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再会

ここから青年編(今さら)始まります。

いや、三十路だからもうおっさ……。

 翌朝、三人は登ってきたのとは違う方角から山を下りた。


 王都からは離れる向きに進み、なるべく栄えた町を目指した。


「医者がいなきゃダメ!」


 とはティスの言で、素直に馬車を拾い、街道沿いを急いだ。辿り着いたのは立派な城郭こそないものの、それなりに大きな町だった。

 そこでイリシオスの怪我が治るまで滞在し、その間に一度王妃に宛てて手紙を出した。返事はなかった。


 一月後、王都に様子を見に行ったが、カロソフォス城の周辺は衛兵が数倍に増強され、とても近寄れるものではなかった。

 町を歩けば、外郭の中にも既にヴェルギナ王国軍が駐留し始めているらしく、路地のあちこちで見慣れない軍服を見かけた。噂では、既に(おう)(せい)ダヴィドとその母コーラリアは入城し、ダヴィドが次王となることで話が進んでいるともいう。


(妃殿下と連絡が取れないのも、そのせいか)


 事実を確かめたかったが、八歳のアフィを連れたままでは、出来る行動にも限りがあった。何よりその情報が正しければ、いよいよアフィが城に戻る手立ては遠のいたことになる。

 他にも、パエストゥム王国は進軍の準備を進めているとして、近々軍隊が国境の辺境伯領地に派遣されるという話もあった。パゴニス神教国が支援を表明する日も、そう遠くないだろう。


(今は、王都からも国境からも離れるべきか)


 その前にどうにかして王妃と連絡を取り、亡命先を確認したかったが、書簡や人伝では逆に危険に身を晒すようなものだ。

 だがそうして悩むことは、既に手遅れだった。


「イル! もう城にいない!」


 イリシオスが城下で情報を集めている間、ティスに城内の調査を依頼したその日の深夜、そう言ってティスは飛んで帰ってきた。


 王都に着くまでに確認したティスの記憶では、亡命日は王母が入城してから数週間後くらいのはずだった。それは突然のことで、深夜に起こされ、取るものも取りあえず城を出た。亡命中に襲われたというのも馬車に揺られている中でのことで、日数も分からなければおおよその場所の見当もつかないと、ティスは申し訳なさそうに説明した。


 今思えば、王妃は義妹と王甥が城に滞在するようになってから、常に暗殺者の陰に怯えていたように見えたと、ティスは語った。城内外に理解者がいなくなってしまう前にと、密かに亡命の手筈を整えていたのだろう。


(結局、同じ道を辿るんだな)


 だがそれでも、イリシオスは諦めるつもりはなかった。


 間に合うはずはないと知りながら、ヴェルギナ王国に続く街道を駆けた。それらしき馬車の残骸を見付けたのはそれから二月も経った頃、本街道を一度、関所を避ける裏街道を二度往復したあとだった。

 夜陰に紛れて城を脱出した馬車を後から追うなど無理な話だし、途中で馬を手に入れても、アフィとの二人乗りしか方法はなく、全速力などたかが知れていた。


 結局そこにあったのも、車輪も車軸も屋根も扉もほとんどを野盗に持ち去られたあとだった。そこで一週間ほど未練がましく野営した後は、再び街道をゆっくりとヴェルギナへ向けて東進した。集落でも小屋でも、人がいそうな場所には立ち寄って、話を聞いた。


 王妃や王女らしき姿を見たと聞けば、山の中でも野盗の巣でも構わず突っ込んでいった。手掛りが何もなく、水の中でもがくだけのような遅々とした日々に苛ついていると、ティスに怒られてアフィの教師役をやらされた。後から思えば、互いに気晴らしの意味もあったのだろうと思う。


 国の現在の状況や周辺国との関係、幽閉中には得られなかった一般常識や馬術、ナイフ以外の剣術も教えた。教える度にアフィの負けん気は強くなり、出自に関する質問も増えた。

 その度に、イリシオスは図らずもかつての師のように振る舞い、一定の距離を保った。それはすぐに王妃のもとに返すのだという気持ちと、時代の違う同一人物が必要以上に馴れあうことへの、本能的な線引きもあったかもしれない。


 そうして時は無為に過ぎ、邂逅の七年目が近付く頃には、イリシオスはアリシア王女と出会ったコリアスの町を拠点に行動した。そうして、今更に気付く。

 旅の途中で目に付く孤児は、いつもアフィと同じ年頃だった。旅から帰れば、真っ先に教会に顔を出して、それらしい少女がいなかったかを聞いた。


 イリシオスはずっと、アリシアとすれ違ってしまうことを恐れ、最後の糸口であるこの町で待ち続けていたのだ。




       ◆




 アフィがスリに遭うのを黙認したあとは、ほとんど記憶の通りに事は進んだ。会話を無理に曲げたり、違う経路を選んでも、最終的には元に戻った。


 ティスは町で最初に見付けた古服屋に飛び込んだし、綺麗に切り揃えられた時に落とした髪は、イリシオスの手元に残った。そしてやはり、アフィの発言は変わらず無残なほどの野暮ったさだった。


 久しぶりに見る無表情のアリシアも相変わらずだが、酷く懐かしくて、どう感じているかも何となく分かった。イリシオスたちへの警戒と期待のこもった眼差しには、七年間の逃亡と奴隷のような生活の陰が色濃く残っていたし、王都に近付けば、その気鬱な顔にイリシオスもティスも不自然なまでに甲斐甲斐しく気にかけてしまうのを制御できなかった。


 もっとも、最大の自制心を必要としたのは、アフィが誤ってアリシアの裸と、背中の火傷痕を見てしまった夜だったが。


「あの時は、本当に悪かった」


 アフィがアリシアに謝罪して戻ってくるまでの間に、イリシオスもまたティスに自身の時のことを再び詫びた。ティスはそれに目を大きくして驚き、ついで軽やかに笑った。


「まだ気にしてたの?」


「当たり前だ」


「だから、気にしてないって言ったのに」


 イリシオスは、出かけると分かっていたアフィに、先に部屋を二つ取ったことを告げた。それでも結局、悄然しょうぜんと帰ってきたアフィが部屋をろくに確認することはなかったし、あてにしていたティスは見張りを引き受けたくせに引き留めなかった。


「見られたくないものじゃないのか?」


「でも、アフィはアリシアの火傷のことは知ってた方がいいでしょ?」


 イリシオスが困惑したように眉尻を下げると、ティスは訳知り顔でそう諭した。そう言われれば、もう頷くしかない。

 それでもどこか不服そうにするイリシオスの横顔を盗み見て、ティスは「それに」と小さく口に乗せる。


「アフィだから、気にしないでいられたんだよ」


「っ……」


 ハッと顔を上げると、ティスがすぐ目の前に浮かんでいた。柔らかくはにかんでいる。それがあまりに愛らしくて、イリシオスは数年ぶりに赤面してしまった。

 柄にもなく視線を泳がせ、結局ティスのその笑顔が見たくて、また前を向く。そっと手の平を上にすると、ティスが笑みを深めてそこに自身の手を重ねてくれた。


(あったかい……)


 もうすっかり馴染んだ、ティスだけが与えてくれる温度に一時身を委ねながら、イリシオスもまた頬を緩める。


 愛しい、と思う。それが異性としてなのか、家族としてなのか、今ではもう随分曖昧になったと、思っていたのに。


(アフィにはあんなに忘れろって言ったのにな)


 忘れなければならないのは、イリシオスの方だ。小さく自嘲して、思考を切り替える。

 そして、ずっと考えていたことを告げた。


「明日、城へ行ってくる」


「ッ、それはまだ危ないわ!」


「今しかないんだ。明日には導きの友愛(オビディアフィリア)が来るだろうし、それまでにこの件は片付けてしまいたい」


「この件、って……」


 色を失くして止めるティスに、イリシオスは首を振って表情を改めた。




「王母コーラリアに会ってくる」


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