元総理、作ってみた
気のせいだろうか。
いや気のせいではあって欲しいが、間違いなく愛する娘の口から私を蔑視する言葉が聞こえた。
反抗期というやつか?
確かに仕事にかまけてばかりで、家族と過ごす時間が少なかったという自覚はある。
いつの間にか政子はグレてしまったというのか、これはいけない。
「何をしていたんだ?」
「なんでもいいでしょ、どっかいってよ」
娘が冷たい。
いや、これは私の落ち度だ。
国家の長足る者として、家を治めることが出来ていないなどとあってはならない。
私は娘とコミュニケーションを取るべく、部屋に足を踏み出した。
政子はイヤホンをパソコンに繋げて何かの動画を見ている。
最大手動画サイトのYouTubeだな。
動画の中央に、座りながら挨拶をしている人物が映っている。
「ちょっと、なんで部屋に入ってくるのよ」
「これは流行りの芸人か?」
「関係ないでしょ、早く出てって」
むぅ、取り付く島もない。
どことは言わんが、某国との和平交渉より厳しいな。
あちらは一応何が欲しいかの要求をしてきたが、ウチの娘に関しては早く出てけの一点張りだ。
思春期の子というのは実に扱いずらい。
パソコンの映像をよく見ようと近付くが、私を部屋の外に追い返そうと政子が手で押し出してくる。
娘よ、残念ながら父はその程度の力で外に押し出せるほどヤワではないぞ。
「なんなのよ!」
政子は立ち上がり、いよいよ全力で私を追い出そうとする。
だがその立ち上がった拍子に、パソコンから耳に付けていたイヤホンが外れてしまった。
『どーも! Youtuberの〇〇☓☓です! 本日はこの有名なフリーホラーゲームを実況していきたいと思います!』
パソコンからイヤホンが外れてしまったことに気付いた政子の顔は分かりやすく動転しており、急いでマウスを操って動画を停止させた。
その肩は微妙に震えている。
マズいことをやってしまったかもしれん。
「早く出てってよ!!!」
◇◆◇
むぅ、娘との友好を深めようとしたが却って険悪になってしまった。
現在の私は自らの部屋でパソコンを立ち上げ、娘が見たと思しき動画を捜している。
『ゆーちゅーばー』だったか? 小耳には挟んだことはあるが、実際のモノは見たことないな。
〇Youtuber〇
YouTuber・YouTubeクリエイターは、主にYouTube上で独自に制作した動画を継続的に公開する人物や集団を指す名称である。狭義では「YouTubeの動画再生によって得られる広告収入を主な収入源として生活する」人物を指す。 英語圏では「YouTuber」以外に「YouTube personality」「YouTube Star」「YouTube Celebrity」などの表記も使われる。(Wikipediaより引用)
ふむ、Youtube版コメディアンという理解で間違いではないか。
参考までに再生回数の多いものから少ないものまでいくつか動画を見てみたが、どれもこちらの興味を引くように工夫を凝らした物が多かった。
短く動画を纏めて単発的に笑わせてくれる者や、ゲームをプレイして実況する者。
一人で活動する者もいれば、複数人で活動している動画もある。
更には顔を公開している、していないなどと実に多種多様だ。
だが度々入るこの広告はどうにかならんのか、少しばかりイラつくぞ。
「貴方、ご飯の準備が出来ましたよ」
「む」
部屋の外から妻に呼ばれ、ふと我に返って時計を見ると、時刻は夜の8時になっていた。
私が家に帰ったのが7時前だったはずだから、もう1時間は動画を見ていた計算になるのか。
夢中になってしまうと時の流れは早いものだな。
娘がハマるのも納得だ。
私はパソコンをシャットダウンし、立ち上がってリビングに向かう。
既に理子と政子は食卓に座っており、私を待っていたようだ。
今日の晩飯は手巻き寿司か、豪勢だな。
「すまない、遅れた」
「おせーよ」
「政子!」
「よせ理子。事実だ」
折角の美味しそうな食事の前に、険悪な空気になるのは勿体無い。
皆で「いただきます」を言って、晩飯を食べ始めた。
政子は海苔に酢飯を乗せ、好物のマグロを2つほど巻いて食べている。
そのせいでマグロの消費が異様に激しく、タコの刺身に至っては全く減っていない。
私はふと、とある思い付きをした。
「貴方、どうしたのです?」
理子が私の手元を見て、怪訝そうな表情を浮かべた。
手巻き寿司はご存知の通り、海苔でご飯と刺身を巻いて食べるものだ。
だが私は今回海苔を使わず、タコの刺身を使ってご飯を巻いた。
「タコライス、作ってみた」
「食いもんで遊ぶなよ」
ごもっともである。
私はタコ巻き寿司を箸で崩して食べ切ったあと、以降は普通に海苔を巻いて食べた。