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真実 Ⅰ

「指輪を見せて」


 しつこい頭痛を引きずりながら城を抜け出したあと、アフィはふらふらと町を歩いた。それから賑わう下町から離れ、外郭近くの古びた宿屋に入り、頭痛が引くまで寝台に埋もれていた。


 アリシアがそう切り出したのは、やっとアフィが身じろぎをした頃だった。


 アフィはもぞりと身を起こすと、その要求の意図をきちんと受け止めてから、懐に仕舞った指輪を目の前に差し出した。

 アリシアは触れられないため、アフィの手の平に乗せたまま指輪を確認する。


 金の円環に三日月と三つの星の意匠が施された指輪。アフィのものよりも年代を感じさせる鈍い金色の内側には「C」の刻印。


「この、Cのイニシャル」


 アリシアが、指輪の内側を指さす。イリシオスが、この世に二つとないと断言した根拠となるもの。


「王妃の名はCarolina(サロリナ)。お母様の指輪は故国ヴェルギナからアルワードに嫁ぐとき、パゴニス神教国の王女だった母から娘に贈られた、唯一の品だったと」


「……そうか」


 アリシアの説明に、アフィは短くそれだけ答えた。それ以外に、言葉がなかった。


 寝台で現実逃避している間、幾つもの推論と仮説が頭の中を行きかった。そしてそのどれもが、アフィが王子だと仮定した場合に、何もかもぴたりとはまるのだ。


 イリシオスがあの指輪を持って現れたのも、アフィを助けたのも、誰かを探していたのも。全てはアフィが行方不明になったという王子本人だったから。

 探していたのは亡命中に消息不明になった王妃で、アリシアのことを知っていたのも、幼君の王母に命じられた暗殺者だからではなかった。


 他にもある。イリシオスはずっと額にバンダナをしていた。それが外されたところを、アフィは一度も見たことがなかった。


(痣を、隠していたのか)


 金髪は加齢とともに深みが増して亜麻色や栗色になることもあるが、あの特徴的な痣を見れば、正体はすぐにばれる。そもそもイリシオスというのは古い言葉で「愚か者」という意味だ。


(全てを知っていたのに、全てを防げなかった自分を蔑んで、つけたのかな)


 けれどどんなにその心中を推し量っても、とてもそれが十五年後の自分とは思えなかった。


 だがイリシオスが今まで何度尋ねても、指輪の持ち主のことを教えてくれなかった理由は、判明した。


(王妃とか、そりゃ言えないわな)


 はっきり言って、こんな状況にでもならなければ、アフィは一切信じなかっただろう。イリシオスもそれを分かって口を噤んでいた。意地悪でも何でもなかったのだ。


 そしてティスの正体もまた、おのずと知れる。


「ティスが見えたのは、同一人物だったからな、なんだな」


 感情表現の差がありすぎてすぐには同じとはまだ思えないけれど、多分間違っていない。もしかしたら、どこかにあるというティスの体もまた、探していたのかもしれない。

 そして。


「イリシオスとオレにも、ティスが見えていたのは……」


 問うでもなく、疑問を形にする。

 目の前でアリシアがふるふると首を横に振ったが、アフィにはもうその意味を考える余裕すらなかった。


「分からない。共通点は、指輪くらいしかないのに――」


 アリシアが何事か呟く。だがその何もかも、たった一つの答えを導き出してしまったアフィには、もはや上滑りして意味を成さなかった。


(血が、繋がっていたから……?)


 ずっと、知りたいと願っていた。

 両親の顔も、自分の本当の名前も。


(やっと、掴んだのに……)


 この日、ついに望みを叶えた。

 その代償に、アフィは初めて知った恋を諦めた。




       ◆




 自分一人だけだったら、ひと月くらいうだうだし続けたかもしれない。


 けれど寝台の傍らに腰掛け、アリシアが触れられない手で何度も優しくアフィの金髪を撫ぜる仕草を繰り返してくれたから、やさぐれていた心も一晩で不思議なほど回復した。


(アリシアの前で泣かなくて良かった)


 改めて昨夜の自分の不甲斐なさぶりを思い出し、髪の毛を掻き回しながら頭を働かせる。それでも、少し目許が赤いような気がして、起きてすぐはアリシアを直視できなかった。


「アフィ、大丈夫?」


 けれどそんなアフィの様子に、アリシアが乏しい表情ながら心配そうにのぞき込んできて、アフィは思わず力いっぱい両手で自分の頬をバチンッとぶっ叩いた。


「……アフィ?」


 きょとん、とアリシアが目を大きくする。その瞳を覗き込んで、アフィはずっと考えていたことを宣言した。


「これから起こることを、防ごう」


「……?」


 すぐには意図が読めず小首を傾げるアリシアに、アフィは順を追って自分の考えを説明した。


「ここが本当に十五年前だとしたら、オレはまだ導きの友愛(オビディアフィリア)に攫われてないし、アリシアは心を奪われてない。それが起きるのは四年後で、止められるのはそれを知っているオレたちだけだ」


「……うん」


「でも止めるためには、カロソフォス城にいる必要がある。アリシアは入れるけど、オレはあの城に入る理由を作らなくちゃならない」


「うん」


 今度は、アリシアが力強く頷いた。アフィの言いたいことを察したのだろう。


「四年の間に、城での仕事を見付けて、王子と王女を守る」


 それで未来が変わるのなら、願ってもない。

 アリシアは心を奪われず、アフィもあの石牢を知らずに済む。それが可能かとかいけないことだとかは関係なく、そうしたいと思った。


 そのあとにも、八年後に起きる内乱がある。

 どうしたら回避できるかなど分からないが、アリシアが独りにならなくて済むように、出来ることは全てしたかった。


「私も、守る」


 アリシアが、深い眼差しで同意する。そのさまは表情がない分聖女のように高潔に見えて、美しかった。触れられないことがもどかしく、と同時に触れられないで良かったと、アフィは口惜しく思った。





 目標が決まったアフィは、その日から職と寝床の確保に走り回った。


 王子が生まれ、翌年には王弟の挙式も控えた王都は、活気に溢れ、景気も良い。選り好みしなければ仕事は山とあった。

 最も人を募集していたのは王都付近に出没する野盗などに対応する治安維持で、他にも王弟夫妻の新居となる離宮の手入れや、馬車や家具などの挙式や新生活に関する大小さまざまな用品の製作の人夫など、需要は多岐に渡った。


 アフィは幾つもの仕事を掛け持ちし、中でも城壁外の治安維持や都市内の照灯持ち(ファロティエ)、城内への日雇いの運搬仕事などに積極的に関わった。信用が得られる仕事である以上に、王都を知るには丁度良かった。


 何より、どこかに在るはずのアリシアの肉体を探すには、うってつけだった。

 だがどんなに王都内外を駆けまわってもアリシアの影もなく、噂すらなかった。


 一年経つ頃にはそれなりの貯えもでき、市民権も得られた。その頃には二つの野盗を殲滅(せんめつ)し、都市内でも照灯持ちの職務の途中で盗人や殺人犯を何度か捕まえたことで、アフィは王都でのある程度の居場所を確立した。


 その一方で、仕事で知り合った寡婦の女性の家の屋根裏を借りることが出来た。ただでさえ安い屋根裏の家賃を、用心棒のような仕事もこなす条件で更にまけてもらった。


 その間、アリシアは町中を回って情報を収集し、どこかで生まれるはずの宗教結社を片っ端から探った。照灯持ちの時の成果もその副産物で、アフィも時間があればアリシア以外にも頼まれた人探しなど、何でも屋の真似事をして町を歩いた。


 そうして更に二年が経ち、貴族からも人探しや警固の依頼が増えた頃には、王城の人間からも稀にだが声がかかるようになっていた。


「でも、まだ城の警固とかには入れないな」


「要人警護は、近衛の仕事だから」


 依頼主のもとに向かいながら、久しぶりに行動を共にするアリシアに声を掛ける。

 今回は城の小間使いからで、何やら最近物が突然消えているような気がするので、調べてほしいという依頼だった。勿論、城の衛兵にも既に頼んで調べてはいるそうだが、犯人らしき目星も何もないという。


「でも、今回依頼してきたのは城で働く人だから、少しは王族に近付いたよな?」


 自らを慰めるように、アリシアに同意を求める。


 実際、この三年半近く、ずっと導きの友愛(オビディアフィリア)やその前身となる何かを探し続けていたが、手掛りすら掴めていなかった。もしかしたら、活動を始めた場所が王都以外なのかもしれない。


 手応えのなさに反し、肌寒くなってきたつい一週間前には王子の四歳の誕生日の祝宴も終わり、不安は日に日に膨らんでいた。


(こんな風に、自分の誕生日を知るとはな)


 何の対策も出来ないままルカス王子は四歳となり、アフィは十九歳になった、らしい。

 苦笑と共に、やっと馴染んできた額のバンダナを触る。

 王都で仕事を始めた頃、額の痣を見られて「早速王子の真似か?」と揶揄(やゆ)されて以来、アフィは仕方なくバンダナを巻いていた。


「たぶん……」


 アリシアが頼りなく頷く。つまり、程遠いということだ。


「最後までお母様のそばにいたのも、多分近衛だったと思うけれど」


 その話も、アリシアの記憶を確認する中で何度か聞いてはいた。

 アフィは最初の職探しの時に真っ先に近衛になろうとしたが、身元不明、住所も間借りという不審さから、当たり前のように門前払いを喰らったのだ。

 代わりに、王子と王女の身に危険が迫っているという警告は、今までにも何度か様々な角度から匿名で発信している。だがそのどれも、不審の目と共に退けられてきた。

 匿名にしたのはアフィ自身を不審人物とされては困るからだが、その甲斐あってか、誕生日の宴の時には、厳重警備が敷かれていた。


「ま、オレが近付けないんだから、連中もそう簡単には近づけないよな?」


「…………」


 今度は、返事すらなかった。



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