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終章

これで完結になります。

 導きの友愛(オビディアフィリア)の大捕り物から、早くも一月ほどが経とうとしていた。

 その間、アフィとアリシアはグレクの許可を得て、王都に宿を取っていた。捜査が一区切りつくまでは、目の届く範囲にいろとのお達しがあったからだ。


 グレクの隊主導で始まった捜査は、しかしそれほど大がかりになる前に収まった。

 主犯として捕縛されたエイレーネとサマラスの二人が、どちらも自分が信者を操り扇動していたのだと言って譲らず、結局残る他の信者は、身元を確認できた者から順次解放されたからだ。


 しかしそのエイレーネも、投獄四日目の朝には冷たくなっていたのを確認されている。

 それをサマラスに知らせると、


「元々、ご自身の命を削って生きてこられたような方だから」


 と呟いたという。まるでこうなることを知っていたような口振りだった。

 しかしその後、衛兵が牢を去る時にぽつりと零された、


「追いかけていかれたのだ……」


 という言葉の方こそサマラスの心情を表しているようで、アフィは少し参った。


 実際、屋敷を捜索中だった班からは、翌日には男性の遺体が白骨化していたと報告が上がっている。身元は不明として処理された。


「二人の遺体は、どうするんだ」


「ま、共同墓地に埋葬だろう」


 すっかり敬語を諦めたアフィの問いに、グレクは簡潔にそう答えた。


 エイレーネがパゴニス神教国の王女だという話は、結局グレクの中に留めたままになった。遺体の男性についても、エイレーネの呼んだエラスティスという名前で探すこともできると言われたが、アリシアがやめてほしいと頼んだのだ。


「死んでまで引き離す必要なんて、どこにもないわ」


 それは、あの屋敷を後にしてからは決して見せなかった愁色だった。


「できれば、あの教会のある丘の上に、二人だけで埋めてあげたいのだけど」


「犯罪者だからな。あなたが身元引受人を名乗り出てもいいが……難しいだろう」


 帰り際、アリシアが迷った末にそう告げたが、グレクは申し訳なさそうに首を横に振った。





 まだ後片付けが細々残っていると言って、グレクは早々に帰っていった。


 まだ王都からは出るなよとも釘をさされたが、それなら世話になった人たちに挨拶して回りたいと言うと、それくらいならと許可が下りた。王都から離れなければという条件だったが、二人は真っ先に教会近くの村に出向いていた。


 もう十五年も前のことだから忘れられているかとも思ったが、探し人が見つかったことを報告して、きちんと感謝を伝えたいと思ったのだ。


「その節はお世話になりました」


 グレクの勧めた手土産を持って訪ねると、少しだけ白髪と皺の増えた女性が、「まぁ」と目を丸くして出迎えてくれた。


「十五年前、教会で怪我をしていたところを拾っていただいた者です。随分遅くなりましたが、やっとお礼を言いにくることが出来るようになったので」


 玄関先で早口にそう告げると、女性は随分と背の伸びたアフィと、その隣にぴたりと寄り添うアリシアを交互に見比べて、とても嬉しそうに破顔した。


「良かったわね。探していたひと、見つかったのね」


 詳しい事情を説明する前にそう言われて、アフィは心底驚いた。

 話を聞くと、保護されていた時に話していた内容が次々に現実に起こるものだから、彼は本当に人間だったのかしら、とよく思い返していたのだそうだ。


 すると親父が、


「あんなぼろぼろで一人じゃ何もできそうにないガキが、人間じゃなくて何だってんだ」


 と答えたという。


 その声のぶっきらぼうな様子さえも耳に蘇るようで、アフィは妙に嬉しくて、同時に気恥ずかしくもあった。未来を知り、何もかもを自分で防ぐのだと構えていた慢心を見透かされたような気がしたからだ。


 教会近くのとはまた別の畑に挨拶に行くと、同じく白髪と皺と、更に貫禄の増した男が黙々と鍬を振っていた。その隣にはアフィを死体呼ばわりした息子が、すっかり成人して手伝っている。耕したそばから畑を荒らしている二人の子供は、弟妹だろうか。


「なんか、不思議。こんなに時間が経ってたんだね」


 遠巻きにしみじみと眺めていたアリシアが、眩しいものを見るように目を細めた。

 時間の流れは万人に平等なはずだが、実際彼らの営みを見ているとそう思わせる何かがあった。


「あぁ、そうだな」


 頷くと、丁度顔を上げた親父と目が合った。頭を下げると、すぐに作業に戻ってしまったが、その後でひらりと一振り、左手を上げてくれた。


 また別の日には、王都で下宿していた女性のところにも顔を出した。


 寡婦だった彼女も、この十五年で再婚したのだと逆に報告されてしまった。相手は驚いたことに、アフィの照灯持ち(ファロティエ)時代の同僚だった。アフィが黙って王都を去ったあとで「色々あった」らしく、気付けばくっついていたというのが彼女の説明だ。


 元の職場にも挨拶には回ろうと思っていたので、アフィは微笑ましい家庭に水をささないためにも早々にお(いとま)した。


 そうやって、二人は初めてと言っていい程穏やかに、王都内を巡った。

 こんなにもゆったりと時間が流れるのを、アフィもアリシアもこそばゆいような、少し寂しいような不思議な思いで感じていた。


「まるで、子供が巣立って時間を持て余している熟年夫婦みたいだな」


 初めて四人で王都を訪れた際、屋台の肉を頬張っていた路地を、アリシアが見付けた。それを眺める横顔がどこか寂しげで、思わずそう呟いていた。

 するとアリシアがバッと振り仰いで、次にはぷぅ、と頬を膨らませた。


「やっぱり、アフィって情緒ない」


 ぷいとそっぽを向いたその仕草は、三十路の女性がするにはいかにも子供っぽかったが、ティスを思わせて、アフィは自然と頬を緩めていた。


「悪かった。そういう意味じゃないって」


「つーん」


 苦笑しながらが悪かったのか、少しも振り返ってくれない。仕方なく、その肩に流れていた緩い三つ編みの片方を掴み、くいっと引っ張る。そこで、一つのことに気が付いた。


「この髪型、もしかして久しぶりか?」


 髪を左右二つに分け、緩く二、三回ずつ編んだだけのものだが、思えばこの髪型は十五歳だったアリシアがしていたものだ。過去に飛んだ時に解けてしまったのか、ティスの間は背に流すままだった。


「……やっと気付いたの?」


 片方の髪を掴まれたまま、アリシアが顔だけ上を向いてアフィを見やる。その仕草もまた幼くて、そう言えばティスの時は魂に精神を合わせていたのかなと関係ないことを考える。それがいけなかった。


「なんだ。まだ十五歳の気分なのか? もう三十路の体に戻ったんだから、そろそろ気持ちももど」


「バカアフィ!」


 久しぶりに石――ではなく道に落ちていたゴミが顔面に容赦なく飛んできた。ひょいと避ける。


「なんか、ティスに怒られてるみたいだ」


「もうっ、知らない!」


 ついに見限られたらしく、アリシアがずんずんと歩き出す。喋れば喋る程アリシアを怒らせてしまうようだ。


(わざとだって言ったら、また怒るかな)


 結果は目に見えていたので、代わりにぐっと腕を伸ばしてアリシアを背中から抱きすくめた。


「ッ?」


「嘘だよ。あの頃みたいで、嬉しいよ」


 驚くアリシアに構わず、耳元でそう囁く。返事はなかったし、顔はやはり反対側を向かれてしまったが、目の前の耳は真っ赤なので、アフィとしては満足だった。


「……アフィって、なんか性格変わった?」


「ん?」


 ちらりと視線だけを向けてくるアリシアの目許も赤く、肌が白いだけにそれは美しく際立った。


(そういえば、赤面するアリシアって、初めてかもな)


 心を奪われていた間は勿論だが、取り戻したあとも、こういった表情は見せたことがない気がする。ずっと苦しんできた罪の意識を、やっと消化できたからだろうか。


「うーん。一つ、したいことができたから、かな」


「え、なになに? そう言えば、アフィの希望って聞いたことない」


 待機命令中にぼんやりと考えていたことを口にすると、アリシアは腕の中で器用に体を回転させて振り向いた。濃紫の瞳をきらきらと輝かせて、続きを待っている。


 この美しさがどう変わるだろうかと、期待と不安を()い交ぜにしながら、アフィは口を開いた。


「全部が終わって、サロリナ王妃に会えたらさ」


「うん」


「名乗るにしろ黙ってるにしろ、ちゃんと王妃の許可を得て、アリシアを俺のものにしたいと思って」


「……そ、れって……」


 思いがけない発言に、アリシアの双眸がみるみる見開かれていく。その二つの綺麗な宝石が零れ落ちてしまう前にと、アフィは愛しさを溢れさせるように言葉を繋げた。


「アリシア。俺と結婚してくれ」


 力強く言い切る。アリシアの頬がじわりと薄紅に染まり、次にはその細腕をいっぱいに伸ばしてアフィの首に飛びついた。


「…………はい!」





 その後、グレクの協力を得て再び新たな旅に出る二人だが、サロリナ王妃が泣きながら二人の子供を抱きしめて祝福するのは、もう少し未来のことだ。


どいつもこいつも、幸せになればいい。

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