外伝 魔王VS魔女
クルム・ハイドニール…世界最強と言われている魔法使い”クルム魔法学校”の総帥
ビル・フリニオーラ…後のクルム・フリニオーラ、義母に虐待を受けていた所をハイドニールに拾われる
バンデローダ…クルム魔法学校の主席生徒、名家出身で気位が高く横暴な性格、いつも取り巻きを連れている
クルム・バーデンブルグ…ハイドニールの師匠であり先代”クルム”
昨夜の書庫での一件はハイドニールの処置によって事なきを得た
しかし何か事件があった事だけは確かで誰もがその事について
知りたがっていた
朝から生徒達の間ではその話題で持ちきりになっていて
様々な憶測や噂が飛び交っていた
そんな時全校生徒に対し通達事項があるという知らせを受け
生徒全員が講堂に集められた講堂に入った生徒たちはまるで
鍛えられた軍隊の様に規律正しく整列する
そしてその整列の順番は成績で決められた席次順となっていた
まだ魔法の基礎を勉強している状態で
試験も受けたことが無いフリニオーラは
当然一番最後方に並んでいる
元々背が低い上にいつもうつむき気味の姿勢なので
前からはほとんど見えないし気にしている者もいなかった
そんな時最後に主席の生徒バンデローダが講堂に入って来た
その瞬間一同がザワついた
なぜならバンデローダは体中包帯と絆創膏だらけの姿で現れたのだ
不機嫌そうな顔で列の先頭の左端に並ぶバンデローダ
「何かあったんですか?
バンデローダさん?」
いつもの取り巻きの一人であるマリオが小声で尋ねたが
バンデローダからの返事は無かった
その時ハイドニールが講堂に入って来た
普段皆の前でしゃべる事も滅多にないハイドニールが
ワザワザ全校生徒を集めて報告するなんて一体何だろう?
という疑問が皆の頭に浮かぶ
そしてハイドニールはいきなり何の前置きも無く強い口調で言い放った
「フリニオーラ前に来なさい‼」
皆が一斉に振り返り一番後ろの少女に視線が集まる
呼ばれたフリニオーラは昨夜の事を
怒られると思い込んでいてビクビクしていた
『ここでは成績上位者のいう事は
絶対だって聞いてるし
バンデローダさんと争いになった事で
怒られるんだろうな・・・
怒られるだけならいいんだけど
出て行けとか言われたらどうしよう!?
師匠の大切な書物も燃えちゃったし・・・
せっかくここで色々な事を
教えてもらったのに
追い出されるのは嫌だ
出て行きたくない
謝っても許してはくれないのかな!?
追い出されるのは嫌・・・』
そう考えると足がすくんで
動けなくなっていたフリニオーラ
「どうしました
早く出て来なさいフリニオーラ‼」
ハイドニールの口調が強くなる
前からいた生徒はハイドニールが短気な事を知っている
ハラハラしながらフリニオーラに小声でささやく
「なにしてるの!?
早く出なさいよ‼」
「これ以上師匠を待たせると
とんでもない事になるぜ
さっさと行けよ‼」
そんな空気に押され渋々前に進むフリニオーラ
まるで死刑宣告を受けるかのような面持ちで
ハイドニールの前に出た
そんなフリニオーラの姿をチラリと見た後
再び口を開いたハイドニール
「私は今から二年の間
このフリニオーラと共に旅に出ます
しばらくここを留守にしますがいいですね!?
そして旅から帰って来た際には
”クルム”の名をこのフリニオーラに譲ります
皆異存は有りませんね?報告は以上です‼」
フリニオーラはキョトンとした表情で師匠の顔を見た
一体何を言っているのだろう?
と理解が追いつかない様子で固まってしまったのだ
「何をしているのですか
早く戻りなさいフリニオーラ」
そのハイドニールの言葉にハッと我に返った
フリニオーラはそそくさと元いた場所に帰ろうとする
「何処に行くのです
貴方の場所はそこですよ」
ハイドニールは先頭の列の一番左
今バンデローダがいる場所を指さした
そしてスッと場所を開けるバンデローダ
この瞬間皆が全てを理解した
昨夜バンデローダとフリニオーラが戦い
フリニオーラが勝ったのだ
そしてハイドニールがその力を認め
次期”クルム”の座をフリニオーラに
譲ることを決めたのだと
その瞬間、全校生徒が一斉にざわついた
「おいマジかよ!?
まだ基礎魔法しか習っていない女が
主席のバンデローダに勝ったとか!?」
「あの若さで次期”クルム”って
あの子どれだけ凄いのよ!?」
「やべ~鳥肌立ってきた
俺達歴史的な証人って奴に
なるんじゃね!?」
そんな騒ぎをよそに何事も無かったかのように
講堂を出て行くハイドニール
ハイドニールがいなくなるとせきを切った様に
全員がフリニオーラを取り囲んで質問攻めにした
小さな体がもみくちゃにされながら皆がフリニオーラを祝福したのだ
当の本人は何が何だかわからない内に祝福され
最後には胴上げされていた
その小さくて軽い体が何度も宙を舞う
しかし本人は全く理解で来ていなかった為
ただただ困惑するだけだった
夜になり騒ぎが一段落するとどうしても事の内容を確かめたくて
改めて師匠の部屋を訪ねた
するとハイドニールはすでに旅の準備を始めていたのだ
「何をしているんだい
さっさと旅支度をしな
アンタが準備でき次第出発するよ‼」
頭の整理も出来ていないまま
あれよあれよという間に二人で出発する事になったフリにオーラ
まさかその晩のうちに出発する事になるとは
思ってもいなかったので益々困惑したが
いざ出発してみると師匠との二人旅は
フリニオーラにとってまるで夢のような時間であった
見たことも無い世界を旅して色々な事を学んだ
何から何まで師匠が教えてくれた
道中何度か魔族と遭遇したが全て師匠が撃退してくれた
魔族と戦いながらも術の説明や戦い方
敵の情報、周りの地形や天候による考え方など
こと細かく説明してくれたのだ
フリニオーラはその教えを一字一句聞き逃すまいと必死で覚えた
旅に出て半年もすると魔族との遭遇戦にも慣れてきて
冷静に判断できるようになってきた
すると今度は二人で共闘する事になったのだ
師匠と共に戦えることが嬉しくて嬉しくてしょうがないフリニオーラ
そして旅に出て一年たった頃にはついに一人で戦う事を命じられた
しかし魔族と戦った後は師匠から反省点や良かったところを指摘され
それについて二人で話し合う事が何よりも楽しみだった
旅の後半の方では師匠との魔法談義をしたいがために
”早く魔族が出てこないかな!?”とまで思うほどになっていた
フリニオーラにとってそんな夢のような旅を終え
二年ぶりに魔法学校に返ってきた
二人の久しぶりの帰還に皆が暖かく迎えてくれた
フリニオーラに対し皆が旅の話やどんな魔法を教わったか?
など様々な事を次々と聞かれた
未だに師匠以外とはあまりうまくしゃべる事ができない
フリニオーラだが楽しかった旅の思い出を嬉しそうに皆に話し伝えた
そんな中、二人が旅に出た翌日に元首席のバンデローダが
自主退学したと聞いたがフリニオーラにとっては
どうでもいい事であった
二人が帰還したその翌日フリニオーラが師匠であるハイドニールから
”クルム”の名を継ぐための式が厳かにおこなわれた
これで事実上クルム魔法学校のトップはフリニオーラとなった
そんな中で式に招待されていた”ベルドルア聖王国”の使者が
ハイドニールに近づき話しかけてきた
「今までお疲れ様でしたハイドニール様
つかぬ事をお伺いしますがハイドニール様は
これからどうなさるのですか?
引き続き魔法使いの育成に
携わっていただけると嬉しいのですが・・・
実は貴方が旅に出て以来この学校から
魔法使いを選出していただけなかった
ものですから魔王討伐のパーティー編成も
難航していましてね,できればまた
以前の様に優秀な魔法使いを育成して
魔王討伐の為に送り出してくださると
ありがたいのですが・・・どうでしょうか?」
「そうかい、じゃあさっそくおすすめの魔法使いを
パーティーメンバーとして推薦してあげるよ」
「えっ?本当ですか!?ありがとうございます
で一体どなたを推薦してくれるのですか?」
ハイドニールはニヤリと笑って自分を指さした
「私だよ、私を推薦しようと思っていたんだけど
どうだい?」
「は?ハイドニール様自らがですか!?」
あまりに突拍子の無い提案に混乱している様子の男
「アタシじゃ不服かい?
これでも結構いい仕事するよ」
「不服なんてとんでもない
本当にハイドニール様が来て下さるなら
早速国に報告し精鋭メンバーを
選出しましてご連絡いたします」
「ああ待ってるよ」
その男は何度もお礼をしたのち急いで国に帰って行った
そして式も無事に終わりフリニオーラは皆に囲まれ
祝辞と賛辞を嫌と言うほど浴びていた
両手には持てないほどの花束を抱え
”おめでとう”という皆の声にに”ありがとう”と
何度も何度も丁寧に答えた
村では義母に毎日”役立たず”と罵られながら殴られ
毎日の食事すら満足にできなかった事を思い出すと
今の自分の状況が信じられなかった
正にこの世の春を謳歌し幸せの絶頂であった
そんな時一人の男子生徒が息を切らせ慌てながら近づいて来た
「おいみんなビックニュースだ
ついにハイドニール様が魔王討伐に
乗り出すらしいぞ!?」
その報告にそこにいた全員湧き上がった
「それ本当か!?ついに魔王の最後か!?」
「ハイドニール様は世界最強・・・
いや史上最強の魔法使いだからな
魔王終わったな」
「長かった魔族との戦争もこれで集結かな
魔族共め我らが師匠の力を思い知り
そして後悔しながら死んでいけ‼」
生徒は誰しもハイドニールの勝利を信じて疑わなかった
魔法使いを志す者にとってハイドニールは
それほどまでに大きな存在なのである
しかし一人だけ悲壮感いっぱいな表情を浮かべる者がいた
フリニオーラである
自分を囲んでいる人ごみをかき分け急いで師匠の所に駆け寄ると
「師匠、魔王討伐に行かれる
というのは本当ですか!?」
真剣な眼差しでそう問いかけるフリニオーラ
先ほどの満面の笑みとは真逆の心痛な面持ちで問いかけた
「もう知っているのかい
っていうか今日はアンタが主役の日だろ
その本人が何て顔しているんだい!?」
ため息をつき半ばあきれ顔で見下ろすハイドニール
しかしフリニオーラは涙目になっていた
「でも師匠・・・もし
師匠に何かあったら私・・・」
そんな不安げな弟子に向かって諭す様に言って聞かせる
「あんたが一番アタシの勝利を信じなくて
どうするんだい!?それともまさか
私が魔王に負けると思っているのかい?」
その質問に超真剣な顔で答えるフリニオーラ
「そんな訳ないじゃないですか!?
師匠が負けるなんて有り得ません
師匠は地上最強です‼」
「そ、そうかいありがとよ
じゃあちゃっちゃと行って魔王をサクッと
倒してくるからここでデーンと待ってな」
「はい、また帰ってきたら武勇伝を
聞かせてください師匠‼」
その言葉に軽くうなづくハイドニール
まるで買い物にでも出かけるような感じで語る師匠の姿に
これ以上無い程頼もしく感じ益々憧れた
そうはいっても魔王を完全に舐めきっている訳ではない
その日から毎晩ハイドニールとフリニオーラは対魔王の作戦を考え
シュミレーションを繰り返した
こういう所は抜け目ないのがハイドニールの凄さである
そしていよいよ出発の朝が来た
全校生徒が見守る中一人出発するハイドニール
学校を代表してフリニオーラが前に出て言葉をかける
「師匠、御武運を」
「あぁ、ちょっくら行って来るよ
それでフリニオーラ
帰ってきたらアンタに頼みがあるんだけど
聞いてくれるかい?」
その問い掛けに対して1秒もおかずに
「わかりました
私にできる事なら何でもします‼」
「いやアンタ・・・なんでもって
内容を聞きもしないで・・・」
「内容なんか聞く必要ありません、何でもします
師匠の頼みなら何でもです‼」
真面目にそう答えるフリニオーラに苦笑いを浮かべるハイドニール
『この子は”ここで今すぐ裸踊りをしろ”と言ったら
何の躊躇もなくしそうだから怖いよ・・・』
そんな事を考えながらクスリと笑った
「じゃあ約束だからねフリニオーラ
忘れるんじゃないよ絶対だよ!?
それを楽しみにすぐ帰って来るからね」
「はい、お早いお帰りをお待ちしています‼」
真っ直ぐな目で答えるフリニオーラを見て二マリと笑う
ハイドニールの頼みとは”私と本気で喧嘩してくれ”というモノだからだ
ハイドニールにとって強い相手と戦う事こそ一番の楽しみであり
強い相手を打ち負かし”自分は本当に強いんだ”と思える瞬間が
何より好きなのである
ましてや同じ魔法使いで自分と五分にわたり合える者など
100年以上前に戦った自分の師匠以来皆無だからだ
『あの子は私の願いを聞いたら
どんな反応をするんだろうかね!?
少し楽しみだよ・・・』
学校を出発し三日の時が過ぎてようやく
集合場所のベルドルア聖王国に到着した
そこには今回のメンバーとして選ばれた若者が5人待機していて
ハイドニールが到着すると急ぎ足で駆け寄って来た
「我々が今回ご一緒させていただくメンバーです
あの伝説の魔法使いハイドニール様と
パーティーが組めるなんて光栄です
よろしくお願いします」
5人の若者は揃って頭を下げた
その時ハイドニールはすでにその若者たちの戦力分析を始めていた
『さすがに精鋭として選抜されただけあって
装備や身のこなしも一流である事には
違いないけど魔王と戦うには
どいつもこいつも役不足だねぇ・・・
アタシが魔王と対峙するまで
せいぜい露払いでもしてもらおうかね・・・』
そんな事を考えているとは思いもよらない若者たちは
何も言わずに自分達をジッと見つめているハイドニールに
思わず問いかけた
「あの・・・どうかなされましたか?」
「いやなんでもないよ
将来有望な若者たちにこんな年寄りが
混じってしまって申し訳ないね」
にこやかに答えるハイドニールに嬉しそうに笑ったメンバー達
今回は戦士一人、剣士一人、僧侶一人、武道家一人、弓使い一人に
魔法使いのハイドニールを加えた6人編成のパーティーで
弓使いが女性で後は男性という比較的オーソドックスな編成であった
魔王の待つ”呪血城”まで遭遇戦も少なく順調な滑り出しであった
そして敵の城に乗り込んでからメンバー達はようやく異変に気付いた
それはハイドニールが何もしないのである
敵が出ようが味方がピンチになろうが全く動かない
さすがに不審に思い弓使いの女がリーダー格である剣士に
小声で話しかけた
「ねえハイドニール様全く何もしないけど
どうなっているのよ!?
まさか偽物とかじゃないわよね!?」
「俺にもさっぱりだよ
それとなく言ってみるけどさ・・・」
それからも戦闘が起こるが全く動かないハイドニール
”あの~そろそろ援護をしてもらえませんか?”
と言ってみてもニコリと笑って
”わかっているよ”と答えるだけで結局何もしなかった
ハイドニールは笑顔を作りながらも全く別の事を考えていたのだ
『どうせアンタ達は魔王との戦いでは
全く役に立たないんだからせめて
そこまでの道のりで役に立ってもらわないとね
それまでアタシは1MPも
魔力を消費したくないんだよ!?』
ハイドニールにそんな思惑があるとはつゆ知らず
何とか魔王の待つ玉座の間に到達したメンバー達
アドギラルロックを前にして以前に打ち合わせていた
作戦通りのフォーメーションを組むパーティーメンバー達だったが
またもやその作戦通りに動かないハイドニール
さすがにメンバー達もイラつき声を荒げた
「いい加減ちゃんと動けやクソババア‼」
「この戦いには人類の命運がかかっているのよ!?
何で戦わないのよ‼」
「もういい、俺達だけで行くぞ
フォーメーションA‼」
洗練された動きで素早く移動し攻撃に移るメンバー達
しかし全く動じることなく冷静な魔王
というよりメンバー達の攻撃は魔王に対して
全く効果が無かったのである
剣士がどれほど斬りつけようと
武道家がどれほど打撃を喰えわえようと
全く無反応な魔王
ここに来てようやく魔王の強さを肌で感じた
メンバー達だったが時すでに遅かった
まるで作業をするかの様に一人また一人と
殺していく魔王アドギラルロック
最後の弓使いが魔王に捕まりハイドニールに向かって
「た、たすけ・・・」
と言ったところで魔王の一撃で潰されパーティーは全滅した
そんな光景を全くの無表情で見ていたハイドニール
魔王がこちらを向いてニヤリと笑った
「何だいその顔は
元々アタシはアンタとタイマンしに来たんだよ
じゃあそろそろいくよ魔王‼」
ハイドニールは右手に持っていた杖を高々とかかげる
それと同時に頭に付けている赤い髪飾りにそっと手を添えた
この髪飾りはハイドニールの持っている秘蔵のアイテムで
特殊な通信機の様な役目を果たしている
ただ通信機と言っても相手と会話できるのではなく
こちらの声や音を一方的に送るというだけ物だ
もちろん届ける相手はフリニオーラである
音だけではあるが師匠の戦いを耳を澄ませ
両手を祈る様に合わせて聞いている
『師匠、頑張ってください
勝ってください師匠・・・』
そんな思いが届いたのかは不明だが
戦いの火ぶたはハイドニールが切った
「これでも喰らいな
グレーターボルケーノ‼」
アドギラルロックの足元から巨大な火柱が立ち上り
その巨体を焼き尽くす
そのハイドニールの放った魔法の凄まじい威力に
意表を突かれた魔王アドギラルロックは驚愕の表情を見せる
というより完全に人間という生き物をナメきっていたのだ
今までこの”呪血城”に乗り込んで来て自分に挑んできた者達を
一方的に蹂躙してきたアドギラルロックにとって初めての経験
初めての強敵だった、このチャンスを見逃すハイドニールでは無い
畳み掛けるように次々と強力な魔法を放って行く
「ギガンテック マスタースプラッシュ‼」
何処からともなく現れた水が一気に収束しスクリュー状の水柱となって
アドギラルロックに突き刺さる
「グオアアァァ~‼」
悲痛な悲鳴を上げる魔王に対しどんどん攻めるハイドニール
「まだまだ行くよ‼
ブレッシング ミカエリスアロー‼」
掛け声と共に現れた三本の光の矢は神々しい光を放ちながら
凄まじい速度でアドギラルロックに突き刺さる
その突き刺さった矢は体に溶け込むようにゆっくりと
体の中に入っていきながらまぶしく光り輝いていた
「ギャオワァ~~‼」
激しい痛みに耐えるかのように矢が突き刺さった箇所を
押えてうずくまる魔王、その姿を見てニヤけるハイドニール
「どうしたどうした
そんなもんかい魔王の力ってのは!?
魔族だけあって神聖魔法の効き目は
抜群の様だねぇ
これで終わりだと思ったら大間違いだよ
エクステンデット エアファング‼」
ハイドニールの頭上に空気の断層が発生し
三本の巨大な真空の牙が魔王の頭上に降り注いだ
脳天と左右の両肩を真空の牙が切り裂くと
思わず悲鳴を上げながら倒れ込むアドギラルロック
「なんだいなんだいだらしないねぇ魔王
弱すぎるだろこのボケ
だったらさっさと逝っちまいな
アークギガサンダー‼」
上空に発生した巨大な稲妻が倒れている魔王に避雷した
凄まじいまでの轟音と光で状況がわからなくなるほどの衝撃
聞こえてくるのはアドギラルロックの悲鳴だけだった
そんな状況を音声のみで聞いていたフリニオーラも
大興奮の様子ではしゃぎまわっていた
「凄い凄い師匠~強い、強すぎます
流石は私の師匠‼」
倒れていた魔王がゆっくりと起き上っていく
その様子をジッと見つめているハイドニール
その瞬間アドギラルロックの腕が伸び
一気にハイドニールを掴もうとした
「ダークネス イビルスーサイド‼」
ハイドニールがそう叫ぶと背後から黒い闇が発生し
アドギラルロックの腕を包み込んだ
ハイドニール目掛けて伸ばしたはずの魔王の腕が
顔の数センチ前でピタリと止まる
その瞬間アドギラルロックの表情が険しくなった
「そらどうした魔王
そのままアタシを掴んで殺してみろ・・・
どうしたやらないのかい?
じゃあアタシがやってやろうか」
そう言って右手の杖をコンッと床に打ち付けた
その時アドギラルロックの腕を包んでいた闇が
どんどん魔王の方へ移動していく
それと同時に闇に包まれたその腕は
自分自身の首を絞め始めたのだ
自分の腕で自分の首を絞められるというとんでもない事態に
驚愕の表情を浮かべる魔王アドギラルロック
残った左手で必死に自分の右手を押え付ける
「そらどうした魔王?頑張れ頑張れ
もっと踏んばらないと
自分の右手に殺ろされちまうよ
”魔王を殺したのは魔王の右手でした”って
面白いニュースになりそうだねぇ~
抵抗しても無駄だよ
もうその右手はアタシのいう事しか聞かない
そのまま無様に死んじまいな」
そう冷たく言い放つハイドニールに対し
魔王は左手で自分の右手を切断したのだ
その後右手の切断面から新たな手が生えてきた
そしてハイドニールを睨みつける魔王アドギラルロック
さすがにここまでやられてしまうと
最初に見せたような油断はみじんも無かった
「へぇ~そんな事も出来るのかい
便利な体だねえ、さて・・・
聞いているだろうねフリニオーラ‼」
「ハイ聞いています‼」
こちらからの声は聞こえないのを承知で返事するフリニオーラ
そして気分はすでに勝った気でいた
「いいかいよく聞いておきなよ
F4WH3H6WL72D3だわかったかい!?」
「はいわかりました」
この意味不明な暗号のような言葉はハイドニールから
フリニオーラへの伝達であった
ハイドニールはただやみくもに強力呪文を連発していたのではない
データの無い魔王を攻略するためにありとあらゆる属性の魔法を
使い分けそのダメージを観察し分析していたのである
自信満々ではあったモノの相手は未知の敵魔王である
もし自分が敗れた時の為にデータを送っておいたのだ
『全く慎重だな師匠は・・・
師匠が負けるはずないのに・・・』
もうすでに勝ちを確信しているフリニオーラに対し
当のハイドニールはそこまで楽観視はしていなかった
一方的に押してはいたもののまだ相手は立っている
あとどれほどの攻撃を加えたら倒せるのか?
それとも凄まじいまでの回復力があるのか?
もしかしたらあと一押しなのか?
全くわかっていないのである
しかもここまで巨大呪文を連発していた為
魔力の消費も激しかったからだ
『う~んマズイねぇ
思ったよりタフだね魔王
チマチマやってもしょうがない
使いたくは無かったが一気に
アレで決めるとするかね』
ハイドニールは意を決して大きく目を開くと
杖を持っている左手と何も持っていない
右手の掌を広げ前に突き出した
「これで決着だよ魔王
”ダークフレアストーム”‼」
その声に思わず立ち上がるフリニオーラ
「何ですかその魔法は!?
私知らない・・・
そんな魔法聞いた事無い・・・
一体何ですか師匠その魔法は‼」
聞こえるはずの無いハイドニールに向かって呼びかけるフリニオーラ
そんな思いを無視するかのようにハイドニールの魔法が発動し始めた
魔王アドギラルロックの頭上に大量の闇が現れ
それが渦を巻いて高速回転し始める
そして黒い巨大竜巻となって魔王を包み込んだ
そして竜巻の周りにはいくつものプラズマが発生し
青白い放電を繰り返しながらバチバチ音を立てて光っていた
竜巻の中心はおそらく真空状態のはずだが
赤々とした炎が燃え盛っていた
その姿はまるで巨大なランプの様でもあったが
中心の炎はゆらゆらと揺れるランプの火とは違い一点に凝縮された
業火が竜巻の中心で魔王を燃やしていたのだ
「ギャアアァアアァァァァ~~~‼」
魔王の絶叫だけがこの玉座の間に響き渡る
そのハイドニールの魔法は今までの魔法より
明らかに魔王を苦しめていた
この魔法をフリニオーラが知らないのは当然で
これは独自の研究の末に編み出したオリジナル魔法なのだ
ハイドニールは心の中でつぶやいた
『どうだい魔王、痛いかい?苦しいかい!?
この魔法はね風、雷、闇、炎を融合した
アタシのとっておきさ
今頃フリニオーラは驚いているだろうね
この魔法の事は二人で魔王討伐の
シュミレーションをやった時にも
一切言ってなかったからね・・・
そりゃあ言う訳にはいかないんだよ
これは対フリニオーラの為に作った
とっておきの魔法だったんだからね
それなのにこんな所で使う羽目に
なっちまうなんて・・・
絶対許さないからね魔王
アタシの八つ当たりは
メチャクチャ痛いよ‼』
そんな事を考えながらさらに力を込めるハイドニール
黒い竜巻はさらに勢いを増しながら中の魔王を苦しめていく
それを取り巻くプラズマの放電量も比例して増えていき
その光はハイドニールの顔をも青白く照らす程であった
「ギャアアァァァァ~~~‼」
魔王アドギラルロックは両膝をつき四つん這いの様な恰好で
苦痛の絶叫をあげていた
勝ちを確信したかの様にハイドニールの口元がニヤリと笑う、その瞬間
「ぐはっ!?」
突然ハイドニールは大量の吐血をしたのだ
あれ程猛威を振るっていた竜巻は何事も無かったかのように
掻き消え、先ほどまでうるさい程バチバチと音を立てていた
プラズマの放電現象もピタリと治まり辺りは静寂に包まれた
ハイドニールはガクッと片膝を付き自分の口から出た
大量の血を見て顔をしかめた
「情けないねぇこれしきの魔法で
体が悲鳴を上げるなんて
歳は取りたくないね・・・」
魔王アドギラルロックは四つん這いの恰好のまま動けないでいた
巨大竜巻の中で業火に身をさらされた為
肉を焼かれた嫌な臭いが辺りに立ち込める
体のあちこちから煙が立ち上りブスブスと音を立てていた
しかし突然掻き消えた黒い竜巻を確認するかのように
顔を上げた魔王が目にしたものは
口から血を吐き片膝をついている老婆の姿であった
アドギラルロックは凄まじい形相で立ち上がる
自分をここまで苦しめた相手が今目の前におり
しかも戦闘不能状態になっている
”今殺しておかないと自分の身が危ないこいつは危険だ‼”
と魔王の本能が告げていた
そんな姿を見たハイドニールが苦笑する
「散々ボコられておいて相手の自滅が
そんなに嬉しいかい
情けないねぇそれでも魔王かい!?
しかしこっちがもう動けないのは
事実だからね・・・
チクショウくやしいねぇ
こんな負け方なんて」
その声を聞いたフリニオーラは声が枯れる程絶叫していた
「嫌あぁぁぁ~~~師匠
死んじゃ嫌あぁぁぁ~~~
師匠、師匠~~~‼」
ハイドニールは言葉を口にするのも辛い状態だったが
それでも力いっぱい言い放った
「魔王、いずれアンタの前に
”クルム”の名を継いだ者が必ず現れる
その時がアンタの最後だよ‼
聞いているかいフリニオーラ
後は任せたよ‼」
「嫌ああああぁぁぁぁ~~~
死なないで師匠‼
死んじゃ嫌あぁぁぁぁ~~~‼」
魔王アドギラルロックは拳を振り上げ渾身の力を込めて
目の前の老婆に振り下ろした
その巨体から繰り出される拳を見つめながら笑うハイドニール
『喧嘩で負けるのはくやしいねぇ・・・
あの子と喧嘩したかったのに・・・
それも・・・』
その瞬間ハイドニールからの通信が途切れる
それが何を意味するのかは疑いようも無かった
フリニオーラは糸の切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちた
見開いた両目は瞬きもせず焦点の合っていない
視線を天井に向けていた
口は半開きのままでかすかに動いている
そのか細く力無い声は近くにいても
聞き取れないほどでずっと何かをつぶやいていた
「師匠が死んだ師匠が死んだ
師匠が死んだ師匠が死んだ
師匠が死んだ師匠が死んだ
師匠が死んだ師匠が死んだ・・・」
その呪詛の様な言葉が夜の闇に溶けて行った。
先週に引き続きフリニオーラの外伝です、当初の予定では3部構成のつもりだったのですが、どうも4部になりそうですスミマセン、もう少しだけおつきあいください、では。