最終夜 愛しい人
遂に明日、私の誕生日…婚約発表の日がやってきた。少し、怖くて…今日こそは、リッドに本当の事を言わなくちゃいけないと思うと、顔を見ることができないと思った。
部屋で、本を読んでいたら、ドアのノックの音がした。
「クラリス、少しいいか?」
クラウド兄様だった。
「あ…はい、どうぞ」
本を、パタン。と閉じると同時にドアがキィっと、音をたてて開いた。そこには、何かとても心配しているかのような顔をした兄様がいた。私のところへやってきて、ギュッと、抱きしめてきた。
「にっ…兄様?!どうなさったのですか?!」
慌てて私が兄様に問う。はっとして、兄様が私を放す。そして、片膝をついて、私に話掛ける。
「クラリス、正直に答えてくれ。お前、本当は殿下との婚約、結婚は望んでいないのだろう?お前のその様子を見てればわかる。なにせ、兄だからな。他に…好きな人がいるんじゃないのか?」
兄様は何もかもおみとうしだった。私は殿下との結婚は望んでいない。そして…、リッドがすき。
「…はい。望んでなんかいません、殿下との結婚なんて…わ…私には…私には…」
急に涙があふれ出してきた。目を擦っても擦っても、涙は止まらない。遂には、悲鳴の様な声までもあげていた。それを見るなり、兄様は私を抱きしめて、背中を摩った。
落ち着いたところで、兄様にすべてを話そうと思って、立ち上がり、窓辺に座り込んだ。
「…兄様が仰った通り、私には好きな人がいます。その人とは、この先、ずっと一緒にいたいと思います。けど、それは…叶わぬ願いなのです。」
「えっ」と、いう顔をして兄様は私を見る。
「…何故?」
「…彼は『ヴァンパイア』なのです」
「なんだって?!って、ことは…お前、噛まれたのか?噛まれたものはそのヴァンパイアの虜になるって…」
「それはありません。そうしたら、私はいま太陽の光に当たって砂となって消えています。それに、その人も、血を好みません」
「そっか、なら良いんだ」
安心して、兄様は椅子に座り込んだ。そして、私は兄様に言おうと思う。リッドの身分のことを。
「それと、その人は。グーベルスタ第三王子なのです」
それを聞くなり、兄様は眼を見開いて、震える声で言った。
「まさか…リッド王子、なの…か?生きて…そんな……本来のお前と、リッド王子なら…そんな事って……クラリス、今日。陛下がお見えになるだろう?その時、話をしなさい。なぜグーベルスタが滅んだのか。そして、お前とリッド王子の関係を…」
そう言い残すと、兄様は私の部屋から出て行った。グーベルスタが滅んだ理由?それは、ヴァンパイアに襲われただけじゃないって言う事なの?それと、私のリッドの本来の関係…?
夕焼けに染まった時、陛下がやってきた。陛下は屋敷に入るなり、すぐに父上の書斎へと小走りに行った。私は少し、ノックするのを躊躇ったが、聞こうと思い、ノックしかけた時、とんでもない話が耳の中に飛び込んできた。
「…良かったのでしょうか?あんな手を使ってまでクラリスの『相手』を殺すなんて…」
父上の低いテノールの声が響く。
「いいのだよ、オスロー君。我が息子、ギゼルと、クラリス嬢と、このタリシアの為ですよ。グーベルスタなんて言う小国、なくなって正解なのだ。このタリシアはさらに大きくなっていくために。あなたも、このオスロー家の名が広まるのは有難きことだろう?」
一体…何のはなしなの?グーベルスタが無くなって正解?私の相手を殺した??何なの?
「ギゼルのためなら私はなんだってする。そう、例え国一つを滅ばしても。クラリス嬢が生まれて、ギゼルはすぐ気に入っていた。結婚させてやりたかった。その為には、代代伝わるこのオスロー家の掟を破らなくてはならなかった。『許婚であるグーベルスタとオスロー家』の…あのまま掟があったら、クラリス嬢は『グーベルスタ第三王子リッド王子』と、結婚していたからな。殺してよかったのだ」
…そんな……嘘…リッドと、私が許婚…??それを破るために、グーベルスタは無くなったの…?嘘よ…そんなの…
「クーラーリースゥー??どうしたんだよ?そんなへっぴり顔してさ。元気ないのか?」
リッドが私の顔を覗き込む。私はまともに顔を見ることができず、ふいっと、そらした。そうしたら、リッドが少し不機嫌そうな顔をしたけど、すぐにいつもの顔つきに戻った。にこにこしながら、話しかけてくる。
「でさぁ、そしたら…」
「もう、明日から来なくていいよ?」
「…は?今何て?」
「『明日から来なくていいよ』って言ったの。分かる?」
私から来てほしいって言ったけど、もう駄目なの…今日で、リッドとはもう会えないんだから。怒って帰って?ふざけんなって、叩いていいから…。自己中心な私を叱って帰って。お願い…これ以上、リッドへの好きが溢れたら…耐えられない。
リッドが、部屋の中へ入ってくる。
「…どういう意味だよ…」
後ずさる私。けど、言わなきゃ…
「私…明日タリシア王国第一王子、ギゼル殿下との婚約発表があるの。これから人妻になる人と話なんかしたくはないでしょ?」
お願い…かえって…
「…わかった。クラリスがそう言うなら。じゃぁな…」
リッドは窓から飛んで行った。窓から身を乗り出す私。けど、リッドの姿はもう、見えなかった。壁に沿って座り込む私。涙が、空気を青色にかえる。
「…リッド…リッド…言えなかったけど。好き、世界一好き…誰よりも…愛してる……あなたと、ずっと一緒にいたかった。私の、本当の夫になるはずだった人…」
夜が明け、パーティーが開かれた。いろんな貴族の方がお見えになった。けど、リッドはもちろんいなかった。リッドは、今何をしているのだろうか?私の事なんて、もうどうでもよくなってしまったのだろうか??でも、一つ言えること。私はリッドを心配する権利はないって言う事。自分からリッドを野に放したのだ。かえって来てほしいなんて今更言えやしない。そんな風にそわそわしていると、夜が来た。パーティーもフィナーレときたと思った時、まだ…私には知らされていなかったことが起こった。
一人のメイドが、私に控室に来るようにと言って、それについて行った。いったい何があるのだろうか?控室には、なんと、純白の美しいウェディングドレスがあった。何でドレスがこんな所に…
「クラリス、良いドレスだろう?」
振り向くと、殿下がいた。
「殿下…これは一体…」
「…そっか、クラリスには言っていなかったね。今日、僕たちの式を挙げるんだ。まぁ、事前に言っていたら、君は逃げていたかも知れないからね」
「…そんな…今日だなんて…」
「しっかりクラリスを飾ってくれ」
「お任せを」
殿下が部屋から出ていく。
「待って下さい!!殿下!!ギゼル殿下!!!!」
ドレスに包まれた私は、まるで別人のようだった。美しいって意味じゃない。最低だ。望まない結婚が、こんなに早く訪れるなんて…。鏡を見なくても分かる。今、私は屍の様な姿をしているに違いない。
そして、ついに式を挙げることにになった。教会には、たくさんの人が、笑いながらいる。そんな人たちに…私と殿下の結婚を待っていた人たちに、こんな顔を見せる事なんてできやしない。
父上と並んで歩いて行く私。その先には、殿下。リッドではなく…
「新朗、ギゼル=アーサー=タリシア。あなたは、新婦クラリス=シリル=オスローを時に励まし、一生ともに歩んでいくとこを誓いますか?」
「はい、誓います」
「では、新婦。クラリス=シリル=オスロー。あなたは新朗ギゼル=アーサー=タリシアを時に支え、一生ともに歩んでいくことを誓いますか?」
「…私は…」
ばん!!と、ドアが思いっきり開いた。みんないっせいに振り向く。そこには、黒いマントと、ベストにズボン。そして…なによりも真っ赤な美しい赤髪。
「…リッド…」
リッドは、カツカツ。と靴の音を響かせてやってくる。そして、私を抱え込んで、走って教会を飛び出ていった。
「…誰か!!花嫁を連れ戻すんだ。男は殺せ!!殺すんだ!!」
殿下が叫ぶ声は聞こえる。それを無視して、リッドは飛び立った。私は怖くて、目を瞑ったまま、寝てしまったようだ。
「…クラリス?」
目を開けると、リッドが目の前にいた。そこは前に来た、綺麗な花畑だった。穏やかな風が私とリッドを包んでいるかのように吹いた。
「リッド…知っていたんでしょ?!私と、あなたが…。許婚だって…」
「…うん。ごめん、黙ってて。最初は、クラリスを一目見たら、太陽に焼け死ぬつもりだったんだ。けど、死ねなかった…。俺は…」
「リッド、お願い。私を…私の血を啜って。あなたと共にしたい。私をヴァンパイアにして。」
ためらったが、リッドは私の首に顔を近づけた。
「…いいの?そんな事をしたら…」
「…いいの。私は…リッドがだれよりも好き。愛してるから…」
「…」
リッドの牙が首に触る。びくっとなったけど、そのまま目を瞑った。
肩に水が一滴落ちてきた。それは、リッドの涙だった。それと、同時にリッドが私を強く抱き寄せる。
「できない…俺には…できない……クラリスをヴァンパイアに変えるなんて…化け物に変えるなんて…俺にはできない……」
「…リッド?」
辺りが急激に明るくなる。朝日が花たちをパステル色にする。はっとして、リッドを見上げる。
「!!…リッド!!早く、早く日陰に…死んじゃう…」
リッドの手を引こうとしたけど、動く気配がない。そして、いきなり手を解かれた。いや、違う…
「リッド…手…」
それを見るのが恐ろしかった。リッドのては、あさひによって、砂と化していたのだ。
「クラリス」
もう片方の手が私の頬に当てる。私の涙を拭く。
「俺…クラリスが。……」
「リッドぉ!!いやぁ!!リッド!!」
どんどん消えていくリッド。見ているのがつらい。
「…好きだ…」
「…え」
「俺は闇に生きるけど、クラリスは光の中で生きていく。けど、忘れんなよ…お互い、光と闇、対象の場に立っていても、俺はずっとクラリスの事を想っているから…好きだ…クラ…リ……」
さぁっと、私の頬に触っていた手が消えた。そして…
「いや…嘘…そんな………リッドぉ―――――――!!!!!」