菜の花畑
「菜の花畑で眠つてゐるのは……
菜の花畑で吹かれてゐるのは……
赤ン坊ではないでせうか?
いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑で眠つてゐるのは、赤ン坊ですけど」
中原中也「春と赤ン坊」より
菜の花畑には赤ん坊が眠っているらしい
ある男が言ったことだ
あれは赤ん坊ですかと私は訊いた
笑い含みの声が続けた
「菜の花畑に眠っているのは、赤ン坊ですけど」
どうやら本当に眠っているらしい
このひろい菜の花畑のどこかで
赤ん坊はすやすや眠っているらしい
目が覚めて泣かないだろうか
母を呼んで泣きはしないか
腹が減って泣きはしないか
知らぬ畑で泣きはしないか
私は想像する
おくるみに身を包んで
身じろぎもせず眠る赤ん坊――
ああ、あるいは。
蝶になるために、蛹が眠っているのかもしれない。
紋白蝶が一匹、菜の花畑を飛んでゆく