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とりたてて特筆べきこともないごく普通の北高での一日1

聖歴2026年8月5日(水)


 メリュジーヌの朝は決して早くはない。彼女が起きる時間はまちまちだが、感覚を共有している慎一郎よりも早起きであることはめったにない。一度もないかもしれない。


 午前七時。この日彼女が目覚めた場所は家庭科部が運営する食堂だ。慎一郎が朝食をテーブルの上に運んで今まさに食べようとするとき、その匂いで目が覚めた。


「お、今頃起きたのか」

 メリュジーヌの起床にいち早く気づいたのは彼女の“身体の持ち主”、浅村慎一郎あさむらしんいちろうだ。メリュジーヌは今、彼の〈副脳〉にその精神を宿している。彼女の視覚や聴覚は慎一郎のものを共有している。もちろん、臭覚や味覚もだ。


「朝メシの瞬間に起きるなんて、ジーヌらしいな」

 慎一郎の隣に座っていた友人の栗山徹くりやまとおるがメリュジーヌをからかうように言う。


 彼らは相手が竜王だと知っていてもこのように友人のように――いや、実際友人なのだ――話してくれる。それがメリュジーヌにはたまらなく嬉しい。


『なんじゃ、今日も男だけで朝食か。寂しいのぉ』

 だから、メリュジーヌもこうして軽口を叩く。


 まだ朝も早いからか、人影はまばらだ。彼らの座るテーブルには他に誰もいない。いつもメリュジーヌとともに行動している〈竜王部〉の高橋結希奈たかはしゆきな細川ほそかわこよりもいない。彼女たちはきっと今頃結希奈の自宅で朝食を食べている頃だ。


「おっ、メリュジーヌ起きてるのか。まあ、お前がメシを外すはずないか」

 がははと大きな声で笑いながらやってきたのは森斉彬もりなりあきらだ。その手に持ったトレイには大盛りのごはんときつねうどんが置かれている。


『ううむ。シンイチロウも毎食これくらい食べれば良いのに……』

「何か言ったか?」

『何でもないわい……。さあ、朝飯を食うのじゃ! 早く!』

「はいはい、わかったよ。相変わらず飯のことになると真剣だな、お前は」


 メリュジーヌはとにかく食事が好きだ。六百年後の異国の食文化に興味があると本人は言っているが、ただ単に食いしん坊なんだろうと慎一郎は思っている。


「いただきます」

 席に着き、手を合わせて朝食をとる。

 今日の朝食はご飯と味噌汁、野菜の浅漬け。海苔(本物の海苔ではなく、〈竜王部〉が地下迷宮で見つけた海苔っぽい植物。見た目も味も海苔そっくり)。


 浅漬けをご飯の上にのせて箸で一緒につかみ、口へ入れる。コリコリという独特な音が口の中に響く。次の一口は海苔を醤油につけてご飯にくるんで食べる。ご飯の甘みに醤油の塩味と海苔の香りがうまくマッチしている。


『うまい』

 思わず口に出た。北高の――というより日本の――朝食はシンプルだが、だからこそそこに見いだせる素朴な味わいがある。美食を極めた竜王にとってそれは衝撃的だった。


『シンイチロウ、おかわりじゃ! ご飯と味噌汁と漬物と海苔のおかわりじゃ!』

「それ全部じゃないか……」


「そういや吹奏楽部が今度一緒にメシでも食いに行かないかって」

『何、飯じゃと!?』

「徹の言うことだから、どうせ女子だろ?」

「さすがは慎一郎、よくわかってるじゃないか! 向こうは吹奏楽部から選りすぐりを連れてくるってさ」


「おれはパス。そういうの、よくわからんからな」

「かぁーっ! 何なんだよこの朴念仁! お前、本当に男子高校生か? 女子高生から誘われて興味ないとか! ああ! もういい! お前は誘わん! 斉彬さん、二人で行きましょう!」


「いや、オレはこよりさん一筋だ。他に目移りしている暇も余裕もつもりもない」

「こっちはこっちでもう! ああ、どうして俺の周りにはこんな奴ばっかりなんだ?」


『わしは行くぞ! 飯と聞いて黙ってられん!』

「ジーヌじゃなぁ……」

『なんじゃと! わしの何が問題なんじゃ! むきーっ!』

 そんなたわいもない話をしながら摂る朝食も、いつもの見慣れた風景だ。

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