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謎の地下迷宮2

文部魔法省(もんぶまほうしょう)の……渡辺さん?」


 市民病院近くの喫茶店でその男に渡された名刺を見る。そこにはシンプルなデザインで『文部魔法省情報課 渡辺(わたなべ)』とだけ書かれていた。


 文部魔法省とは教育と魔法を司る省庁だ。と、それくらいは高校生の慎一郎も知っていたが、逆を言うとそれくらいしか馴染みのない言葉ともいえる。


『いかにも怪しい男じゃの。何者じゃ?』

「国家公務員……役人、かな」

『なるほど。合点がいく。六百年前も現代も小役人というものは怪しい奴ばかりじゃ。力もないくせに謀略でわしを謀ろうとする』

 どうやら、メリュジーヌは昔役人に不愉快な目に遭わされたらしい。険しい顔で渡辺を睨みつけている。


「今、竜王陛下と話してたの?」

「え……そうですけど……」

「ああ、本当だったんだ……」


 渡辺と名乗った三十代後半くらいの、茶色の安っぽいスーツを着た、いかにも公務員といった感じの眼鏡の男性は、注文したコーヒーに手をつけながら話を切り出した。


「君があの竜王メリュジーヌを召喚したと聞いてね。われわれとしても一応情報を収集しておかないといけないって事で、ま、内閣府や総務省なんかと揉めたんだけど……ってこれは関係ない話だった」


 渡辺はコーヒーを一口飲んで、顔をしかめ、テーブルの上に置いてあるミルクをひとつと、スティックタイプの砂糖を三つ、コーヒーカップの中にぶち込んでかき混ぜた。


「ところで、お父さんは元気? 浅村主任……おっと、今は主任じゃなかったかな?」


「父をご存じなんですか?」

「あれ? 知らなかった? 君のお父さん、ここへ来る前は霞ヶ関で官僚やってたんだよ。いろいろあってこっちに出向してきて……。あ、これ、言っちゃダメな話だったかな? あはは」


 あははと頭を掻くが、そのきっちり七三に固まったヘアスタイルは全く崩れることはない。きっちりしすぎて不気味なほどだ。


 何かいろいろと口の軽そうな男だが、これで情報課とやらが務まるのだろうかと慎一郎の方が心配になってくる。


「まあいいや。昔、僕がまだ新人だったことに上司だったのが浅村さん。いや~、あの頃はいろいろ世話になったなあ。今度顔出しますって伝えておいてくれないかな?」

「はぁ……」


『なんじゃこいつは? 昔話をするためにこんな所まで呼び出したのか?』


「それで本題なんだけど……あ、どうしたの? 全部僕のおごり……といっても経費なんだけど……って、これも余計なことだな。飲んでいいよ」

 と、テーブルに置かれたコーヒーを勧める。


「お姉さん、こっちの少年にこのステーキセットとシーザーサラダ。ご飯大盛りでね」


「いや、それは……」

「いいからいいから。どうせ経費なんだから。若者が遠慮するものじゃないぞ」

 慎一郎の話も聞かず、呼ばれてきたウェイトレスに勝手に注文を始める渡辺。


「それでね。君が1396年以来、消息不明だった竜王メリュジーヌを召喚したって聞いて、他の省庁に出し抜かれちゃ適わないって急いでやってきたってワケ。あ、大丈夫。ちゃんと話はついてて、このあと他の省庁の人たちが君につきまとうって事はないから。そこは安心して」

 そしてごくごくとコーヒーを飲む。今度は苦くなかったようだ。


「で、取り敢えずなんだけど……」

『断る』

「え?」


 メリュジーヌの即答に思わず彼女の映像が腰掛けている隣の席を見る。メリュジーヌは腕組みをして険しい表情をしていた。


『断ると言っておる。何を言い出すのか知らんが、このうさんくさい男の言うことなど、なにひとつ聞いてやらん』


「僕も竜王陛下と話をさせてくれないかな……と。あれでしょ?〈念話〉で話してるんでしょ?」

 市民病院の医師と違ってとても物分かりがいいようだ。しかし――


「って言ってるけど……」

『断ると言っておる』

 取り付く島もないので、その旨渡辺に伝えてやった。


「うーん、困ったな……。竜王陛下と直に話ができないと、ぼくが上から怒られちゃうんだけどね……。いや、それほどは困らないんだけどね」


 どっちなんだよ。と思ったところでウェイトレスが先ほど渡辺の注文した料理を持ってきた。


「お待たせしました。ステーキセットライス大盛りとシーザーサラダです」

『おお! これは美味そうじゃ!』


 市民病院の前で渡辺に声を掛けられてから終始不機嫌だったメリュジーヌの顔が一瞬にして笑顔になる。


『シンイチロウ! 早く食うのじゃ! まずはあの肉からじゃ! 肉、肉!』


 ご丁寧なことにメリュジーヌの目はらんらんと輝き、口からはよだれが出て手で拭っている。〈念話〉の映像のはずなのだが。


「あ、お姉さん。追加でこの海鮮丼とあとビールも」

「かしこまりました」


「へへ。僕もお腹空いちゃってね。あ、これ本当は行けないことなんだけど、内緒ね」

 『僕も』って、腹が減ったとは一言も言っていないのだが……。慎一郎はそう思ったが、メリュジーヌがうるさいのでナイフとフォークを手に取り、ステーキを口に運び始めた。


『ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~! 実に美味い! ただ肉を焼いただけなのに、六百年前とはこんなに違うものなのか? ほれ、何をしておる? 早く次の肉を口に入れるのじゃ! あと、そっちのサラダもじゃ!』


 メリュジーヌに言われるがまま食事を口に運んでいると、渡辺は信一郎が腹を空かせていると勘違いしたようだ。


「いやぁ、やっぱり若い人の食いっぷりは見ていて気分がいいね」

 と、ニコニコしながらウェイトレスが先に持ってきたビールをごくごく飲む。ちなみに、外はまだ明るい。


『うほっ、酒じゃ! わしにも酒を飲ませろ!』

「さすがにそれは……。おれ、未成年だし」

 仕事もそっちのけで酒を飲み始めた公務員と、肉だ酒だと頭の中でわめき散らす竜王の間に挟まれ、慎一郎は頭痛を覚えるのであった。




「ありがとう。助かったよ」


 結局、話をしてくれないメリュジーヌに変わって慎一郎が『竜人在留登録証』なるものを代筆させられた。


 すでに日は暮れ、街灯がつき始め、あたりには家路を急ぐ人が歩いている。


「竜人ってほら、とてつもない力を持ってるでしょ? だから国としては竜人のひとりひとりがどこにいるかしっかり管理しておかないと困るわけなんだよ」

 と言い、この書類の記入を求めてきたのだった。


「それじゃ、僕は帰るけど、主任……お父さんによろしくね」

 と、いい残し、去って行った。


「何だったんだ、あの人……?」

『よいではないか。わしは実に満足じゃ』

 ステーキとサラダだけでなくハンバーグもシチューもラザニアもあれもこれも慎一郎の腹がパンパンに膨れ上がるまで食べきったメリュジーヌは満足げだった。


『よし、帰るぞ、もうじき夕食の時間じゃ』

「もう米のひとつぶも入らないぞ!」

『なんじゃと! 人間の胃袋はかくも小さいものか……』

「お前が食べ過ぎなんだよ!」

 などと言いながら、最寄りまで出ているバスに乗り込むのであった。




 駅前まで行くとさすがに人が多い。スーツと眼鏡、七三に分けた髪の男はまるで木を隠すには森の中、と言わんばかりに人混みの中に溶け込んでいく。

 周囲に彼を気にする者は誰もいない。


 男はこめかみに指を当てた。〈念話〉のジェスチャーだ。

「もしもし、次官ですか? ええ、私です」

 男は話し始めたが、その言葉は〈念話〉相手意外には意味をなす言葉となっては届かないであろう。


「はい。確認しました。予定通りです。はい、手配をお願いします。はい、はい。では、スケジュールに変更はないということで。はい、わかりました」


 そうして男は夜の闇の中へ消えていった。

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