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32933本

作者: いぶさん

これは、作者がまだ高校生だった時の話。時は十数年遡る。


とある強豪校の野球部に入部した作者は、自分の能力の低さを、4月の始めから思い知る事となる。そして、とある事件の中心人物となり、部に多大なる迷惑をかけ、退部を考えるようになった。


しかしそれを呼び止める者が。Y先輩である。作者が発端で始まった事件名のにもかかわらず、

「お前は悪くない」

と慰めてくれた。


Y先輩とは、夜のスイングの時間に主に世話になっていた。寮生だった作者は、夕食が終わったあたりでスイング(素振り)を練習メニューとして行っていた。Y先輩にはフォームを見てもらったり、その日の目標を作ってもらったりしていた。


「今日は30分で100本な」


そう言われた作者は、淡々とスイングを行っていき、130本近く振っていった。

「何本振ったんだ?」

そう問われたので正直に答えた。

「――本です」


「そうか」

続けてY先輩は言った。


「100本振れと言われて、100本以上お前は振った。100本は言われて振った本数で、そこから先の本数は自分で振った本数だ。それはとても価値のある、自分だけのモノだ。そうやって自分でやった練習で他のヤツらと差をつけて行こうぜ」


この言葉が身に染みて、自分でスイングを良く行うようになっていった。レギュラーにもベンチ入りにもなれなかったが、その時の夜のスイングの時間が、作者を支えていた。


時は進み、2年の11月、最高学年の部員となっていた。俺にはチームとしての目標があった。甲子園優勝である。自分の高校は過去に甲子園出場経験があったし、秋にはあと一勝で春の選抜出場確実の所まで行ったので、非現実的な目標では無かったと、今でも思っている。


ベンチにも入れない自分が、チームに対して何ができるのか?


答えは黒子に徹することである。練習中はバッティング練習の(球拾い的な)守備に付いて大声で選手を盛り立てた。練習が終わると、主にチームのエースの肩のストレッチやマッサージを行って、自分なりにチームの役に立てていたと自負している。


しかし、個人の目標は? と問われると寂しいものがあった。3年間必死でやってきたものに対して、個人の目標が全くないのでは余りにも寂しいのではないか。


そんな中、監督が11月のどこかでチーム全体に対してとある目標を与えてきた。『スイング10万本、夏までに行え』というものだった。


……これだ


何時の夜も全力でやってきたスイング。そのスイングを10万本、誰よりも先に達成しよう。

その日から、スイング10万本への道が始まった。カレンダーに何本振ったか、毎日記録した。手がずよずよになって毎日シャンプーが手に沁みた。まだ今でも手に残っている傷もある。


3年間でベンチ入りしたことは一度も無い。そして、個人の目標であるスイング10万本も、呆気ない形で達成することは無かった。


1月――、その日も、10万本に向けてひたすらバットを振っていた。すると、



「ズキッ」



腹痛が襲い、その場で蹲ってしまった。病院に行くと膵臓か肝臓、そして胃を壊していると言われた。運動しても、栄養を摂取出来ないので体を壊すだけと言われ、スイング10万本への道は3カ月未満、32933本で断念する事となった。


今までの自分を褒めようとしたらいつも、10万本へ向けてスイングをし続けていた時の自分が浮かぶ。今でも悔しくて忘れられない数字、それが32933である。

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