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寄り道

 だが、課題は早速やってきた。


「どう!?」


 目の前に、可憐な少女がいた。


 フリルの袖がついた膝下丈の淡いピンクのワンピースを纏い、ちょこんと立っている。襟には縦に切れ目の入ったデザインを細いリボンで結び、腰を強調する太いリボンも同じ鮮やかな紫だ。それは少女の瞳と同系色で、全体的によく調和していた。


 とても先程までの、ぼさぼさでみすぼらしかった孤児と同一人物とは思えない。


「べ、別人――ぶっ」


 思わず本音が漏れたところに、店の鞄が飛んできた。ティスが風でぶん投げたのだ。


「な、何すんだっ」


「似合ってる。可愛いよ」


 鼻を押さえて抗議したアフィはまるで存在しないかのように、イリシオスがそう答える。

 ティスはまるで自分が褒められたかのようにその場に飛び跳ねた。


「きゃあっ。やっぱり? やっぱり?」


 うふふ~、と頬を押さえてご満悦だ。


 それもそのはず、こんなことになったのは、そもそもティスが大通りにあった古服屋を見付けるや否や、飛び込んでいってアリシアの服を見繕ったからだった。

 イリシオスがそれを持って店員に試着を依頼すると、当然のごとく嫌がられたが、チップを渡すとすぐに奥の部屋を案内した。


 そして戻ってきての第一声が、あれだ。


「…………」


 しかし着せられている当の本人はというと、相変わらず喜んでいるのかどうかさっぱりだ。


 アフィは、ティス以外の女性と接したことなどほぼ皆無と言っていい。しかも感情の見えない相手に服の感想を言うなど、超のつく難問と言えた。

 ついじっと見ていたら、アリシアの濃紫の瞳と思い切りぶつかってしまった。逸らすことも出来ず、取りあえず、正直に答える。


「さ、さっきよりは、マシじゃないか?」


「もう、アフィ!」


 今度は靴が三つも飛んできた。今度はなんとか(かわ)す。


「他になんて言えっていうんだよ! どうせ、長旅には不向きだって言っても怒るんだろうがっ」


「あったりまえでしょっ? 女の子の服をなんだと思ってんのよ!」


「機能!」


「バカアフィ!」


 ついにティスが銀髪を逆立てた。これ以上店を荒らすと追い出される。

 そうなる前に、アフィは自主的に店を飛び出した。





「アフィ、こっち!」


 魚と芋のフライを買い食いして戻ると、古服屋の前にいたティスが手を上げた。


(なんだ、機嫌治ってるみたいだな)


 どう謝ろうかと考えていたアフィは、その様子にすっかり安堵した。何も考えずに近付いくと、目の前でティスがひょいと横に避けた。


「……っ」


 驚いた。


 そこに、ティスにも劣らない美しい少女がいた。


 老婆のようだった髪は艶が出るまでに梳かされ、三つ編みにして両肩に垂らされている。長かった前髪も綺麗に切りそろえられ、現れた瞳は意外なほど大きく円らだ。

 古服屋に水も借りたのか、顔の汚れも綺麗に洗い落とされ、白くなった肌が陽の光を受けてきらきらと輝いている。髪は元の青みがかった美しさを取り戻し、唇も、蜜を塗ったのか少しだがぷっくりと艶がある。


「え、これ、アリシアか?」


 思わず動揺して指をさしてしまった。だがティスはその反応に満足したのか、今度ばかりは怒らなかった。


「そうよぅ。見違えたでしょ?」


「あ、あぁ」


 そうとしか答えられなかった。


 他にも、小さな腰袋や歩きやすそうな革長靴(ブーツ)も揃えられており、長旅にも文句はないだろうというティスの主張がありありと窺える。

 と、それまで無言だったイリシオスが、隣に並んでとんと小突いてきた。何か言えということのようだが、イリシオスのように言えるはずもない。


 結局、アフィが口にしたのは、


「そんな格好だと、森の中は歩きにくいし、すぐ疲れるぞ。いいのか?」


 だった。


 ティスは触れないために、自分の服を選ぶということが出来ない。ティスの好みを押し付けられたのではないかと(おもんぱか)ったのだが、我ながら何という情緒のなさかとは思った。


(ダメだ、オレ……)


 自分の不甲斐なさに思わず項垂れた時。


「初めて、だけど、これがいい」


 アリシアがアフィを見上げて、そう言った。その真っ直ぐな眼差しに、アフィは知らず息を詰めた。

 それは会話と言うには随分ぎこちないものだったけれど、不思議と言いたいことは察せられた。

 恐らく、初めて着るような服だが、気に入ったということなのだろう。


(っていうか、そういうことは考えるんだな)


 何も考えていないし感じていないのかと思っていたが、どうやらティスの言う通り、そうでもないらしい。


「そ、そうか」


 どうにか、それだけ頷く。会話は、それで終わりだった。

 代わりに、そのやり取りを見守っていた外野が急に勢いを取り戻す。


「イル、アリシアが嬉しそう!」


「あぁ、そうだな」


 ティスがきゃっきゃとはしゃぎ、イリシオスがどこか満足そうに頷く。


「良かったね、アリシア! アフィは口は悪いし単細胞だしお世辞言えないし無神経だし」


「悪口か!」


「でも、嘘はつかないから」


「…………」


 ティスの全く褒めていない微妙なアフィ評に、アリシアはやはり無言でこくりと頷いた。




          ◆




 コリアスの町で襲われたこともあり、この町でも服以外は食料を買い込むだけにして、四人はすぐに出発した。


「王都に行く」


 イリシオスがそう口にしたのは、主要街道に出て西に進み、数日が経った頃だった。

 いつも目的地は大抵知らせられないのだが、今回はアリシアがいるからだろうか。


(女の子がいるって、いいなぁ)


 アフィは改めて、しみじみとそう感じていた。


 アリシアは今まで買われた家で家事労働全般を手伝わされてきたらしく、何をするにも手際が良かった。特に料理は、今までほぼ焼くだけだったのが、それ以外の加工が登場し、一気に食味が豊かになった。

 今もまだアリシアは必要時以外ほとんど口を開かず、ティスの与太話に神妙な顔で相槌を打っているが、ただいるというだけで、イリシオスの配慮のおこぼれがある。


 アリシアを連れていくと聞いた時はなぜと思ったが、アフィも少しずつ悪くないかもと思い始めていた。


「王都? なんでまた」


「足跡を辿り直す」


 イリシオスは、ずっと誰かを探している。それが誰かを聞いたことはないが、以前にはアルワード王国の王都に住んでいた身分ある者だろうことは、旅を共にする中でアフィも気付いていた。

 西隣のパエストゥム王国や、東隣のヴェルギナ王国まで足を運んだこともあるが、収穫はなかった。相手が身を隠しているなら、一度原点に戻って追跡し直すのも手ではある。だが。


「危なくないか?」


「着く頃には祭りが始まる。人の出入りが激しくなるから、紛れ込むには丁度いい」


 どこからそんな自信があるのかと思うくらいには、イリシオスは泰然自若としていた。

 敵の本拠地や勢力は不明だが、人出が多いなら敵もまた潜り込みやすいと考えられるのだが。


「まぁ、闇雲にあちこち歩いても仕方ないか」


「私のイルが闇雲に歩くわけないでしょっ?」


 何気なく零した返答に、思わぬ所から攻撃を喰らった。ずっとアリシアに引っ付いていたと思っていたティスだ。

 また石をぶつけられてはかなわないと、アフィが走り出そうとした時、


「王都……」


 アリシアが、ぽつりと単語を拾った。


 それをどうするつもりだったんだと言いたくなる大量の小石とともに飛び上がっていたティスが、ふわりとアリシアの隣に戻る。


「怖い?」


「…………」


 ティスの問いかけに、アリシアは頷くとまではいかない様子ながら、首を動かした。


(『怖い』?)


 何が、というアフィの疑問はけれど、続くティスの言葉で別の驚きに変わった。


「アリシアも、誰かを探しているんだよね?」


「!」


 アリシアが僅かに目を見開く。次に現れたのは、少なくない警戒だった。


(ティスのやつ、どうやって知ったんだ?)


 今ばかりはアリシアの気持ちが分かる、と思いながら、アフィは不思議な偶然に、思わず言うつもりのない言葉が口をついていた。


「オレも、探してるんだ。それに、イリシオスも」


「…………」


 だからアリシアの目的も分かるという道理は全くないのだが、アフィを見上げる濃紫の瞳は、気休めかもしれないが少しだけ緩んでくれた。


(そっか。突然変な奴らの旅に連れ回されて、目的も分からないままじゃ、そりゃ怖いよな)


 不当に売買され、過酷な労働に従事させられている子供の大半は、逃げ出したいと思いながらも行くあてもなく使い捨てられる。アリシアも似たような境遇だったろうが、それでも突然現れた怪しい連中に引きずり込まれれば怖いばかりだろう。


(思えば、まともに名乗ってもいなかった)


 そのことに気付いたアフィは、改めてアリシアに体をまっすぐに向けると、からりと笑った。


「オレはアフィ。多分十五だ」


「……多分?」


「子供の頃、色々あってさ、ちょっと記憶が曖昧なんだ」


 実際には、物心つく頃に誘拐され、その後の訓練のせいで昔のことを全て忘れてしまったのだが、言っても気を遣わせるだけだ。

 そう思ったのだが、返されたのは意外な一言だった。


「……私も、同じ」


 一瞬、何が、と言いそうになったアフィはけれど、その瞳に微かな安堵を見付けて、言葉を呑み込んだ。親近感ではないが、イリシオスがそういう子供を放っておけない性質(たち)だと思ったのかもしれない。


「そっか」


 なんの根拠もないが、なんとかやっていけそうだと、アフィはもう一度無邪気に笑う。


「ね、ね。手は繋がないの?」


 イリシオスの肩の向こうからにやにやと茶々を入れるティスは、勿論無視した。


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