青い街
「待ってくれー」僕は、あのバス目がけて一目散に走っていった。
バスは、最後の乗客が乗り終え正にドアが閉まろうとしていた。
「間に合わなかったか。。。」
ギリギリで間に合ったと思っていたのに、ドアは空しく閉まり出発しようとしたその時、ドアはもう一度開いた。
「やったぞ。僕は運がいい!」ほっとしたのもつかの間、中はかなりの満員で本当に乗れるのだろうかという疑問が沸いたが、何とか背中の荷物を最小限につぶしてほんの隙間にすべりこむことに成功した。
バスは、僕が乗り込んだ瞬間、すぐに出発した。
ようやく、あの街に行ける。夢にまで見たあの街に。寂しさよりも嬉しさが上回っている。
あの街の為に、僕は毎日毎日嫌な事ばかりの日常を耐え抜いてなんとか生きていた。
もうあそこには戻りたくない。
「痛っ」何かが僕の腕に当たった。なんだろう、何かこう固いものが当たった感触。
首だけ右にちらりと動かすと、肩にカバンをかけた女がいた。どうやらこの女のカバンの角が当たったらしい。
こんな満員で肩にかけたら確実にカバンの角が人に当たるだろうに。あやまりもしないでひどい女だ。
首だけ再び戻すと、今度は背中に固い者が当たる。さっきの女のカバンとはちがう固さだ。痛みはないのだけど、ギュウウって押さえつけられている何とも不快な感触だ。
あ、この感じは僕はすぐに分かったぞ。リュックだ。僕も持っているけどこんな満員で背負ったまま乗るなんて迷惑極まりない。前に持って床におくだけで、もう1人乗れるかもしれないのに。
ああ、だからこの街の住人は苦手なんだ。自分のことばっかり考えて人に対する思いやりのかけらもありゃしない。
周りを見渡すと相変わらずスマホに夢中な人ばかり。ほかにやる事ないのかっていうぐらい。
どこを見てもスマホ、スマホ、スマホだらけ。まぁ、人に迷惑かけてないからいいのかもって思っていた矢先、隣の男のスマホを操作する指が僕の左肩に時々当たってうっとうしい。
ゲームでもやっているのか同じ動きがいったりきたり、その男はこの指が他人の誰かに当たっている事等まったく気にしていないようだ。
せっかく運良くこのバスに間に合ったのに、乗客のマナーの悪さにウンザリした。
こんな事に腹を立てている自分もまだまだ修行が足りないのか。
バスはいつのまにか次の停留所で止まった。乗客が何人か降りるらしい。
お、今僕の目の前の人が降りるみたいだぞ。わぁ、うれしい。こんな満員で座れるなんてかなりラッキーだ。
ようやく機嫌が直った僕が正に座ろうとした時、ありえないことが起こってしまった。
僕の目の前に開いた空席が、あろうことか別の誰かに座られてしまったのだ。
い、いつの間に座ったんだ。そいつはどこからともなく急に現れて、急に座ってしまった。
おい、お前。ポジション的に、この席は僕が座るのが自然だよな。なんでお前なんかが先に座るんだよ。 こんな風に直に言ってやりたかった。けど、目の前に座った男はいかにも怖そうな風貌でとても文句は言えない状況だ。
それにこんなつまんない事で、けんかになってあの街に行けなくなったら困るし、ここは怒りたい気持ちを抑えてしかたなく平常心を保つ事にした。
た、楽しいことを考えるんだ。えーとあの街に着いたらまず、青い服を買おう。そして青いレストランで腹ごしらえだ。どこを見ても街中が青だらけの不思議な街。僕の住んでいる黒い街とは大違いだ。
早く到着しないかな。
バスは、黒い街を出発して、赤い街、緑の街、黄色の街、、、あとは忘れた。いくつかの街を通過していよいよ終点青い街に到着した。 「終点。青い街」アナウンスとともに、人がバスからドンドン降りて行く。満員のバスはあっという間にガラガラになっていく。
おっとっと。僕は急にバランスを崩し、前に倒れそうになった。
どうやら後ろの人が僕の背中を押したようだ。そいつは、悪びれる様子もなくさっさと僕を抜かして当たり前のようにバスから降りて行った。
あーあ、最後の最後に嫌な目にあっちまった。まぁ、到着したから良しとしよう。
ようやく僕の番がきた。えっとキップは確かこの右ポケットにいれたはず。
「え、嘘だろ!キップがないっ」乗るときはちゃんと入れたのに。念の為左ポケットも確認したが見つからない。どうしよう。。。
「ちょっと!早く降りてくれない」さっきのカバン女がすごい形相で文句を言って来た。何か言い返したかったけれど、今はそれどころではない。「すみません」といって僕は一番後ろの席に移動して、もう一度キップを探した。
僕の荷物をひっくり返して一つ一つキップの場所を探す。
でも、キップはちっとも見つからなかった。
みるみるバスの乗客が降りて、気がつくとバスに残っているのは僕1人になってしまった。
「お客さん、どうされました?」心配したバスの運転手が話しかける。
「キ、キップをなくしました」僕は正直に答えた。
「それは困りましたね」とバスの運転手。
「何とかなりませんか」ダメモトで聞いてみた。
「何とかしてあげたいのだけれど、このバスは数年に一度しか走らない特別なバスなんでね」
「はい、知っております。キップは本当にあったんだ。信じてくれ」
「そう言われてもね」
「あのう、どうされたんですか?」僕たちのやりとりを聞いていた通りすがりの青い男が話しかけて来た。
「この人、キップをなくしたみたいでね」
「何だそんな事、私がキップをさしあげますよ。それでいいですよね」
た、助かった。僕はこの親切な青い男のお陰で無事にバスから降りる事ができた。
「ありがとうございます。とても助かりました。このお礼はいつか必ずいたします」僕はこの青い男に精一杯の感謝の気持ちを述べた。
「この街は初めて?」
「はい、ずっと憧れててようやく来る事ができました」
「そんなにいい街ではないよ。何にもないよ、この青い街は」
「えっ、僕の街では青い街のいい噂しか聞きませんでした」
「そうなんだ。噂通りのいい街だといいね」
「えっ、どういう事?」
「隣の芝生はやはり青くみえるんだね。青い鳥の話も同じ。青にはあんまりいいイメージないんだけどな。まぁ、せいぜいがんばって!」
笑いながらその男は僕の前を通り過ぎた。
取り残された僕は、青い街をゆっくりと眺めた。
青い男の言った通りそこは何もない廃墟の街だった。
だけどそこは、ただただ空が青くて海が青かった。