私と町
消し炭になった肉は横に置いて現状を整理する。
私は人間だ。
人間の両親がいて、友達がいて、昨日までは普通に暮らしていた。
一方で魔物なのではという疑いがある。
人間の言葉がわからなくなり、両親や友達、昨日までの細かい暮らしぶりが思い出せないからだ。
しかも、魔物の言葉がわかる。
妖狐やゴブリン、果ては人間まで…つまり私以外は皆私を魔物と言う。
最早、私は魔物であるが人間である疑いがあるといった方がしっくりくる。
このチグハグぶりを妖狐は呪いのせいと言う。
人間と思い込む呪いなのだろうか。
もしそうなら、私の中にある人間としての記憶が誤認されたもの、偽りの記憶となる。
しかし、私は街中にいた。
記憶違いではない。
私はやはり人間としてこの世に生まれたはずなのだ。
しかし…
考えが堂々巡りする。
私は人かそれとも魔物か。
或いはそのいずれでもないナニカなのか。
ぐぅぅ。
それより、私のお腹が空腹を訴える。
「主様、木の実をどうぞ」
私に木の実を渡すが、硬くて食べれそうもない。
念のため、口に入れてみるがやはり噛み砕けなかった。
「主様の体は人間のもの。
人間の食べ物を人間の町から調達する必要がありますな。」
長老がいう。
「そうだな、小鬼。では、一走り行ってこよう。」
「お待ちください、代理様。
人間の食べ物がどんなものかお分かりですか?」
「うぐ。」
妖狐が言葉に詰まる。
どうやら、わからないらしい。
「では長老はわかるのか。」
言われた長老は首を横にふる。
「わかると言えばわかりますが、火を使って食べるのか、生で食べれるのか、どうやって
食べるのかといった知識が足りませぬ。」
「では、人の町に行っても主様の食事を用意できぬではないか。」
「ここは主様をお連れして直接見て貰うべきでしょう。」
「なるほど、主様が選べば間違いはない。」
そう言うと妖狐は私を軽々と持ち上げる。
「ほえっ!?」
「主様、失礼致します。
すぐに人の町まで行きましょう。」
そう言うと風が妖狐を包み込み、空へと持ち上げる。
「そ、空!飛んでる!!」
「主様も飛べまする!今は呪いの影響が強いだけですぐに飛べるようになりまする。」
もしそれが本当なら私はやはり魔物と言うことになる。
嫌だ、私は人間だ!
風を切り、雲の隙間を縫うように飛ぶことほんのひと時。
眼下に広がるのは私が住んでいたと記憶する町だった。
先程まで私を迫害していた町に魔物と戻って来た。
「さあ、行きますよ。」
「え?」
瞬間、町に降り立った。
人が私達を見た途端、絶叫が場を支配する。
妖狐は特に気にも止めない。
子供が一人果敢にも石を投げた。
それが、私を狙ったものであり、妖狐が庇い事なきをえる。
しかし、妖狐の目は怒りに染まっていた。
「人間風情が主様に!」
そう言うと妖狐は火を放ちその子供を消し炭にしてしまう。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
妖狐は適当な人間を捕まえる。
『*******!』
何を言っているのかやはりわからない。
「******!」
妖狐の言葉も突然わからなくなり、驚く。
「大丈夫です、人間の言葉を話しただけです。」
「話せるの!?」
「千年生きていれば覚えるものです。」
「私も覚える事できるかな。」
「できますとも!」
言われて私は希望を持つ。
忘れてしまったのならもう一度覚えればいい。
言葉を話せば私は人間そのものだ。
きっと人の町で暮らせる!
この時、私は姿を見られた瞬間迫害を受けた事をすっかり忘れていた。
ただ、希望と期待が胸を支配する。
妖狐は捕まえた人間を離す。
人間は震えながら私達を案内する。
どうやら、妖狐は人間に店にでも案内せよと言ったようだ。
小さな雑貨屋に着いた。
「主様、どうぞ必要なものをお選びください。」
「お金ないよ!」
「お金?人間の規則に魔物である我らが従う必要などありませぬ。」
「そんな、私は人間だよ!」
私の言葉に妖狐は眉を顰める。
「本当に、人間は厄介な呪いを主様にかけたものよ!
ならば、主様、これをお金の代わりにおきましょう。」
妖狐が着物の袂から取り出したのは小ぶりな宝石の原石。
「人間はこういうのを好むと聞いた事があります。
これを代わりに置いていけばいいでしょう。」
「うん、そうだね。」
私は納得して、雑貨屋を漁る。
服を数着、靴を一足、毛布を一枚、火打石と石鹸それと食べ物と水を木箱一杯につめこんで貰う。
「これで大丈夫だよ。」
「畏まりました。では行きましょう!」
妖狐は宝石の原石を人間に投げつけて私が欲しがった物資を全て着物の袂に入れる。
え?
明らかに袂より物資の方が多いし大きいのになんで入るの?
不思議だが、魔物だもの、当然か?
妖狐はまた私を軽々と持ち上げて空を舞う。
途中眼下に自警団を見つけるが、空を飛ぶ私達を撃ち落とす術を持たない彼らを歯牙にもかけず私達は森へと帰った。