くなっており、柵の向こうはすでに北高の敷地だ。フェンスの向こうには敷地内にある古いほこらのような建物がここからでも見える。


 この時間、この道も市道も通学路になっており、周囲には北高だけでなく小中学校や他の高校の生徒たち、あるいは通勤途中のサラリーマンの姿が多いはずなのだが、どういうわけか人影が全くない。


 そういえば、市道の方は片側二車線の道で、結構車の行き来も多いはずなのだが、先ほどから全く車が通っていないことに気がついた。

 いや、交差点に立っている巨大な存在を前にして車で突っ切ろうという考えを持つ者はいないだろうから車がいないのはおかしな事ではないかもしれない。


 それよりも問題は目の前の巨大な存在だ。


 それは、周囲の民家よりもはるかに高い位置から悠然と慎一郎を見下ろしている。何者も恐れることのない瞳、高校生の一人などひとのみにすることなど難くない大きな口、ひとたび振り下ろされたらこの身体など紙のように切り裂かれるであろう爪。何もかもが知識で知っている以上の圧倒的な迫力、そして恐怖。


 そこにいたのはドラゴン。そう、あのドラゴンだ。


 ドラゴンが交差点を塞ぎ、慎一郎の目の前に立っている。ドラゴンは伝説の存在などでは決してない。神話の時代より生き、そして一時は世界を支配する一大勢力だった。近年ではその本体を石に封じた〈竜人〉となり、人と見た目変わらぬ姿で人と共に暮らしているという。この日本にも何人かの〈竜人〉がいると聞くが、当然ながら慎一郎が実際に会ったことはない。


 慎一郎の脳内にはいくつかのがインストールされており、その中のいくつかはここを逃げ出すのに使えそうなものも含まれているが、この状況でとてもそこまで頭は回らなかった。


 山奥ならいざ知らず、今の日本でモンスターでさえ出てくることなどない。ましてやドラゴンに出くわすなどということがあるだろうか。


 少年は目の前の状況に、どうすることもできなかった。


 ドラゴンはじっとこちらを見ている。心の奥底から恐怖がわき上がり、身体から力が抜け、頭は真っ白になって何も考えられない。慎一郎はただ目の前のドラゴンだけを見る。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのこと。今もなお立っていられるのが不思議なくらいだ。


 竜が身じろぎをする。街路樹の幹よりもはるかに太い尾を持ち上げ、そして一気に振り下ろす。


 ずどん、という耳をつんざくほどの轟音とともに、地面が大きく揺れる。背後の柵――あの向こうはもう北高の敷地だ――が紙のようにひしゃげ、周囲の木々が倒される。木々の間に建っていた小屋のような建物が破壊されるのが見えた。


 そしてドラゴンはあろう事にこちらに向かってきた。ずしん、ずしんと数歩、歩くたびに地面が揺れ、アスファルトが割れる。ドラゴンは慎一郎の手前、数メートルで立ち止まり、その口を大きく広げる。それは赤く輝きを帯び、やがて灼熱のブレスが――




「…………!」


 視界には見慣れた天井があった。ベッドの横ではいつもの目覚まし時計がけたたましい音をかき鳴らしている。


 北高指定の鞄が置いてある勉強机、趣味の雑誌が並んでいる本棚、普段使いのジャケットやジーンズが入っている衣装ケース。見慣れた自分の部屋だ。

 夢だったのか。


「いつまで寝てるのー?」

 階下から母の呼ぶ声が聞こえてくる。公務員の父はもう出てしまっているだろう。慎一郎はベッドから起き上がるとパジャマを脱いで制服を着ようとした。


「……その前にシャワーを浴びた方がいいな」

 嫌な夢を見たせいか、全身にびっしょりと汗を掻いている。とてもではないがこのまま制服を着る気にはならない。時間に余裕があるわけではないが、朝食を抜けばシャワーの時間くらいはとれるだろう。

 替えの下着とTシャツを持って風呂へと向かった。

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