変わりゆく幼なじみ1
聖歴2026年8月19日(水)
昨日の夜、激しい雷雨があったこともすっかり忘れたかのように朝からよく晴れている。日差しは強いが前日の雨のおかげでどちらかというと爽やかな朝だ。
今日も朝から探索だ。校舎前、部室で寝泊まりしている慎一郎、徹、斉彬の男子三人は生徒達の中で唯一、自宅から通う結希奈と、彼女の家で寝泊まりしているこよりの二人を待っていた。
やがて女子二人が現れて留守番の姫子を除く〈竜王部〉部員達が勢揃いした。
しかし、今日は全員で地下迷宮へ行くわけではない。
「本当に一人で大丈夫か、徹?」
「大丈夫だって。雅治さんとはガキの頃からの長い付き合いなんだ。任せろ」
慎一郎の心配などどこ吹く風といった調子で徹が胸を張る。
先日の剣術部によるバスケ部に対しての攻撃はすぐに生徒会や風紀委員会の知るところとなった。
一歩間違えば重大な事故に繋がったかもしれないこの事件は重大事案に認定された。しかし生徒会にも風紀委員会にもなすすべはなかった。
彼らにはすでに剣術部とのパイプは失われてしまっていたからだ。
そこで白羽の矢が立ったのが剣術部の栗山徹。
徹と剣術部の部長である秋山雅治、それにマネージャーの岸瑞樹は幼少の頃からの付き合いになる、いわゆる幼なじみだ。徹の実家である剣術道場に二人が通っていたことから交流が始まったらしい。
その他の北高剣術部の部員達の多くも〈栗山道場〉の門下生であり、徹とは古い付き合いだ。
加えて、剣術部の決別宣言以降も徹は定期的に剣術部の部室へと赴き、その関係を維持していた。生徒会から見れば理想的な“使者”といえよう。
「丸投げする形になってしまい、大変申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
生徒会副会長であるイブリース・ホーヘンベルクが徹ら〈竜王部〉を校舎前で出迎えて、深々と頭を下ろした。この金髪の留学生は妙なところで日本人っぽい。
「イブリースさんの頼みとあっちゃ、断れないですからね! まあ、大船に乗ったつもりでいてくださいよ」
徹は先ほどよりも大きく胸を張り、ぽんと自分で叩いた。この少年は美女の頼み事にはめっぽう弱い。
「それじゃ、行ってくる。慎一郎、迷宮の方頼んだぞ」
「ああ、任せておけ」
今日も残りのメンバーは迷宮探索だ。徹は一人、部室棟の方へと向かっていった。そこからは地下迷宮にある剣術部の部室にほど近い入り口がある。
「おれ達も行きますね」
すでに迷宮探索の準備を整えている慎一郎がイブリースに声を掛けた。
「会長は一刻も早く、また一人も欠けることなく北高から出ることをお望みです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
再び深々と頭を下げるイブリースに、
「ま、栗山の奴じゃないけど、任せておけ。大船に乗った気持ちでな」
斉彬のその言葉を残して〈竜王部〉は迷宮に向かっていった。
「…………………………………………」
イブリースは彼らが校舎の影に隠れて見えなくなるまでその姿をずっと追っていた。しかし、その表情にはいかなる感情も込められてはいなかった。