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人と竜と鬼と5

 その日の朝、結希奈は徹と地下迷宮の中にある剣術部の部室へと赴いた。目的はもちろん、“戌”のほこら再建のために一言挨拶をするためである。


 ここは地下迷宮の中にあったが、校庭横にある部室棟の近くから入ってすぐで、モンスターに遭遇することもない安全な場所だった。

 入ってすぐに、周囲の木々を切り拓いて造られた三軒の小屋が見えてきた。

 小屋の前で掃除をしていた剣術部マネージャーの岸藍子きしあいこに話をして、中に入れてもらった。


 通された部屋は応接室なのだろうか。八畳ほどの丸太でできた部屋の中央に、やはり丸太でできたテーブルが置かれており、そこに用意された椅子を勧められた。

 木の幹をくりぬいた花瓶に花が添えられていたり、部員の誰かが書いたのか、下手くそ……個性的な絵が飾ってあったり、全体的に温かみのある印象の部屋だ。


「お茶どうぞ。雅治くん……部長達は今呼びに行っているので、すぐに来ると思います」

 来客ということで、着替えたのだろうか。瑞樹が先ほどのジャージ姿でなく、夏服の制服で現れた。


「ありがとう、岸さん」

 結希奈が礼を言う。木でできた器にお茶が入れられている。中には氷が浮かんでいて、今日のように暑い日にはありがたい。


「悪いな、瑞樹」

 徹も頭を軽く下げた。瑞樹は徹の実家である〈浅村道場〉の門下生で、二人は幼いときからの付き合いがあるらしい。


「ん……?」

 瑞樹が徹の前にお茶を置いたとき、徹が何かに気づいた。


「…………? どうしたの、徹ちゃん?」

「お前、痩せたか?」

 その瞬間、瑞樹ががばっと後ずさった。顔を真っ赤にして、両手で胸を隠している。そんな瑞樹を見て結希奈は「かわいいな」と思った。


「ど、どどどどうして……?」

 瑞樹は身体を半分後ろに逸らしながら徹の方を見ている。その顔は耳まで赤く、じっとりと汗が流れてきている。


「いや……なんとなく?」

 徹の方は机に肘を突き、その手に顎を乗せて涼しげな表情でそう言った。「なんとなく、だけどな」とつぶやいた。


「ふぅん、よく見てるんだ」

 結希奈がからかうような瞳で徹を見ると、今度は徹の方が赤くなった。


「ち、違うって! ただなんとなく、なんとなくそう思っただけだって!」

 そして、瑞樹の方に向き直り、少しだけ真面目な表情になった。


「ダイエットもいいけどさ、あんまり無理すんなよ」

「うん……ありがと……」

 瑞樹は下を向いてもじもじしながら礼を言った。顔は相変わらず赤いままだが、その表情は先ほどとは異なり、嬉しそうだ。


 しばらくして北高剣術部の部長、秋山雅治あきやままさはると、港高剣術部部長の金子清かねこきよしが現れた。二人が席に着き、瑞樹は小屋から出て行った。




『ふむ。それで、二人の様子はどうだったのじゃ? おかしな所はあったか?』

 結希奈の話に耳を傾けていたメリュジーヌが詳しい状況を聞く。


「うーん……。あたし、あの二人のことよく知ってるわけじゃないけど、おかしいっていえば、おかしかったよ」


『話してみよ』

「うん……」




「なるほど……事情はわかった」

 秋山が大きく頷いた。秋山の隣には金子。大柄な二人が正面に窮屈そうに並んで座っていると、女子の結希奈からすればどうしても圧迫感を覚えてしまう。隣の徹もどちらかと言えば男子にしては小柄な方だ。


「他ならぬ坊ちゃんからの頼みだ。何でも協力するぜ。で、俺たちは何をすればいい?」

 〈浅村道場〉の門下生である秋山は徹のことを『坊ちゃん』と呼ぶ。


「いや、雅治さんは何もしなくていいんだ。俺たちは挨拶に来ただけだからさ」

 秋山も瑞樹と同じく徹との付き合いは長い。加えて徹は封印後もこの剣術部の部室にちょくちょく顔を出していた。二人の間のやりとりは気安い。


「問題ないよな、金子?」

 秋山はとなりの金子に確認を求めた。北高剣術部と、対外試合に来て北高の封印騒ぎに巻き込まれてしまった港高剣術部はここでは対等の立場で、何事も話し合って決めるらしい。


「ああ。おれにも異存はない」

「ありがとうございます」

 ふたりの同意を得られたので、結希奈は頭を下げ、部屋を後にした。




「じゃあ、いこっか。どっちだっけ?」

「あっちだな」

 徹が指さした。木々の間に岩陰が見える。岩に空いた洞窟の中にコボルト達が祀り、“犬神様”が破壊した“戌”のほこらがある。


「おい」

 二人が歩き出したところで後ろから声をかけられた。振り返って見てみると、先ほど結希奈達が出てきた丸太小屋の扉が開いて、大柄な男子生徒が二人顔を出している。


 いうまでもない。秋山と金子だ。

 剣術部の男子二人は、結希奈達の方へ向けてのしのしと歩いてくる。その表情は険しい。


「どうしたんだよ、雅治さん。そんな顔して」

 徹が男子生徒達と結希奈の間に割って入った。


「お前ら、()()()()()()()()()?」

「え?」


「何言ってんだよ、雅治さん? ほこらを再建するってさっき言ったじゃないか」

「ほこらを……? あの、イヌのモンスターがいたところか?」

「そうだって、さっきも言ったじゃないか。どうしたんだよ、雅治さん。さっきから……」


「おれ達の許可も得ずにか!」

 突然、隣に立っていた金子が激高した。金子は徹を押しのけ、その後ろにいた結希奈の腕をつかむ。


「ちょっと来い。詳しく話を聞かせろ」

「きゃっ、痛い! やめてよ!」

「おい、やめろよ! 何やってんだよ!」

 そこに徹が飛びかかり、もみ合いになる。


「くっ、おい! 離せってんだ!」

 もみ合いの結果、万力のような力で手首をつかむ金子から何とか結希奈を離した。


「結希奈、もう行こうぜ」

 そして、そのまま結希奈の手を引いてほこらの方へと向かおうとする。


「え!? でも、ちゃんと話しなくていいの?」

「いいんだよ。別に、剣術部の敷地ってわけじゃないんだ。俺が筋を通したかっただけだったし」

 徹はそのまま、結希奈の方を振り向かずにつぶやく。


「けど、何だってんだ。雅治さん……あんな他人を見るような目で……。チクショウ!」

 そのままほこらの方へと歩いて行く二人に声がかけられる。

「待てよ」


 近くの木の幹にもたれかかっている小柄な男子生徒。北高の紺色の袴を着て、腰には剣術で使う剣が吊り下げられている。

 袴の前垂れには『炭谷』と書かれている。


 炭谷豊すみたにゆたか


 〈剣術部〉が圧倒された戌の〈守護聖獣〉を一撃で倒した男。徹はこの人物のことをよく知らない。


 剣術の試合では見たことがない。彼は高校入学とともに東京から引っ越してきたと言うが、これまで剣術の試合に出たことはなかったと言っていた。

 剣術部がこの地下迷宮に部室を構えた後、徹が剣術部に顔を出したときにも彼は姿をほとんど見せなかった。部長の秋山によると、彼はその実力により他の一年生とは別に、自由行動を許されていたようだ。


 その炭谷はふらりと身体を預けていた木から身体を起こした。自然体とも言えるその身体からは緊張というものが全く感じられない。


 炭谷は徹達の方を見つめ、不気味に笑う。

「お前ら、勝手にこの俺の領域に立ち入ってただで済むと思ってるのか? え?」


 徹が反発しようとする結希奈を手で押し止め、一歩前に出る。

「誰の領域だって? ここが? 俺の記憶によれば、ここは学校の地下。そして学校の敷地はここにいる結希奈の家が貸してるはずだったが?」


 そして、炭谷をさげすむような瞳で見る。

「あ、もしかしてお前、他人ひとのものを自分のものだって言っちゃうイタい奴?」


 その言葉に、今まで余裕の表情で徹を見ていた炭谷の表情が一変する。

「テメエ! 雑魚のくせに、この俺を……!!」

 炭谷は激高し、腰に掛けている剣術用の剣に手をかけた。


「いいのか? それを抜くってことは、もう後戻りできないぞ。覚悟はできてるのか?」


 徹が警告するが、炭谷は全く意に介さず、無造作に腰の剣を引き抜いた。

「殺す!!!!!」


 その瞬間、これまで感じたことのないような強烈な殺気が徹に向けて襲いかかってきた。


「…………!!」

 その圧に思わず後ずさりした。しかし、何とか踏みとどまった。


「栗山……!」

 結希奈が心配そうな顔で徹を見る。徹は振り返らずに返事をする。


「大丈夫だって。ちょっと痛い目に遭ってもらうだけだからな」

 言って、右手を炭谷に向ける。愛用のスティックを持ってきていない今、己の手のひらが彼の武器だ。


 〈副脳〉にインストールされている魔法をリストアップし、殺傷能力のないものを探す。麻痺の魔法、幻惑の魔法、眠りの雲……。窒息の魔法で一瞬息をさせなくなるのも悪くない。


(いや……)


 思い直した。今目の前にいる炭谷を見る。そんなこけおどしの魔法でどうにかできる相手じゃない。本気でやらないとやられる。正直言って挑発したのは失敗だった。まさかここまでとは。


(けど、結希奈おんなのこの手前、逃げるわけにはいかねえな)


 ひとつの魔法を選択した。インストール済みだ。無詠唱で放てる。

 炭谷はこちらを睨んでいる。が、構えてはいない。身体に力も入っていない。すぐには動けない。


 先手必勝。奴が動くよりも早く行動不能にして、一気に決着をつける。

 腹をくくった。


「光よ――!!」

 瞬間、徹の手のひらからまばゆい光のシャワーが溢れ出した。術者である徹以外の全員が前後不覚に陥る。「きゃっ」という結希奈の声が聞こえてきた。


「どうだ! この距離で剣が魔法に適うわけ――」

 ない、と言えなかった。徹の首筋に冷たいもの――潰された剣身が当てられていたからだ。


「馬鹿か。そんだけ気配を垂れ流してたら見えてるのと同じだっつーの」

 炭谷が徹の背後に回り、その首筋に彼の剣を当てていた。


「今回だけは大目に見てやる。()()()に感謝するんだな」

 そのまま、呆然とする徹を置き去りにして炭谷は立ち去っていった。

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