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枯れ尾花3

 特別教室棟は、“L”の形に並んでいる三つの校舎のちょうど角の部分に相当する。本校舎から部室のある旧校舎へ行く途中の通り道というだけで、こよりには本校舎以上に馴染みのない校舎だ。


 その名の通り、授業で使うさまざまな特別教室がここにはあり、今では特別教室を部室として利用している各部の生徒達の拠点ともなっている。

 しかし、今日この時間は皆花火見物に出ているのか人影は全く見当たらない。


「なんか、ぶきみだね……」

「大丈夫だ。例え何が起ころうともこよりさんは俺が守る!」

「あはは、ありがと……」

 こよりと斉彬、いつもの二人のやりとりをしていると少しだけ気持ちが落ち着いた。


「それよりもさっきと比べて音が大きくなってるように感じないか?」

「確かにそうね。上の方かな? 行ってみましょう」

「おうとも!」

 渡り廊下から特別教室棟へ入り、階段を上っていく。


「光よ!」

 こよりの〈光球〉の魔法が日も暮れて真っ暗になった校舎を照らし出した。足元が見える程度の明るさだが、ないよりずっといい。


「そういえばこよりさん――」

 と、言いかけたところで斉彬は立ち止まった。ちょうど階段を上って二階に上がったところだ。


「どうしたの、斉彬くん……?」

「あ、あれ……」


 珍しくうろたえたような声で、斉彬は横の方――特別教室棟二階の奥の方を指さした。

 少し離れたところ、〈光球〉の魔法がぎりぎり届く光と闇の境界線上にそれはあった。


 一瞬、子犬のように見えた。小さくて、四本足で立っているようだ。


 しかし()()には子犬とは決定的な違いがある。子犬には当然あるべきものがそれにはなかったのだ。


 そう、頭だ。


 頭がない四つ足の()()は、頭がないにもかかわらずしっかりと四本の足で立ち、事もあろうかこより達の方に向けて歩き出した。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 こよりは斉彬が驚くほどの悲鳴で逃げ出した。斉彬もあとをついて走る。


 そして最悪なことに頭のない子犬のような()()も、こよりのあとをついてくるようにカタカタカタカタと気味の悪い足音を立てながら彼女たちの後ろを追いかけるように走ってきたのだ。


「いや、いや! こないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 絶叫しながら無我夢中で走った。どこをどう走ったかわからないが、途中で斉彬に手を捕まれてどこかの教室に引っ張り込まれたところで冷静さを取り戻した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「こよりさん、静かに。あと、明かり消して」

 言われるままに〈光球〉の魔法を解除して息を整えた。


 こよりを追いかけてきた“子犬”は、カタカタカタカタとぶきみな足音をさせながらこより達が隠れる教室の前までやってきたが、さすがに教室の扉を開けることはできないらしく教室の前をうろうろしていたかと思うと、やがて音は聞こえなくなった。


「……もう、大丈夫かな」

「多分な」

「あれ、なんだったんだろうね?」

「さあ? もしかして本当に七不思議だったのかもな。“夜中に徘徊する首なしの犬”」

「ひっ! や、やめてよね……」

「ははは、悪い悪い。じゃ、そろそろ行こうか、こよりさん」

「待って。今明かりをつけるね。光よ」


 魔法の明かりがあたりを照らす。今まで真っ暗だったので全然気づかなかったのだが、思ったよりも斉彬の顔が近くにあった。斉彬も同じ事を思ったようで、慌てて離れて座り直した。


「ご、ごめん……」

「ううん、気にしてないから……」


 こよりは少し気まずくなってしまった空気を紛らせるために、あたりを見渡すことにした。そういえば斉彬に手を引かれるまま適当な教室に入ったけど、ここはどこなんだろう……?


 〈光球〉を動かしてあたりの様子が見られるようにした。

 そこに何かの影が映る。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!」

「どうした、こよりさん!」

 少し離れてきた斉彬がすぐにやってきてこよりを抱きしめた。


「あ、あれ……あれ!」

 ぶるぶる震えながら影の方を指さす。

 そこに映し出されたさまざまな異形の生物、直立する骨。


「うわっ!」

 斉彬が野太い声で驚いた。しかし、すぐに冷静さを取り戻したようで、

「よく見てみろ、こよりさん。あれはホルマリン漬けだ。大丈夫だよ」

「え……?」


 〈光球〉をそちらへ向けてみる。明かりに照らされたのは巨大なガラスの瓶に詰められたスライムやらネズミやらコウモリやらヘビなどのモンスターだった。もちろん、動くことはないし襲いかかってくることもない。

 そして直立している骨は骨格標本だった。ここは生物実験室だったのだ。


「び、びっくりしたぁ……」

 こよりが肩をなで下ろす。斉彬もこよりが落ち着いたのを見て安心して彼女から離れた。少しもったいない気持ちがないわけではなかったが、どさくさ紛れにそういうことをする男ではなかった。


「ありがとう、斉彬くん」

「い、いや……。こよりさんが無事でよかったよ」

 斉彬の顔は赤かったが、部屋が暗いせいでこよりには気づかれなかった。


「もう、大丈夫。そろそろ行こうか」

「まだやるのか? オレは別にこのまま帰っても……」

「ううん、気になるもん、行こうよ」

「まあ、こよりさんが言うなら……」

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