元総理、助っ人を得る
翌日。
癖で早起きしてしまったが、全くやることが無い。
朝食までは時間があるし、散歩をしようにも早すぎる。
「Youtubeでも見るか……」
早朝からパソコンを起動し、Youtubeを見る65歳の老人。
うーん、他にやることがある気がする。
しかし面白いから惰性で見てしまうのが恐ろしい。
こんな愉快なものがあるとはな。
「お父さん、朝ご飯ですよ」
「む」
そして気が付いたら一時間以上経っている。
本当に恐ろしいなYoutubeは。
スローライフを過ごすはずだったのに、これでは老後が早く終わってしまいそうだ。
Youtubeを見ていて、気付いたら老衰などと笑えんぞ。
私がリビングに向かうと、理子が用意してくれた朝食がそこにあった。
今日のメニューはとろろ芋に韓国海苔と味噌汁か。
実に私の好みに合ったメニューだ、素晴らしい。
「おはよう」
「おはようございます」
どうやら政子はまだ起きてきていないらしい。
まぁ学校の開始時刻まではまだまだあるし、大丈夫だろう。
しかし味噌汁が美味い。
朝食を食べていると、制服に着替えた政子が降りてきた。
そしてそのまま私と目も合わせず席に座り、食事を食べ始める。
「おはよう、政子」
「……チッ」
舌打ちされた。
父さん悲しい。
そんな政子の態度に、理子が怒鳴った。
「政子!」
「……おはよ」
あぁ、やめてくれ理子。
愚かな私でもわかるが、そんな叱り方をしてしまっては益々政子が機嫌を損ねてしまう。
昨日に続いてかなり食卓の雰囲気が悪くなってしまった。
どうにか流れを変えなければ。
「今日は何時ごろに学校から帰ってくるんだ?」
「娘の帰宅する時間も、未だに把握してねーのかよ」
ぐっ、もっともだ。
確かに政子の言う通り、もう娘が高校に通い始めて一年以上も経っているのだから、親として理解していないのはおかしい。
「す、すまん……」
「今日はテニス部があるから、7時ちょい過ぎだっつの」
教えてくれただけマシだな。
だが藪蛇だったことは間違いない。
ここから挽回しなければ。
「テ、テニス部の調子はどうなんだ?」
「レギュラーになったから忙しくなったって言ったじゃん」
ぐぅ!
また墓穴を掘ってしまった。
レギュラーになったのか?
娘の行っている高校は椿ノ宮という、俗に言うお嬢様学校なわけだが、そこは確かスポーツにもかなり力を入れていた記憶がある。
そこのレギュラーになったとは、相当凄いことなのではないか?
「そ、そうか。頑張ったな」
「この話は一ヵ月前の晩御飯の時にしたけどね。その時はクソしょっぱい対応したくせに」
ぬぅ!
何をやっているんだ過去の私はァ!
◇◆◇
「ということがあったのだ」
「はぁ……」
私は今、都内の高級すきやき店で元秘書の繁原君と食事をしている。
店に入り、個室に通されて早々「なんでYoutuberを目指そうと思ったのですか」と聞かれたので昨日や今日の体験談を話した。
「だからな、娘の好きな『ゆーちゅーばー』になって気を惹きたいのだよ」
「なるほど……」
私の話を聞いて繁原君は、どこか安心したような顔でため息をついた。
「私はてっきり先生がまた何か企んでいるのかと思いましたよ」
そんな深読みをさせていたのか。
確かに繁原君には申し訳ないことをしている自覚はある。
突然呼び出されて「ゆーちゅーばーになる」と言われたのだ。
確かに何か裏があるのではないかと勘繰りたくなるだろう。
その理由が単なる家族の不和が理由とくれば、第三者の彼にとっては凄くどうでもいい問題である。
「すまんな、繁原君」
「いえいえ、寧ろ嬉しいですよ」
「何故だ?」
「仕事の鬼だった先生も、家族が大切なんだなと」
そりゃあ勿論私が政治家になったのは、この日本という国を変えたいからというのが一番の理由だ。
そしてその根源には、愛する家族や仲間を守りたいというのがある。
だからこそ家を治めることが出来なかった私は国の長として失格なのだ。
繁原君はニコリと笑うと、軽く私に頭を下げた。
「この繁原秀吉、先生が世界一のYoutuberになる為、全力でお手伝いさせて頂きます」