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家畜泥棒を追え!3

 日が長い季節とはいえ、すでに空の九割が夜の支配下となっている。そんな時間に校舎脇を抜けて〈竜海の森〉に入っていくと、小さな明かりがともされているところにたどり着いた。

 木々がまばらになっているところに小さな魔術ランプが置かれているのだ。


 そこは慎一郎達も一度は来たことのある場所だ。もっとも、最初に訪れた時とは様相が一変してしまっている。

 元々井戸があったそこは陥没して、緩やかな下り坂になっている。その下のくぼ地には緑色の若葉がぎっしりと生えていて、そこが元々地下迷宮の中だったことを全く感じさせない。


 そう、ここは()地下迷宮。慎一郎達が巨大ウシと戦った場所。そしてバレー部員達が毎日ウシを連れ出して草を食べさせている餌場だった。


 岩が崩れそうな場所と、迷宮の奥へ繋がる通路には風紀委員によってロープがかけられていて入れないようになっている。もっとも、いくつかの部はここから中に入って行ってるようだが。


「あ、きたきた。おーい!」

遙佳からあらかじめ話は聞いていたのだろう、草が生い茂っているウシたちの“餌場”に四人の長身の女子生徒達が立っていた。

 松井翔子まついしょうこ十亀とがめななみ、源田千春げんだちはる多和田心たわたこころ。バレー部の四人だ。


「よっ、元気だった?」

 徹が気安く声をかけると、バレー部員達は「元気元気」「そっちはどう? 元気だった?」などと気安く答えてくれる。

 普段、“何やってるのかよくわからない部”と言われている〈竜王部〉にあって、バレー部は数少ない……というか唯一、地下迷宮で一緒に戦った、いわば()()だった。


「それで、ウシの件なんだけど……」

 慎一郎が話を切り出すと、遙佳がバレー部員の方を見て頷いた。


 四人のうちのひとり――リーダー格の松井翔子が一歩前に出て説明を始める。

「ウシはさ、夜の間はあそこの小屋に入れておいて――」

 と、松井は坂の上にあるまだ真新しい牛小屋を指さした。


「朝になるとここの餌場に移動させるんだよ。あの子達、この草しか食べないんだよね。最初はご飯食べてくれなくて苦労したよー」


 あははと笑う松井を遙佳がじろりと睨むと、松井は慌てて説明を続ける。

「それで夕方、ウシ達を餌場から小屋に戻そうとして……あっ、今日の牛小屋当番は源田だったんだけどね。源田が慌てて部室に駆け込んだときはびっくりしたよ。鼻水垂らして『大変だ~』って」


「鼻水なんて垂らしてないってば!」

「えー、そうだったかな?」

「ゴホン」

 バレー部員達が脱線して盛り上がっているのを咳払いで一括したのは遙佳だ。背は小さいがその威圧感は半端ない。


「えっと……どこまで話したっけ?」

「夕方、餌場に行ったらウシがいなかったってことか?」

「そうそれ!」

 松井が斉彬を指さした。松井は一年生、対する斉彬は三年生なのだが、指さされた斉彬は気を悪くするそぶりもない。


「じゃあもう終わりじゃないか」

「そうじゃないんですよ、殿センパイ」

「殿センパイ……!?」

「あ、いや……。バレー部のセンパイが森センパイのことを“殿”って呼んでいたので、そう呼んだ方がいいかなーって。ダメでした?」

「……好きなようにしてくれ」

 斉彬が頭を抱え、手を振った。もういいから先に進めろという合図だ。


「で、なんだっけ? そうそう、ウシなんだけどね、実はどこに行ったのかわかってるんだよ」

『なんじゃと!? 何故それをもっと早く言わん!』

 メリュジーヌが叫ぶ。彼女の声は松井には聞こえないが、〈竜王部〉は皆同じ気持ちだったろう。


 そんな皆の感情など当の松井には全く届いていないようで、彼女はマイペースにあたりを歩き始めた。腰をかがめて、地面に落ちている()()を探すように。


「あった、これだ」

 松井はしゃがみ込み、ちょいちょい、と手招きする。それに釣られるように集まって車座になる〈竜王部〉の五人。

 そこに生えている草についていた何かを松井は指でちょい、とすくい上げた。


「これこれ」

 そう言って人差し指ですくって見せたそれは、朝露のように丸くなっている液体だった。


 ただし、朝露とは異なり白く濁っている。


「……何これ? 牛乳?」

「そう! 正解!」

 松井が結希奈を指さした。


「ウチのコたちね、普通の牛さん達と違ってお乳が垂れ流しなんだよね」

 そう言われて思い出した。最初に地下迷宮であのウシ達を見たとき、たしかに腹の下の乳房から牛乳が垂れ流しになっていた。井戸の下に溜まっていたそれをバレー部員達が見つけたのが事の起こりだ。


「普段、小屋に入れるときはカバーつけるんだけど、外に出すときは窮屈だから、カバーはつけないんだよ」

「なるほど。この牛乳のあとを追っていけばウシの居場所がわかるということね」

「そういうことです!」

 こよりの指摘に松井はニッコリ微笑む。


「説明は終わったか?」

 いつの間にか一同からは離れて座っていた遙佳がこちらに歩いてきた。


「はい。ウシはここから地下迷宮に入って――連れられていったんですね。それでおれ達に話が来た、と」

 慎一郎が陥没した餌場から奥へと続く通路を指さしながら言った。


「話が早い。ここより先は風紀委員の管轄外だ。この件を首尾良く解決できたらプールの一件は無罪放免ということで生徒会長とは話が付いている。せいぜい張り切るんだな」

 そう言い残して遙佳はひとりその場を去って行った。


『なんじゃあいつは! 前から思っておったが実に腹立たしい!』

「落ち着けよ。風紀委員長だっていろいろあるんだろう」

「そうそう。昔はあんなんじゃなかったんだ。きっと昔の気弱でかわいい遙佳ちゃんに戻るって」

 慎一郎と徹がなだめるが、メリュジーヌの怒りはしばらく収まらなさそうだ。


「行こうぜ。こんな所でグダグダしてても仕方ない」

 斉彬の提案に皆が頷く。


「え……? もう遅いけど、行ってくれるの?」

 松井の後ろにいたバレー部員の一人が言った。今日の牛小屋当番で第一発見者の源田千春だ。


「うん。早く追いかけた方がいいだろうからね」

 慎一郎の言葉に千春は目を潤ませ、

「ありがとう!」

 と、慎一郎の手を握った。彼女は彼女なりに責任を感じていたのだろう。


「浅村君、お願い。大切なあたし達のウシさんをどうか探して」

「ま、まかせて……」

 言葉がつかえたのは女子に手を握られて緊張したわけではなく、彼の後ろにいた結希奈の気配がどういうわけか急に膨れ上がったからだ。

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