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いのちの水をもとめて1

聖歴2026年9月3日(木)


「な、何かいる……のです。さっきからずっと……。うひぃぃぃっ……!」

 震える指で姫子が部室の扉を指さすと、部室に戻ってきた部員達全員が一斉に扉を見た。


「何もいないように見えるけどな……」

『いや待てトオルよ。何かいるぞ!』

 メリュジーヌの声に皆の緊張が走る。


「まさか、モンスターがこんな所にまで?」

「でもよぉ、こよりさん。ここまで誰にも見つからず、騒ぎにもならず、モンスターが来るか?」


 学校施設内にモンスターが侵入したという話は()()ない。しかしそれは“まだ”というだけの話であり、この人の少ない旧校舎で、この見通しの悪い黄昏時でそれが絶対にないと言い切れる者はこの部室にはいない。


「…………」

 慎一郎が斉彬の方を見て頷いた。斉彬が他の部員達を部室の奥へ移動させ、慎一郎は念のために剣を一本だけ抜いて扉の前に立つ。結希奈が防御魔法を掛けてくれたので、身体全体がほんの少し光っている。


 つばを飲み込んだ。その音は慎一郎の中で思ったよりも大きく聞こえる気がした。

 右手に剣を持ち、左手で引き戸に手を掛ける。

 確かに何かいる。扉の向こうでがさごそと音が聞こえてきた。


 もう一度部室の方を振り向いた。部室の奥――普段は女子が着替えスペースとして使っているカーテンで仕切られた領域に皆がかたまり、彼らを守るように斉彬が立っているのが見えた。


「気をつけてください……」

 楓のか細い声がしっかりと聞こえた。彼女は胸の前で手を組んでいる。その顔は蒼白で、姫子同様、震えているようだ。


 意を決して左手に力を入れる。引き戸は抵抗もなくカラカラと軽い音をして開いた。

 誰もいない。


 左右を見渡してみるが、やはり誰もいない。いつもの旧校舎四階だ。

 さらに一歩を踏み出して廊下に足を踏み入れたその時だたった。


 ガシッ。()()()()()()()()()()()()()


「……!」

「うひっ……!」

 部室の中で奇妙な声が聞こえた、おそらく姫子だろう。

 だがその他の部員達からは全く動揺した気配を感じない。さすがは日々地下迷宮でモンスターと対峙しているメンバーである。


 しかし、その緊張感は慎一郎の足を掴んでいる“何か”がけだるそうに慎一郎の方へ身体を引き寄せるまでのつかの間のものであった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!」

 それは、誰の悲鳴であったろうか。部室の奥で何か多くのものが床にばらばらと落ちる音が聞こえた。


 慎一郎はゆっくりとその存在を見た。

 彼の足首をつかむ細い腕、白い服に無造作にかかる漆黒の髪、その間から垣間見える病的なまでに白い顔。


 それはまるで、昔流行ったホラー映画に出てくる幽霊ではないか!


 ぐいっ、と“それ”が慎一郎の足首を引いた。それほど強い力ではなかったが、タイミングのなせる技で慎一郎はいともたやすく“それ”に倒されてしまった。


 倒れた慎一郎の身体にのしかかってくる“それ”。決して重くはないが、慎一郎の身体に力が入らない。何らかの特殊攻撃か、それとも――

 じり、じりっと“それ”は倒れた慎一郎の身体の上を這い上がってくる。その手は前に伸ばされている。まるで何かを求めるように。


「…………」


 “それ”は何かつぶやいていた。しかし、その声は明瞭ではなく、何を言っているのか、すぐ側にいる慎一郎でさえわからない。

 “それ”はさらに慎一郎の身体を這い上がってきている。力こそ掛けられていないが、その体勢は限りなく組み伏せられている状態に近い。“それ”に悪意が込められれば武器を持たぬ慎一郎は一気に窮地に追いやられる。


 慎一郎の目に、先ほど思わず取り落としてしまった彼の愛剣〈エクスカリバーⅡ〉が映った。ここからでは届かないが、彼が普段から使っている〈浮遊剣〉の魔法であれば十分届く距離だ。


 “それ”に悟られないように意識を集中させて〈エクスカリバーⅡ〉を不可視の腕で手に取る。

 〈エクスカリバーⅡ〉はふわりと音もなく浮かび上がると、“それ”の背後につける。


 ()()がモンスターかどうかはわからないが、もし仲間達に危害を加えるようであれば、その時には……。

 そう決意を固めたときであった。


『なんじゃ、アヤコではないか』

「へ?」

 我ながら間抜けな声だと、慎一郎は思った。

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