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馬耳東風5

「部長!」

「い、まい…………?」


 半壊した“午”のほこらの前に倒れていた弓道部の部長は楓に抱きかかえられ、うっすらと瞳を開けた。

 全身擦り傷だらけだがその顔色は思ったほどは悪くない。見た目ほどは重症ではないのかもしれない。


「助けに……きて……くれたの……? 逃げろって……いったのに……いつっ!」

「喋らないでください! もう大丈夫ですよ。あのモンスターは倒しました。安心してください」

「そう……よかった……」


 そこまで言ったところで部長は再び意識を失った。駆け寄ってきた結希奈が部長に回復魔法をかけている。少し離れたところではこよりが〈転移門ゲート〉を開き、比較的軽症だった弓道部員が何人か飛び出してきた。

「部長!」「部長!」




 腕を包帯で吊ったり頭に包帯を巻いたり、松葉杖で歩いていたり、誰一人無事ではない女子生徒たちが〈転移門ゲート〉から出てきて次々部長の下へと駆け寄っていく姿を慎一郎はウマのモンスターの死体の側という、あまり嬉しくない場所で見ていた。

 まだウマの魔法の後遺症で身体が動かないのだから仕方がない。


「おつかれ」

 そこへ徹と斉彬がやってきた。


「あの黒いのを足止めしといてくれればよかったのに、まさか倒しちまうとはなぁ」

 斉彬が頭をかきながらあきれ顔で言った。


「おれ一人で倒したわけじゃないですよ。メリュジーヌが、そして何より、今井さんがいてくれたから」

 慎一郎は弓道部員達の間でもみくちゃにされている楓の方を見た。


『お主の力じゃよ。誇ってよい』

 メリュジーヌは慎一郎の身体の横にある彼の〈副脳〉ケースの上に座っている。


『何せわしの精神が入っているこれはそなたのものじゃからの』

 と、彼女が座っている〈副脳〉ケースをぽんぽんと叩く。


「浅村、立てそうか?」

 斉彬が手を差し出してきた。その手をつかむ。どうやら、身体のしびれは少しずつ収まってきているようだ。右肩を徹に、左肩を斉彬に支えられながらなんとか立ち上がった。


 “午”のほこらの方を見ると、弓道部員たちがお互いの無事を確認し、泣きながらお互い抱き合っている。

 その一団から袴姿の女子生徒が一人、歩いてきた。一団の中で唯一怪我を負っていない今井楓だ。


「今井さん、部長さんはどうだった?」

 慎一郎が訊くと、楓は「辻先生にきちんと見てもらわないとわかりませんが」と前置きしたうえで、大丈夫そうだと答えた。


 徹と斉彬に支えられながら「よかった」と微笑む慎一郎の前までやってきた楓は、少し緊張したような面持ちで慎一郎に向き直る。


「浅村くん……」

 そして、大きく頭を下げてこう言った。


「好きです!」

 突然の告白に訪れる静寂。ようやく絞り出した言葉は、

「は……?」

 自分の聞き間違いだったのかと慎一郎は両脇で肩を貸す徹と斉彬を見たが、彼らも驚きの表情のまま固まっている。


 そして、告白してきた楓は深々と頭を下げたままで、その表情まではわからない。しかし、彼女の耳がみるみる赤くなっていくのがわかった。


 楓はがばっと勢いよく顔を上げるとわたわたと手を振り回し始めた。

「や、ちが……そうじゃないんです……。い、いえ……違いはしませんが……そ、その、ありがとうって言おうとして、その……」

 真っ赤な顔で言い訳をするが、口から出た言葉が消えることはない。


「おいおい、慎一郎! お前も隅に置けないなぁ。いったいどこでそんなフラグ立てたんだよ。このムッツリ!」

「い、いや……おれは特に何も……」

「おい、浅村! こよりさんを振り向かせる方法を教えてくれ。頼む!」

「もう! 私の話を聞いて下さい!」


 慎一郎をからかう徹、今だ困惑の表情が抜けきれない慎一郎、相変わらずこよりしか頭にない斉彬、混乱の極みにある楓を見て、メリュジーヌが笑う。

『はっはっはっは! よい、良いぞ子供達よ! 人生を楽しめ。恋をしろ!』

 そして、手を顎に当ててにやりと笑みを浮かべる。まるでいたずら小僧のように。

『ユキナがどういう顔をするか、今から楽しみじゃ』




 この日の騒動の結果、“午”のほこらは〈守護聖獣〉から取り出した白い玉を核に結希奈によって再建された。


 また、今井楓を除く弓道部の全員は全治一週間から三ヶ月と診断された。

 それ以上に心身の衰弱が激しいと養護教諭の辻綾子が判断したため、弓道部はしばらくの間休部となり、部員たちには十分に回復するまで休養を取ることになった。


 弓道部が担当していた〈竜海の森〉の巡回活動は風紀委員会に引き継がれることとなった。〈竜海の森〉も校内であるから風紀委員の管轄であると風紀委員長の岡田遙佳がかねてから主張していたのが認められた形になる。

 これによっていくつかの風紀委員の仕事を手伝っていた部が風紀委員会に吸収されたが、それはまた別の話。


 そして、旧弓道部のなかで唯一無傷だった部員――今井楓はというと――




聖歴2026年8月20日(木)


「今日から入部した今井楓と申します。得意な武器は弓です。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 旧校舎四階の西の端にある〈竜王部〉の部室にて、彼らは新しい部員を招き入れていた。楓は折り目正しく深々と頭を下げた。長い黒髪がその動きに合わせて垂れる。


「よろしく、今井さん。おれは部長の浅村慎一郎。そして――」

「もちろん、知ってるよな今井ちゃんは。なんたって今井ちゃんは慎一郎のことが……」

「わ、わー! わー! 言わないでください!」

「……? どうしたの栗山? 人の顔ジロジロ見て、気持ち悪い」

「お、オレはこよりさん一筋ですから!」

「あ、あははは……。ありがとう、斉彬くん」

「あわわわ……また、知らない人が……。ふひ、ふひひ! はふぅ……」


『これでこの前の目玉のような魔法が効かないモンスターが現れても危険を冒して突撃する必要がなくなった。うむ、バランスの取れたよいパーティになってきた』

 好き勝手に話し始める部員たちを見てでメリュジーヌが呵々大笑する。


「えっと、改めてよろしく、今井さん。おれは部長の浅村慎一郎。戦士だ」

「栗山徹。将来、今井ちゃんと恋仲になる男さ。担当ポジションは後衛の魔法使い」

栗山こいつの言うことは無視していいから。あたしは高橋結希奈。主に回復担当よ。よろしくね、今井さん」

「細川こよりです。かわいい後輩ができてうれしいわ。担当ポジションは後衛で、錬金術が得意なの」

「オレは森斉彬だ! そしてこよりさんが好――あいてっ! 前衛でこの〈デュランダルⅡ〉を振り回してる!」

「と、外崎姫子……。鍛冶担当……です。ふひ、ひ……」


『そしてわしがメリュジーヌじゃ。この〈竜王部〉の主であり愛すべきマスコットじゃ』

「自分で言うか、それ?」

『なんじゃと! シンイチロウよ、もう一度言ってみろ!』

 徹の軽口にメリュジーヌが反発し、部室にいつもの賑やかさが戻った。それを見て楓もくすりと笑う。


「よろしくお願いします、みなさん」

 こうして、弓戦士アーチャーの今井楓が〈竜王部〉の一員となった。

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