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邂逅

ここから本編が始まります。

 アルワード王国は、五年前の内乱のせいでいまだに情勢が不安定だった。


 町中では怪しげな新興宗教が流行り、寒村では子供が口減らしのために売りに出される。

 半年ほど前に王太子暗殺未遂があったという噂の北の隣国との国境付近では、野盗の被害は増える一方だ。


 戦災孤児こそ減ったものの、代わりに貧民を(かた)って施しを受けようとする輩が増え、治安はなかなか良くならない。


 ここコリアスの町もまた、小規模ながら露店が並び、人々の往来があるものの、活気に溢れているとは言い難かった。


「またここかよ」


 その中を、いかにも長旅帰りといった格好の少年が、面倒くさそうな足取りで歩いていた。


「いっつもここに帰ってくるけど、この町に何があるんだ?」


 肩にかけた荷袋を背負い直しながら、隣を歩く青年に問う。

 しかし答えたのは、青年の横をふわふわと舞うように歩く、同じ年頃の少女だった。


「バカねぇ、アフィは。いつだって、あたしのイルに従っていれば間違いないのよ」


 まるで自分の手柄を自慢するように、少女が満面の笑みで言う。

 口数の少ない青年よりも先に割り込みが入るのはいつものことで、少年は呆れたように常套句で返した。


「過剰な秘密主義者の言葉を馬鹿正直に全部真に受けるのなんか、ティスくらいだ」


「むーっ!? それってあたしがバカだって言ってるの!?」


「そ、そこまでは言ってないだろっ?」


「何よ何よもうっ、アフィってば本当可愛げが全然なくなっちゃって!」


「お前はオレの母ちゃんか……」


「何ですってぇっ?」


 機嫌を損ねて噛みついたかと思えば、次には顔を両手で覆って泣き真似をする少女に、少年はすっかり困り顔で頭を掻いた。


(相変わらず、喜怒哀楽が激しいやつ)


 だが過剰な秘密主義者との二人旅では、道中が地獄のような気まずさになることは間違いない。

 そういう意味でも、少女は大事な仲間だ。


「分かった。オレが悪かったよ」


「いーだっ。そんなこと言ってると、このあとの大事なであ――」


「ティス」


「あっ」


 仕方なく自分から折れた少年に歯を見せて反抗した少女はけれど、言葉の途中で名を呼ばれ、慌ててその先を呑み込んだ。


「? 何だよ、またティスの失言――」


 か、と続けようとした声はけれど、すぐ耳元でぷつ、と何かが切れる音が聞こえ、先を失った。

 考えるよりも先に首に手を伸ばす。


(ない)


 そう言語化するよりも前に駆けだしていた。

 すぐ目の前のまばらな人混みに紛れた背中めがけて。


「っんの盗人(ぬすっと)ヤロウッ!」




          ◆




 露店の一角で、前の主人と新しい主人とが、一人の少女を挟んで売値の交渉を詰めていた。


「名は?」


「アリシア、十五だ」


「働き盛りじゃないか。なぜ売りに出したんだ?」


「少し……愛想が悪くてな。うちの家族と反りが合わなかったんだ」


「それだけで?」


 自分の欠点、値段、使い方。


 頭の上で交わされるそのどれもに、けれど少女――アリシアの瞳は欠片も揺らがない。


 老婆のように見える灰色の髪も、陰鬱(いんうつ)な濃紫色の瞳も、貧相な体も、どこにいっても嫌がられる理由だった。


 けれどそのどれも、どうしようもないことだ。


 子供は奴隷ではなく、貴重な労働力だ。

 けれど大人たちはいつも、子供に心などないように話を進める。


 その扱いは、物と変わりなかった。


「ん? 何だこれは」


「!」


 身一つで今まで奉公していた家を出てきたアリシアの身体検査をしていた新しい主人が、ポケットを探していて何かを見付けた。


 それが何か、アリシアはすぐに気付いた。

 それは彼女の、たった一つの持ち物だったから。


「返して」


「は?」


 アリシアは、酷く平淡な声でそう言うと、男に向かって飛びついた。

 男はそれまで一切無反応だった少女が動いたことに驚き、だがひょいとそれを持った手を上に持ち上げる。


「なんだこいつ突然……指輪?」


 男が、体を伸ばしながら掴んだ物を見る。


 それは随分古びた、金の指輪だった。


「なんだってガキがこんな大層なもの……あんたのか?」


「いや、そんな……あぁ、そうだ。返してくれ!」


 問われた前の主人が、戸惑いながら途中で言を(ひるがえ)す。


「ちょっと前に盗まれたんだ。それは俺のだ!」


「信じられないね。あんたのだって証拠はあるのか?」


 そこからは、男たちが指輪の所有を巡って押し問答を始め、アリシアなどまるで眼中になかった。

 この降って湧いた一財産をどう勝ち取るか、彼らの頭にあるのはそれだけだ。


 間に挟まれて何度も「返して」と繰り返すアリシアの声は、どちらにも届かない。


 その様子は諦念というよりもどこか無機質で、本当に返してもらいたいと思っているようには、とても見えない。

 それでも、アリシアは「返して」と言い続けた。


「返して」


 ただ、機械のように繰り返す。その時だった。


「返し――」


「返せ!」


「「っ!?」」


 まるでアリシアの代わりに感情を爆発させたような鋭い怒声が、腕とともに突如横から割り込んできた。



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