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衝突

 腕の中のアリシアが落ち着くのを待ちながら、アフィはアリシアの言葉を整理した。


(アリシアは、導きの友愛(オビディアフィリア)と、もう一つ別の何かに狙われている)


 そしてアリシアは、それをイリシオスだと思っている。理由は分からないが、不自然な点は確かにあった。


 イリシオスが他の孤児と違い、アリシアだけを旅に連れてきた理由。ここ数年、ずっとあのコリアスの町を拠点にしていたのに、アリシアに出会った途端町を離れたのも妙だ。


 そもそもあの出会いからして、偶然でなかったとしたら。


(アリシアがずっと警戒していたのは、そういうことだったのか)


 イリシオスはずっと、高貴な大人の女性を探しているものと思っていた。だがそれがどんな人物かも、ましてや一人だけとも確認したことはない。


 もしイリシオスの探していた人物が、アリシアのはぐれたという母親だったなら。


(だから、オレが偶然あの場に割り込んだと言った時、あんなにも安心したのか)


 そして、イリシオスと同じ目的で動いていないと知って、一緒に逃げることを選んだ。


(ティスは、アリシアのことをすげぇ喜んでたように見えたけど)


 それでも、あまり会話をしない内からアリシアのことを理解していた風なのは確かに妙だ。


「怖かったな」


 改めて振り返ると、アフィの気付かない所で、アリシアはずっと怯えていたのかもしれない。そう思って、また無意識のうちに頭を撫でる。そうしていると、アフィの服を掴んでいた指にぎゅっと力がこもり、アリシアがゆっくりと面を上げた。


 しっかりと目と目を合わせて、口を開く。


「……ありがとう」


 やはり棒読みのような声だったけれど、それでアフィには十分伝わった。


「うん」


 はにかむように頷く。そして次には、思考を切り替えるように「でも」と続けた。


「もう一人で逃げるのはなしだ」


 少しだけ真剣な顔を作り、迷っているようなアリシアの顔を覗き込む。

 恐らく、王都で襲われた時も、自分一人が離れれば、アフィたちは無事だと考えたのだろう。でもそれは、アフィが嫌だった。


「あいつらは、オレも狙ってる。二人一緒の方がいい」


「……うん」


 今度はアリシアが少し幼く頷いた。その様子にひとまず満足して、アフィは次の行動を思案した。


(まずアリシアに指輪を返して……)


 懐に仕舞いこんだ指輪に手を伸ばしながら、同時に教会内に視線を巡らせる。

 二階に登れば見張りはできるが、逃げるには手間取るだろう。廃村の中に潜んでいるよう偽装工作をして速やかに移動するか、それとも……と思考した時、不自然なものに気が付いた。


(あれは……?)


 祭壇の奥、内陣に積もった埃が、まだらに消えているように見えたのだ。一般的な造りなら、あの奥にあるのは半円状の小祭室くらいで、出入り口はないはずだ。


 入った時には石壁に対する恐怖で鈍っていた感覚が、にわかに戻ってくる。まさか、と足を向けようとした時、今度は入口の方に確かな気配を感じた。


「話は終わったか?」


「!」


 アリシアを背に隠して振り向く。入口の崩れた石壁に背を預け、イリシオスが立っていた。


「なんで……ッ」


 思わず声に出た疑問詞には、幾つも続きがあった。

 何故ここが分かったのか。何故気配を消していないのか。何故声をかけるのか。


 イリシオスの目的がアリシアの命なら、問答無用で不意打ちすればいいだけのはずだ。けれど返されたのは、まるで見当違いな答えだった。


「何でって、ティスが話が終わるまで絶対出るなってうるさいから」


「今だけは絶対ぜったい邪魔しちゃダメなヤツだったの! こればっかりはイルでも許さないんだから!」


 心底面倒くさそうに言い放ったイリシオスの背後から、ティスが物凄い勢いで横やりを入れてきた。


「…………はあ?」


 何を言いたいのかさっぱりだった。


(けど、正体がバレたらすぐに襲う、とかではないんだな)


 七年一緒にいてイリシオスたちの素性を真剣に探ったことは一度もないし、情が湧いたとも思わない。それでもやはり、二人への認識をすぐに暗殺者だと切り替えるのは難しかった。


(でも、あの顔は)


 何人にも聞き込みをしては空振りに終わった後、次にも行かず佇立(ちょりつ)していたイリシオスの横顔を、アフィは知っている。見てはいけなかったような気がして、すぐに目を逸らしたけれど。


(殺すためっていうよりは、ただ会いたいって感じだったんだけど)


 それでも、イリシオスが自身の事情を話さず、会ったことのあるはずのアフィの母親についても教えてくれないのもまた事実だ。

 アフィは背後のアリシアの気持ちを代弁するように、イリシオスに正対した。


「イリシオス、何しに来た」


「迎えにきたに決まってんだろ」


「アリシアをか」


 直截(ちょくさい)に聞く。と、イリシオスはまるで面倒くさそうに「あー」と頭を掻いた。


「そう言えば、そんな話もしてたな」


「イル、忘れちゃったの?」


「細かいところまで覚えていられるか」


 呆れるようなティスの茶々に、イリシオスが誤魔化すように視線を泳がす。アフィの緊張に対し、それはあまりにのんびりしすぎていた。


「おい、何の話を、」


「とにかく、説明はあとだ。今は時間がない。早くしねぇと面倒臭いことになる。ここから出るぞ」


 矢継ぎ早に言いながらイリシオスが踏み込んでくる。アフィは反射的に腰の剣を抜き放っていた。


「来るな!」


 ぎゅっと、アリシアがアフィの背中の服を掴む。

 渡せない、と思った。


「お前が敵でないと証明できるまで、アリシアには近寄らせない」


 本気であることを示すように、剣先をイリシオスに向ける。だが見据える碧色の双眸に、動揺や焦燥は欠片もない。


(負けるわけがないってか)


 剣に限らず、イリシオスは武術全般の師だった。今までに勝てたことは一度もなく、不意打ちも奇襲も全て失敗している。正直、イリシオスが本気でかかれば、逃げることすら難しいかもしれない。


(それでも、譲れるかよ)


 ぐっと柄を握る手に力を込め、足を引く。戦闘態勢に入ったアフィに、けれどイリシオスはあっけらかんとこう言った。


「それは無理だ」


「なっ」


「ついでに言うと、説明もしない。信じないからだ」


 それはあまりにも簡潔で、その分疑いとか警戒の入る余地もなかった。


「弁明もしないってのか」


「無駄なことはしない。それに、お前がアリシアを守るなら、それでいい。俺は手は貸さない」


 唸るようなアフィの問いにも、イリシオスはあっさりと頷く。温度差がありすぎて、アフィの困惑は余計に強くなった。


(オレが守るなら? その言い方じゃ、まるで)


 まるでイリシオスが、守るためにアリシアを見つけ出したようではないか。


「……イリシオス。お前が何を考えてんのか、全然分かんねぇよ」


「その時が来たら、全部話す。だが今は」


 イリシオスが、一瞬迷うように口を噤んだ時だった。

 ドガン! と何かがぶつかるような音が教会内に響き渡った。


「アリシア!」


「ティス!」


 二人がそれぞれに少女の名を呼ぶ。


 アフィが背後のアリシアを腕に庇うのと同時に、ティスが三人の上空に飛び出して見えない風の障壁を織りなした。すぐ傍らを嵐のような風が吹き荒れ、アリシアの両の三つ編みが滅茶苦茶に舞い上がる。


「なに」


「目を閉じてろ」


 状況が呑み込めずに声を上げたアリシアに、耳元で告げる。

 ティスが衝撃に備えて風の壁を作るのは初めてではなく、砂や礫は舞い上がり、内側にも地味に被害を出すのだ。

 だがその必要はあった。


「伏せて!」


 ティスの声を追うように、崩れていた天井が大きくたわみ、ガラ…ッと音を立てて降ってきた。アリシアを抱く手に力を込める。その耳のすぐそばで、落下した壁材が風に弾き飛ばされて四方に飛び散った。

 その砂煙に突っ込むように、イリシオスが崩れた箇所から外に飛び出した。


導きの友愛(オビディアフィリア)……!」


 イリシオスがしゅらんと剣を引き抜く。その先には、王都で何度も見かけた白い祭服が、教会を囲む木々の間に何人も潜んでいた。その手には、何枚あるのかと思うほどの呪符(カリス)や弓矢が握られている。


(なりふり構わずってことか!)


 今までも人目のない所で何度も襲われたが、ここまでの人数は初めてだった。


「もう! せっかくイルが潰したのに、次から次へと!」


 教会の崩落が止まり、風を止めたティスが上空で文句を言う。

 実際、アフィが石牢から逃げた時には隠れ家をほぼ全焼させたと聞いているし、その後数年はあの白い祭服も導きの友愛(オビディアフィリア)の名も聞かなかった。


 それがなぜ今になってここまで活発に動き出したのか。


「私の、せい」


 腕の中で、アリシアが静かに呟いた。


「違う」と、アフィはすぐさま否定した。


「ああいう奴らは、徹底的に潰さないとすぐウジ虫のように湧いてくる。アリシアは関係ない」


 アフィは改めて剣を構え、逃走経路を考える。その間にもイリシオスが手近な人間からなぎ倒し、その死角で教会に飛び込もうとする別の人間を、ティスが暴風を叩きつけて押し戻す。

 しかし敵も何度もの攻防で心得たように、呪符を構えて土や風の防壁を作り、その間に教会に突入することを繰り返す。


 アフィはアリシアを一定の距離を空けて背後に匿いながら、開いた穴から侵入しようとする敵を一人ずつ斬り伏せていく。けれど頭の片隅では、小さな違和感がちりちりと思考を灼いていた。


(何かが変だ。この人数で、こんな単調な攻撃をする必要は)


 思考は、そこで止まった。

 突如足下が大きく揺れ、次いで教会全体が再び大きくぐらついたのだ。崩れる、と思った時には、視界に大きく真っ赤な何かが映り込んだ。


(火だ)


 そう考えるよりも先に、背後にいたアリシアに飛びついて体全体で覆いかぶさっていた。


「アフィ!」


 建物の外で、ティスが叫んだ気がした。けれどそんな声を掻き消す轟音とともに地面が波打った。石壁が雪崩のように崩れ落ち、一気に巨大化した炎がぐるりを取り囲む。


(これが、呪符の力か……!)


 背中や足を打ち続ける瓦礫に負けないよう両手を踏ん張りながら、アフィは呻いた。連中が考えもなしに突っ込んでくると見せかけ、その陰で土を操る呪符を大量に用いて教会の地盤を崩し、持ち込んだ火種を呪符で撒き散らした。


 一枚一枚はティスの力に劣る程度でも、枚数を用意し囲めば、威力は飛躍的に跳ねあがる。無人の村は、奴らにとってこそ最も好都合だったのだ。


「アフィ、どいて。どいて!」


「じっとしてろ!」


 アリシアが、両腕の囲いの中で暴れる。頭上の尖頂がない分直撃こそないが、瓦礫が止むまで動くのは危険だ。そして瓦礫が止めば、次は火だ。


 ティスは火を生み出すことはできないが、目の前にあれば操ることはできる。だがそれも焚火程度が限界のはずだ。

 空気中の水分を掻き集めて水を作ることはできるが、教会を包み込むような規模の火をすぐさま鎮火することは不可能だろう。


(火が回りきる前に逃げねぇと)


 しかし連中もまた、そのタイミングを逃さないだろう。

 剣を握る手に力を込め、もう一方の手でアリシアの背を抱き起こす。


「走れるか」


 まだ間断的に続いている瓦礫と火が燃え広がる音の合間を縫って、アリシアに問う。

 アリシアが頷くのと、この場にそぐわない声が聞こえたのとは同時だった。




 ふゃぁぁ……、と。


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