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枯れ尾花1

聖歴2026年8月30日(日)


 「花火を見るのに絶好の穴場があるんだよ」

 そう斉彬が言うので、こよりは彼の後についていくことにした。本校舎の階段をずんずん上っていく。


 転校前日に学校の見学に来たところを封印騒ぎに巻き込まれたこよりは、本校舎の上の方に立ち寄ったことがほとんどない。彼女にとって本校舎は見知らぬ場所だった。


 四階建ての校舎の四階を過ぎて、まだ階段を上っていく。この上は屋上だ。斉彬はおそらく、校舎の屋上の眺めの良いところから花火を見ようというつもりだろう。しかし――


「でも、屋上なんて混んでるんじゃないかなぁ」

 斉彬は穴場と言ったが、こよりはそうは思わない。皆同じようなことを考えるのではないか。

 そんなようなことをどう角が立たないように言おうか、思案を巡らせていた。


 彼女としては、なるべく人の少ない場所に行きたかった。

 それは、これからこよりが斉彬に彼女の“隠し事”を告白しようと思っているからだ。


「え、そうかな? ま、二人分くらい入る余裕はあるでしょ」

「それじゃ困るんだけどなぁ……」

 こよりは困った顔をしたが、その気持ちは彼女の前を歩いている斉彬には届かなかった。


(自分の気持ちはストレートにぶつけてくるくせに、こっちの気持ちはお構いなしなんだから……)

 つい、そんなことを考えてしまう。我ながら大人げないと思う。


「さあ、こよりさんのために用意した特別席へようこ――」

 斉彬が屋上へと続く扉を開こうとした。だが、それよりも早く、扉の方が勢いよく放たれた。


「もう、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「まってよ、香澄ちゃん!」

 ばあんという激しい音ともに飛び出してくる小柄な影、そしてやや遅れてそれを追いかける影。ふたつの影は咄嗟に避けた斉彬とこよりの横を通り抜けて階下へと降りていった。


「……何、あれ?」

「さあ? オレにもわからん」

 顔を見合わせる斉彬とこより。


 と、その時、開けっぱなしの鉄の扉からまた別の人物達が飛び出してきた。

「何でこんなことするの? 嫌がらせなの?」

「そんなワケないじゃん! 俺だって泣きたいくらいだよ……」

 半泣きになりながら屋上から早足で降りてくる女子生徒と、慌てたように後を追う男子生徒。先ほどの二人と同じような構図だ。


 その後も何組かのカップルが同じように屋上から飛び出してきて、逃げるように階下へと降りていった。


「ねえ、斉彬くん、やめておかない? なんかヘンだよ」

「何言ってるんだよ、こよりさん! 今なら人も少なくて、いい場所取り放題じゃないか!」

「あはは……ポジティブね……」

 そうは言っても何が起こっているのか気になる部分もある。こよりは斉彬に押し切られる形で彼に続いて屋上へと足を踏み入れた。


「おわっ、もう始まってる!」

 斉彬の言うとおり、頭上では何発かの花火が上がっては色鮮やかな魔法の花を咲かせていた。

 花火の明かりに照らされた屋上を見渡すが、彼らの他は誰もいない。何組かいたカップルはこより達がやってくるのと入れ違いに全員いなくなってしまったようだ。


「こよりさーん、こっちこっち!」

 斉彬が屋上の最も校庭よりの金網の前で手を振っている。

「ほら、ここここ。特等席だぜ!」

 こよりが来ると斉彬ははしゃいだように自分が立っていた場所をこよりに譲った。


「わぁ……!」

 まさに絶景だった。


 何も遮るものはない校舎の屋上。目の前にあるはずの野菜畑は夜の闇で全く見えず、まるで暗闇の中に浮かんでいるような錯覚に陥る。

 そこに時折地上から打ち上げられて開く大輪の花。

 一輪、また一輪と花開いては散っていくその魔法の花々は美しくも儚く、しかしこよりの心にしっかりと感動という名で跡を残していく。


 こよりとて花火を見るのが初めてではない。しかし、この花火は格別であった。

 それは、周りに気を取られる光が一切ないからなのか、あたりに人の気配がないからなのか、それとも……。


「ねえ、斉彬くん……」

 意を決して切り出した。


「ん?」

 斉彬はこよりの方を見ずに返事をした。一見、花火に釘付けになっているように見えたが、実はこよりの肩に何度も手を伸ばそうとして失敗しているだけであった。


「あのね、話したいことがあるの」

 深刻そうなこよりの物言いに、斉彬もこよりの方を見た。その瞳には花火が咲いては消えている。


「わたしね、斉彬くんに――みんなにまだ言ってない隠し事があるの」

「隠し事……?」

「うん、それを聞いたらもしかしたら斉彬くんはわたしのこと幻滅して嫌いになるかもしれない。でも、もう隠し事は嫌なの」


 斉彬はじっとこよりの方を見つめている。こよりはそれは先を促されていると解釈した。

「あのね……」

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