元総理、電話する
「はい、繁原です。先生どうなさいましたか?」
しばらくのコール音の後、政重とは真逆の若々しい声が聞こえてきた。
繁原は内閣時代に政重の秘書をしていた男であり、今も党の報告を定期的に送ってくる。
「忙しい繁原君には大変申し訳ないのだが、折り入って頼みがあるのだよ」
「先生の頼みであれば、私の出来る範囲でなら何でもお力添えさせて頂きますよ」
「そうか」
相変わらず心強い部下である。
最終的な決定や、外交などは政重がやったものの、それまでのセッティングや文章の用意、演説の台本などはすべてこの男が用意していた。
岡田政権において影の功労者と言って間違いないだろう。
「ならば『ゆーちゅーばー』になる為に必要な用意をしてくれ」
ん?
反応が無いな、電話が切れたか。
そう思ってスマホの画面を見たが、まだ通話中になっている。
「……すみません、もう一度いっていただけますか?」
「ぬ?」
なんだ、聞こえなかっただけか。
全く、まだまだ若いというのにそんな調子では老後が思いやられるぞ繁原君。
私は彼の未来を心配しながら、もう一度繰り返した。
「私が『ゆーちゅーばー』になる為に必要な用意をしてくれと、そう言ったんだ」
「……あー、やっぱ聞き間違えじゃなかったかぁ」
ん?
いつもならば「はい、承知しました先生!」と言って、用意可能な日時を教えてくれる彼の歯切れが悪いな。
私がいなくなってから腑抜けてしまったのか?
最も信頼している彼がそんな調子では、これからの日本の未来が心配だぞ。
「質問をさせて頂いてよろしいですか? 先生」
「構わんぞ」
「Youtuberになられるおつもりですか?」
「そうだ」
そして再び始まる沈黙の時。
どうしたというのだ繁原君は。
私が政治家を引退すると言った時ですら、こんなに長い沈黙ではなかったぞ繁原君。
「……承知しました。明後日までには用意してみせます」
「うむ、頼んだぞ」
「ただ明日の夕方頃にお会い出来ませんか? 何故そのような考えをお持ちになったのかお聞きしたいので」
「明日か。わかった」
「ありがとうございます。では明日の夕方5時頃、お迎えに上がりますね」
そう言って繁原君との通話は終了した。
どうやら明後日には私の『ゆーちゅーばー』デビューが出来そうである。
私は妻が用意してくれた風呂に入り、歯磨きをした後に『ゆーちゅーばー』の動画を一時間程見て、夜の10時半頃に寝た。
◇◆◇
「何考えてんだあの人……!」
どうも皆様。
私の名前は繁原秀吉。
前内閣総理大臣である岡田政重様の秘書をやらして頂いていた者です。
先程その岡田様から電話が入りました。
政界を引退され、これからは老人らしく過ごすと言っていた岡田様。
しかし、そんな岡田様から頂いた電話の内容はなんと「Youtuberになるから必要なものを用意しろ」とのことでした。
勿論Youtuberがなんたるかくらいは存じ上げています。
しかし言ってきた相手が問題なのです。
御年65歳、元内閣総理大臣。
いやぁ、普通におかしいと思います。
別に、いわゆるキャラ崩壊のような点については問題ないのです。
元内閣総理大臣という肩書を持つ岡田様が、Youtuberという存在になる。
やり方によっては、日本国民の心を強く掴むことが出来るはずです。
昨今はSNSで政治家が日常的なツイートをする時代。
決して悪くはありません。
でもねぇ……お爺さん過ぎるんですよ。
65歳でYoutuberは無理あると思いますよ岡田様。
それただのホームビデオですって岡田様。
「はぁ……」
悩んでいても仕方がない。
事の真意は明日、岡田様ご本人に聞くことにしよう。
私が今すべきことは、岡田様と相談する食事処の確保と、『Youtuber』になる為に必要な機材の確保だ。