家畜泥棒を追え!2
「うわ……あっつ!」
夏の強烈な日差しを浴びて大きく伸びをする。背筋が伸ばされて、彼女の平均より大きな胸がより大きく強調される。すらりと細く伸びた手足はまさにバレー部員にふさわしい。
源田千春。県立北高バレー部一年生。本日の牛小屋当番だ。
一面の野菜畑になったかつての校庭を抜け、校舎の周りを囲んでいる木々を抜けていくと、木がまばらになる一帯がある。
更にそこを進んでいくと、平らな地面がくぼんで一段低くなっている場所へと出る。
そこには草が青々と茂っており、夏の日差しを存分に受け取って競うように背を伸ばしている。
千春はその場所へと足を向ける。
そこは、千春達バレー部が飼育している“ウシ”の餌場だった。
このウシ達はもとは地下迷宮に住むモンスターだった。いくつかのトラブルの末、今ではバレー部がこのウシの面倒を見て、その見返りにウシが出すミルク――牛乳をもらっている。
そのミルクが盛夏となりますます人気が高まる大ヒット商品、アイスクリームの主原料だ。
夜の間、近くに木工部に建ててもらった小屋で眠っているウシ達は、朝になると部員の手によってこの餌場に連れて来られる。そこでたっぷりと草を食み、夕方にまた小屋に戻るという一日だ。
牛小屋当番は、朝ウシを餌場に出し、小屋の掃除をして、夕方ウシを小屋に戻す。四人のバレー部員達がローテーションで回している。
この日も昼のアイスの販売を終え、後片付けをあとの三人に任せてウシ達の餌場にやってきた千春。これからウシを小屋に戻す作業が始まるのだ。
「みんな、いっぱい食べたかな~?」
むき出しの瓦礫――崩落した迷宮の跡だ――をかき分け、窪地へと降りていき、いつものようにウシ達に元気よく挨拶をする。
もちろん、ウシからは返事がないが、話しかけることでおいしいミルクを出すと昔どこかで読んだことがあったので千春は自分が当番の時にはいつも頻繁に声をかけるようにしていた。
その日も当然、ウシからの挨拶はなかった。いや、挨拶がないどころではなかった。
「…………………………………………」
呆然とする千春。思考が認識を追認するまでに数秒の時間を要した。
「た、た、た……大変だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
千春は今やってきたばかりの瓦礫の多く残る坂道を駆け上がり、バレー部部室のある部室棟へと走っていく。両手を大きく挙げて、大声で叫びながら。
「ウシが盗まれたぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ウシが……」
「盗まれた……!?」
遙佳よりバレー部で起こった事件について説明を受けていた〈竜王部〉の部員達は、一様に困惑を隠しきれないでいる。
ウシとは、あの草の生えた大広間で戦った巨大ウシの近くで暢気に草を食んでいた白黒の乳を出すモンスターのことだ。
大きさは通常のウシと変わりなく、人間よりも大きくて、重い。犬猫と違い、抱えて持ち去れるようなものでもない。
「その通りだ。そう簡単に盗み出せるようなものでもない。そもそも、そんな大きなものを盗み出しても校内のどこに見つからないようにウシを置いておく? 盗むメリットがない」
遙佳の話には一理あった。広大な農村地帯でならどうかは知らないが、外に出る手段のない北高でそんなことを危険を冒してするメリットが思い浮かばない。
「どうも嫌な予感がする……」
慎一郎の隣に座っていた徹がお茶に手をつけていた――喉が渇いていたのだろうか、ぐいっと飲んでいた――遙佳に聞いた。
「なあ、遙佳ちゃん」
遙佳が徹をぎろりと睨みつける。しかし徹は全く動じない。
「何でその話を俺たちの所に持ってくる?」
確かにそうだ。校内の風紀、治安維持は遙佳率いる風紀委員会が一手に取り仕切っている。これまで盗難といったような重大事件こそ発生していないが、生徒同士のトラブルから校則違反、この前のプール侵入まで風紀委員会が介入した事柄は多い。
生徒達からはその厳しさによって煙たがられているが、彼女たちが北高のモラルハザードを防いでいるという点は誰にも否定できない。
「ふん。おおかた、わかっているだろうに」
遙佳はできればその指摘をされたくなかったのだろう。不機嫌な表情で席を立った。小柄な遙佳ではあったが、立ち上がると他の座っている生徒達より頭は若干高くなる――身長百九十センチの斉彬を除いてだが。
「来い。現場に連れて行ってやる」
黒い、軍服のような制服に一揃えの制帽、腕に“風紀委員長”と書かれた黄色い腕章をつけた風紀委員長は、それだけを言い放つとさっさと部室から出て行った。
慎一郎達は慌てて後を追いかける。