元総理、決意する
むぅ、YouTubeで見た『〇〇を作ってみた』というタイトルの動画からインスピレーションを受け、私も沖縄料理のタコライスとタコで巻いた酢飯を掛けたギャグをしてみたのだが、あまりウケは良くなかったか。
やはりまだまだ私もニワカだというのだな。
本質を理解しなければ、人を楽しませることなど出来はしないということだ。
私は食後の味噌汁を啜りながら今後の予定を考える。
政子はとっくに自室へ戻ってしまった。
残っているのは台所で洗い物をしている理子だけだ。
「ふむ……」
政治家をやめた今日になって初めて気付いた事実なのだが、我が家の食卓はとても冷たいものだった。
殆ど会話がない上に、食事中にはテレビを付けない家の為、重苦しい空気が流れるだけだ。
何故このような事態に今まで気付いていなかったかと言うと、政治家時代は食事中にも頭の中が仕事でいっぱいで、周りに気を配っている余裕が無かったからだ。
「これはマズいな……」
「味付けが気に入りませんでしたか?」
「あ、いやすまない。味噌汁の話ではないのだ」
普通、家での食事と言えば家族と談笑して食べる温かいモノであるべきだろう。
このような事態になったのも、恐らく私のせいだ。
政治家としての緊張を強いられる中、家でもそれが出てしまっていたのだろう。
自分の不甲斐なさに呆れてしまう。
「理子」
「なんですか?」
「今まですまなかった」
こんな私との生活で、一番の被害者は間違いなく長年付き添ってくれた妻の理子だろう。
結婚してからもう40年以上になる。
そんな長い間、ずっと私を支えてきてくれた妻には感謝の念しかない。
「謝られることは何もありませんよ」
「それでも」
「私のことより、政子のことを考えてあげてください」
理子の言葉に思わず言葉が詰まる。
政子もまた、間違いなく被害者の一人だ。
幼い娘にとって、本来憩いの場所であるべき家が緊張感で満ちた空間であったのなら、どのような苦痛になるのか想像もつかない。
『クソジジイ』
言われた時は衝撃を受けたが、こうして振り返ると成程確かに『クソジジイ』だ。
無くしてしまった、いや作り出してこなかった家族とのコミュニケーションをどのようにして取るべきか。
私と話してくれるだけ、妻の理子はまだいい。
問題なのは取り付く島もない娘の政子だ。
私は考えた。
仲良くなるということは、相手を知ることだ。
つまりこの場合、相手が好きなものを理解するということだろう。
「娘の好きなモノ……か」
そう考えて、また一つ衝撃の事実に気付く。
娘の好みが全く分からない。
いや、食べ物の好き嫌い程度は把握しているのだが、こと趣味に関しては全く分からないのだ。
何故か? これまた私の責任だ。
娘の誕生日は覚えているのだが、丁度その日に重大な国家プロジェクトの会議が入ったり、海外に行く用事が出来てしまったりで、娘にプレゼントを贈ったことが殆どない。
娘が幼少の頃に絵本をプレゼントしたと思うのだが、流石にそんなものは現在高校生の彼女相手には参考にならない。
そして私は思いついた。
物にこだわろうとするからダメなのだ。
そもそも物で釣るような根性でコミュニケーションを取ろうとするのは愚策だろう。
娘の好きなモノが物である必要はない。
例えばそう。
「ゆーちゅーばー……」
そうだ。
私が『ゆーちゅーばー』になろう。
そして娘を笑わせるのだ。
道のりは険しいかもしれない、私が見た限りでは『ゆーちゅーばー』の年齢は殆どが20代の若者だった。
だが、やらなければならない。
少しでも娘が喜ぶ可能性があるのなら、私はそれに賭けなければいけないのだ。
「理子」
「なんですか?」
「『ゆーちゅーばー』になろうと思う」
「……その、『ゆーちゅーばー』というのは?」
おぉ、そういえば理子はパソコンなどの電子機器などが分からないアナログな人間だったな。
『ゆーちゅーばー』などと突然言われて、わかるわけがない。
「インターネット版の芸人だ」
「その年で芸人を目指されるのですか?」
「あぁ」
「……そうですか」
理子は一瞬手を止めると、再び洗い物を始めた。
「貴方は昔からやると言ったら必ずやる人ですしね」
「そうだな」
「どんな道であれ、私は応援しますよ」
本当にいい妻を持ったものだ。
私は妻に「ごちそうさま」を言って、自室に戻る。
そしてスマートフォンを手に取り、とある番号に電話をかけた。