私と妖狐
木の実を食べるのは諦めたが水は飲みたかった。
けど、綺麗な水ではなかったので、やめておいた。
喉乾いた…。
「あの、私は人間なんですけど。」
これだけは言わなくてはと思い、勇気を振り絞って言う。
私の言葉にぽかんとした顔をする長老。
暫くして
『ふほほほほ!
また、面白い冗談を!』
「い、いえ、私は人間です!」
私の必死の訴えに長老は笑うのをやめる。
まじまじと私を見て…
『何故、ご自分を人間だと?』
「だって、昨日まで人間として生きてました!
両親がいたし、友達もいたし…」
但し、両方とも顔も名前も思い出せない。
確かにほんの数刻前までは覚えていたのに。
『なんと…そのような事が…!』
長老は驚いている。
「あ、貴方様は…!」
長老が私に何か言おうとするが、それより早く、
何かが近づく気配がした。
…気配?
私は戦士でもなんでもない普通の人間なのに、なんで何かが近づく気配なんてわかるのだろうか。
昨日までの私には出来なかったはずの事が出来る。
それは昨日までの私には出来た事が出来なくなるのと同じくらいの恐怖を私に与えた。
『長老!代理様が!!』
ゴブリンが叫ぶ。
代理様?
この気配の主か?
疑問が頭に浮かぶのと同時に強い風が吹きあれ私達がいた小屋を飛ばしてしまった!
小屋が取っ払われ見えた先にいたのは、銀の長髪をたなびかせ、艶やかな着物を纏った狐耳と尾を持つ青年だった。
「おお!やはり!主様ではないか!!」
彼の言葉はゴブリンより明確に聞こえる。
「だ、誰!?」
私は怯える。
「誰とな!?忘れてしまいましたか、私は妖狐。
貴方様の忠実なる僕。
貴方様の命を受け千年この森を守っておりました。」
妖狐と名乗る…名前なのか?…は跪き頭を垂れる。
「な、何を言っているの?
貴方なんて知らないし、千年?
私は人間だもの、そんな前生きてない!」
「人間?」
妖狐は銀の目を細めて私を見つめる。
「何を…?
ああ、そうか!呪いか!」
妖狐は何やら思い当たる節でもあるのか、叫ぶ。
「な、何!?」
「千年前、貴方様は人間に討たれました。
それはそれは卑怯な手で、貴方様の首級を人間はあげたのです!
それだけでは飽き足らず、人間どもは貴方様に呪いをかけた!」
妖狐は怒りに打ち震えながら言う。
呪い?
一体どのような呪いなのか。
「しかし、貴方様のお力の方が上だった!
貴方様はこうして復活し、また私の前にいらしてくれた!」
大事なところが飛んでる。
飛ばしたところを話して欲しいが、魔物にそう言う勇気はない。
「もう大丈夫です!主様!
この妖狐が貴方様をお守りしましょう!
なに、千年前と今の私を同じと思わないでいただきたい!」
「あ、あの…」
「早速、役に立つところをお見せしましょう!」
言うが早いか妖狐は風を纏って何処へともなく飛んでいってしまった。
な、なんだったんだろう。
ふと、周りを見るとゴブリン達が平伏していた。
『ぬ、主様!』
『千年の時を経てお戻りになられた!』
『我らゴブリン一堂、貴方様に従いまする!』
え?
いや、その…
私が困惑していると、長老が立ち上がる。
「皆の者!すぐに主様に相応しい家を建てるのじゃ!」
「はい!」
ゴブリン達が散開する。
「主様の家が出来るまで、どうぞこちらへ。」
案内されたのは別の小屋。
そこに藁を引き詰め私を座らせてくれた。
汚れた水と硬い木の実が出される。
…そういえば、ゴブリン達の言葉がいきなりクリアに聞こえるようになった。
何があったのだろう。
疑問に思っていると、ふいに血の匂いがする。
芳しきこの香り!
間違いない、人間の血だ!
私は匂いの方を向く。
…まって。
なんで、私は人間の血の匂いを知っている?
良い香りだと思った?
こんな考え、人間とは思えない!
私は自分が怖くなる。
私は人間だと思っていたが、その根拠はどんどん薄くなり、逆に魔物である根拠がどんどん濃くなる。
嫌だ!
私は人間だ!!
歯と歯が噛み合わずガチガチと音を鳴らす。
…妖狐!
妖狐が来る!!
…血の匂いの元を持って!
私は察する。
察した直後に何故察する事が出来るのかと思う。
しかも、何を持っているかもわかってしまった。
間も無く、答え合わせのように妖狐が現れる。
今度は小屋を吹き飛ばさず、きちんとドアから入ってきた。
その両手には人間の首。
片手に5つ。
合計10の首。
全員目を開けたままだった。
「主様を追っておりました人間どもです。
他の誰でもない、この妖狐が!
仕留めてまいりました!」
すっと差し出される首。
「ひっ!」
私は後ずさる。
「どうされました?」
妖狐が聞く。
「く、首…!怖い…!」
「怖い?」
妖狐は首を捻る。
「ああ、そうか、人間は首を怖がるのか!
これも呪いか!忌々しい人間どもめ!」
吐き捨てるように言ったかと思うと妖狐は首を炎で焼き払う。
「申し訳ありませんでした。
主様の御心が呪われているとわかっていたのにこの失態!
どうぞ、お許しを…!」
「あ、あの、大丈夫です…」
「ああ、寛大なる御心、ありがとうございます」
それより、呪いって何か教えて欲しい。
「ほほほ、代理様の失態とは珍しい!」
「小鬼…!」
「主様は呪いのせいでご自身を人間と思い込んでいらっしゃるご様子。
ならば、人間と同等の扱いをするのが吉。」
ゴブリンの長老が言う。
妖狐は悔しそうに長老を見ていた。
「どうぞ、主様、お食事です。」
言われて出されたのは肉だった。
なんの肉かはよくわからない。
ただの肉。
生肉。
「…?」
「…?」
「…?」
三者三様疑問符を頭に浮かべる。
「えっと?」
「どうぞ、こちら主様の為に用意したもの。
獲りたての兎です。」
さっきの兎か?
私は最初に出会ったゴブリンが持っていた兎を思う。
「…生ではちょっと…」
「なんと!人間は生肉を食べないのですか!?
では、どうやって肉を食べるのでしょう!?」
「どうやってって…焼いて塩で食べるかな…?」
「はははは!ゴブリンの長老よ!
お主も人間の事など詳しくないのだな!
主様、私がこの肉を焼きましょう!」
言うが早いか、妖狐が肉に向かって炎を放つ。
瞬間、消し炭と化した。
「どうぞ!」
期待した目で見られるが、何をどうぞと言うのか。
私はただただ呆然とするのだった。