守護聖獣4
「それ!」
「きゃっ、やったな! それっ!」
「あははははははは!」
生徒達の楽しそうな声が聞こえてくる。慎一郎はそんな中、プールサイドに腰掛け、足先だけを水につけている。
「どうしたの? 泳がないの?」
ぼんやりとプールの中を見つめていた慎一郎は最初、自分にかけられた言葉だとは気づかなかった。
「慎一郎?」
「……? たかは……結希奈」
プールの中で他の部の女子部員と楽しそうに遊んでいた結希奈がいつの間にか目の前にいた。
プールの中にいるのでよくは見えないが、彼女は白いワンピースにピンクの花びらの模様が映える水着を着ている。胸元の大きなリボンと、腰につけられたひらひらのスカートがかわいらしい。清楚なデザインが巫女である結希奈にとてもよく似合っていた。
思わずその姿――特に胸元の谷間に目を取られていると、結希奈がその視界に割り込んでくる。見上げるようなしぐさの結希奈にどきりとする。
『ふははははは! 竜王の華麗なる姿を見よ!』
プールの真ん中でメリュジーヌがはしゃいでいる。この時のために今日プールに来ている全員と〈念話番号〉を交換したので、ここにいる全員がメリュジーヌの姿は見えている。
「もしかして……体調悪い?」
慎一郎の顔を見る結希奈が聞いてきた。
「ん……? いや、大丈夫だよ。どうして?」
「どうしてって、なんか浮かない顔してるから。ね、みんなと遊ぼうよ。せっかくのプールなんだし」
何故か皆に混ざろうとしない慎一郎を心配してくれているのがわかったので、笑顔で答えた。
「いや、おれはここで見てるだけでいいよ。たか……結希奈こそ行ってくれば? あの卓球部の女子、クラスメイトだろ?」
「うーん。クラスメイトって、確かにそうなんだけど、クラスで一緒だったのはほんの一ヶ月かそこらだしね」
入学して一ヶ月ちょっとでこの封印騒ぎに巻き込まれて、それ以来部単位で行動しているのだ。クラスメイトという実感はあまりないだろう。慎一郎もそうだった。
「おーい、慎一郎!」
徹がこっちを見て呼んでいた。
「行こう、慎一郎。さ、こっち」
結希奈が手を引っ張った。予想外の結希奈の動きに慎一郎はそのまま頭からプールの中に落ちた。
「うわっ! わっ、わわわっ……! うぷっ……!」
結希奈に手を繋がれたままもがく。頭が沈む。勝手に水を飲み込んでしまう。
足が付くとわかっていてもパニックは収まらない。このまま底に沈んで……。
「大丈夫か?」
脇に手を入れられ、身体を引き上げられた。気がつくと、徹が慎一郎を支えるように立っている。結希奈はまだ慎一郎の手を握ったままだ。
「げほっ、げほっ。だ、大丈夫……」
咳をしながら何とかそれだけは伝えられた。
「いや、けどお前……」
「大丈夫だから」
徹の方を見て、笑ってみせる。もう足は付いているから問題ない――
「あーっ!」
結希奈が叫び、そしてその表情が笑顔にゆがむ。それは他人の隠しごとを見つけたような、意地の悪い笑顔だ。まさか、気づかれ――
「慎一郎。あんた、泳げないんでしょ!」
「!!」「……!!」
慎一郎と徹が何故か同時に驚いた。
「な……! ち、違……!」「“慎一郎”って、お前らいつの間に……!」
慎一郎と徹が別々の理由で同時に叫んだ。
「だいたい、こんな水が腰までしかないところで溺れるわけが……」「俺のことも名前で呼んでくれよ、結希奈!」
「嫌よ。誰があんたなんか……って、え?」
結希奈が目を丸くした。慎一郎も徹も訳がわからず、結希奈の顔を見る。
「慎一郎、あなたさっきなんて言った?」
「え?」
「だから、今なんて言ったかって聞いてるの!」
「えっと……溺れるわけない?」
「そうじゃなくて……その前!」
「こんな浅いところで……?」
「そう、それよ! 腰までしかないところって……。ここ、こんなに水、少なかったっけ?」
結希奈が水面に手のひらを打ちつけてばしゃばしゃさせながら主張する。
そう言われてみればそうだ。さっき――徹に助けてもらったときは間違いなく胸の高さまでは水位があった。しかし、今は腰の高さまでしかない。
「どっかから水が漏れてる……?」
そうだとしたら一大事だ。しかし、現実はそれ以上だった。
「おい、結希奈、慎一郎! あれ見ろ!」
徹が指さした方を慎一郎も結希奈も見た。そこにいたのは――
『ふはははは! お前たちよ、このわしがやられっぱなしだと思ったら大間違いじゃ! これを見よ!』
いつの間にかプールサイドに上がっていたメリュジーヌ。彼女は両手を大きく頭上に掲げていた。その上には――
「な、なんじゃありゃあ!」
直径三メートルはあろうかという巨大な水の塊――水球がメリュジーヌの頭上をぐるぐる自転していた。普段から魔法の力で剣を宙に浮かべて自在に操る彼女だ。これくらいは造作もない。
銀髪の幼女は据わった目で口元に笑みを浮かべている。遊びに夢中になって我を忘れている表情だ。
『卓球部に陸上部! わしの遊びの実力、思い知るがいい!』
メリュジーヌは卓球部と陸上部の生徒達と遊んでいて、水をかけられっぱなしにされていたようだ。彼女の姿は〈念話〉による立体映像だが、それでもやられっぱなしは気が済まなかったと見える。
『そりゃ!』
メリュジーヌが掲げた掲げた手を大きなボールを投げるように前へ突き出す。魔法の力で球形をなしている水の塊はゆっくりとプルーの方へ飛んでいく。
「きゃああ!」「うわわっ!」「やめ――」
生徒達の悲鳴と一部の静止する声が聞こえたが、それらはすべて巨大な水球に押し流された。
プールに落下した水球はその時点で魔法による結合を解き放たれ、プールの中の水と生徒達を散々引っかき回した挙げ句にプールの中には収まらず、多くが生徒達もろともプールサイドへと流れ出していった。
結局、プール開きはそれで打ち切られ、騒ぎを起こしたメリュジーヌ――を擁する〈竜王部〉がこの日のプール掃除と、翌日のための水を張るという罰を受けた。
しかし――
『すぅ、すぅ……むにゃむにゃ……。わしは誰の後塵も拝することはないのじゃ……』
当のメリュジーヌは魔法の使いすぎで疲労困憊し、すっかり眠ってしまっていたのであった。